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陰り逝く日々  作者: 和之
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佐恵子の葛藤3

 俺はこのためにあいつを誘った。天気が良いのにこの場所にこれだけ深い濃霧が掛かると云う事はこれは天も運も我に有り、そして佐恵子までも引き寄せられる。すべての条件が俺に目の前にいる男を突き落とす力へと加担させた。これですべての迷いも吹っ切れて仕舞った。俺は全身に力を込めて奴に向かった。だが全身に込めた力は突然彼が靴紐を締め直して前のめになった為に、僅かに彼の肩辺りに触れただけだった。俺の前向きの力は一部を除いてすべてが空を切るようにして俺は斜面を転がった。だが数メートルで俺の足が岩場に当たり止まった。この奇跡が卑劣を生んだ。

 濃霧が晴れるとあいつは待ち構えていて、何の迷いも無くロープを俺に向かって投げてくれた。この時、すべての運に見放されたと思った。

 此処でロープを掴めば命以外のすべてを失うが離せば命が消える。しかし命は残っても存在価値が消えれば生きる意味が無くなる。それに意味を持たすのは佐恵子だけだった。その為には卑怯な男にならなくては。まずこの事実を口外しない引き替えに彼女の前から姿を消す約束を北村と交わした。そして君には事実を曲げて、俺はすべてを裏切った。

「それがすべてだった」

「それが真実なのね」

 佐恵子は念を押した。頷いた正幸は厳しい表情の佐恵子を黙って見ていた。

「朔郎さんが、殺そうとしたあなたを助けたのね」

「俺は卑劣な人間だった」

「なぜその時に言えなかったの。あたしも同じように見られていたのかしら? ええ、そうよ、そうに決まっている !」

 佐恵子の語尾は次第にヒステリックに高まっていった。

 そうと解っていれば彼女が何も告げずに失踪するなんて有り得なかった。

「この数十年間は、まるであたしは悪女のように思われてしまったかも知れないのね」

 自問する佐恵子を正幸は見かねた。

「君は今まで何も知らなかった。だから君が悲観する事はないんだ」

 知らなかったでまかり通る女にはなりたくなかった。とくに純粋な人に対しては。

「それに比べてあなたと云う人は……」

 佐恵子は正幸に鋭い視線を浴びせて立ち上がり部屋をとびだした。


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