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陰り逝く日々  作者: 和之
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佐恵子と朔郎と友美5

 釧路を出てから親しくなった漁船員が色々と世話を焼いてくれたお陰です。彼の両親は択捉島の出身でしてね。釧路を出て直ぐに択捉の島影が見えて来ると彼はアリューシャン小唄を歌うんですよ。それも教えてもらいました。色丹島を歌ったものですが択捉島を見ると胸にジンと来るようだと語った。

「その船員に言われましたよ。それでも食べるしか生き残る道は無いと。吐いて暫くすれば食べられません。吐いた直後の気分が少し回復した時に食べるんです。また気分が悪くなって戻すのは分かり切っていても食べるしかないんです。だから船長はコックに『北村の為に常に食べるもんを用意しといたれ』って言ってくれたんです。これを繰り返していると次第に吐く間隔が延びてきてやっと躰が慣れてくるんです。操業前日に吐いたのが最後でした。この時は船長に『お前まだ吐いてるのか』と呆れていましたよ」

「良かったわね。でもどうしても食べられなければどうなるんです?」

「その内に胃液を吐いて、次には血を吐いて仕舞います。そうなれば終わりですよ」

 永平寺の回廊で会った時の彼女の温もりを感じて喋っていたが、ふと佐恵子の醒めた眼を見て急に話をやめた。

 どうして肝心なところでやめたんですかと友美は続きをせがんできた。

「あなたを前にしてこんな話をするのが馬鹿げてきたんで」

 彼は佐恵子に向かってハッキリと言った。

「どうしてお姉さんの前では嫌なんですか」

「人の価値観なんてある日、突然に百八十度変わりますからね、ボクはそれを眼の辺りにしている。そうでしょう。とくにこの人はそうだ。この人の瞳は燃えるような正義と氷のような絶望を同時に照らし出す。そして、それがこの人の心の中には深い矛盾となって長く棲みついている」

 佐恵子は何が言いたいのかしらと云う顔して黙っていた。

「この人は次第に僕に傾き掛けて来ているはずだ。暖かくなり始めても、幾度かの寒の戻りを繰り返しながら春が来るように……。本当にあなたはかおりの為に、あの山深い永平寺まで来たのですか」

「繰り返しますがかおりのためです」

 醒めた目で佐恵子は言った。

「嘘ですッ」

 とその目を見て言葉に力が入って仕舞った。


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