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陰り逝く日々  作者: 和之
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佐恵子の葛藤2

「もうあの頃には戻れないのよ」

 若くはない。

「俺は卑劣な人間だった。俺はあいつの性格を十分に知り尽くしていた。君と一緒になるためにそれを利用した。今はそんな自分が嫌で堪らないだ」

 真面に佐恵子を見られない。

「お義兄さん、そんなに卑屈にならなくてもいいのよ」

「友美、君は事実を知らないからさ」

「じゃあ本当はどうなの?」

 何を悟ったのか正幸の顔からさっきの重い表情は消えていた。

「本当のことを話すよ」

 友美に言ってから佐恵子を見据えた。

「佐恵子、もうあの頃に戻れないと言っていたが、もう一度だけ戻ってくれ」

 佐恵子も正幸の顔をまともに見た。ただ正幸の瞳には陰りがなく佐恵子の瞳には輝きがなかった。

「戻ってどうするの?」

「君がその気ならあいつは昔に戻る」

 佐恵子には過去も未来も見ず、ただ正幸の目だけを見た。

「俺の話を聞くだけ聞いてくれ、それから佐恵子、お前が決めればいい」

 あれは夏の初めだった。連休を取って俺は北村を誘った。これを最後の想い出としてあいつも誘いを受けた。 

 夜行列車で出掛けて夜明けと共に登り始めた。昼頃から穂高へ続く稜線を歩いた。天気は良かったが時折薄いガスが掛かったが歩いた。次第に尾根は狭くなり稜線の細い岩場を歩き始めた。その時に深い濃霧に包まれてしまった。滑落すれば谷底に向かってどれほど落ちるが分からず、二人はそこで足を止めて休憩を取った。

 北村は斜面に向かって腰を下ろした。俺は平らな場所にリュックサックを降ろして斜め下にいる北村の背中を見た。今突き落とせば確実に落ちる。そして深い霧がすべての視界を遮って誰にも発見されない。条件はすべて整っている。後はその決断を実行する勇気だけが残っていた。


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