第十六話 線引き
リーダーの倒れた姿を見て、そのそばにいた部下たちの顔色が変わる。
「お、お頭が……!」
「撤退だ! 逃げろ!」
三人は明らかに動揺していた。
さっきまであれほど統率の取れていた動きが、嘘みたいに崩れていく。
そのうちの一人は、セリナが間合いを詰める前に背を向けた。
「逃がさない!」
セリナが《瞬歩》を発動しようとしたところで、別の音がコウの耳に入る。
甲高い金属音。
剣と剣が打ち合わされる音が、少し離れた場所から続いている。
(……まだ終わってない)
ロイドだ。
コウははっと顔を上げた。
「セリナさん!」
「うん、行こう!」
セリナも同時に反応する。
二人は顔を見合わせ、すぐにロイドの方へ駆け出した。
◇
ロイドは、あの男とまだ対峙していた。
押されているわけではない。
だが、余裕があるとも言い難い。
肩で息をしているわけではないものの、動きにはわずかな重さが見えた。
対する男は、最初に見た時とほとんど変わらない。
力みもなく、焦りもない。
そこにコウとセリナが近づく。
その時、男の視線がこちらに向いた。
まず、倒れたリーダーを見る。
次に、逃げ出した盗賊たちへ目を向ける。
最後に、コウへ。
(……見てる)
あの時と同じだ。
こちらを、確かに見ている。
男の口元がわずかに歪んだ。
「……なるほど」
静かな声だった。
ロイドが剣を構え直す。
「気をつけろ。こいつ、妙だ」
「ええ、見れば分かるわ」
セリナも短剣を構えたまま、じり、と位置を調整する。
三対一。
普通なら、そこで決着がつくはずだ。
だが男は一歩も引かない。
それどころか、むしろ面白がっているようにすら見えた。
コウは息を飲む。
(なんなんだ……)
強い。
それは間違いない。
だが、それ以上に。
(不気味だ......)
目の前にいるのは盗賊の下っ端のはずなのに、その場だけ空気が違う。
男はゆっくりと目を細めた。
「今日は様子見だ」
その言葉に、ロイドが眉をひそめる。
「……何?」
男は答えない。
ただ、コウを見て――ニヤリと笑った。
「十分観察できた」
次の瞬間。
男の姿がふっと掻き消えた。
「っ!?」
ロイドが踏み込む。
だが、もう遅い。
そこには誰もいなかった。
気配もない。
足音も、魔力の揺らぎも、何も残っていない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
コウは思わず立ち尽くす。
(……消えた。《気配遮断》か...?)
セリナが短く舌打ちした。
「冗談でしょ……」
ロイドは剣を下ろしきらないまま、周囲を警戒している。
だが、それ以上の気配はない。
夜の空気だけが、妙に冷たく感じられた。
◇
それを最後に、戦闘は完全に終わった。
逃げ遅れた盗賊がいないかを確認し、周囲を見回す。
やがて、隠れていた村人たちが恐る恐る姿を見せ始めた。
宿の陰から顔を出す者。
震えながら広場を見ている者。
その中を、ガルドが走ってこちらへやってくる。
服の一部が少し乱れていたが、大きな怪我はないようだった。
「無事か?」
「ああ、3人とも無事だ。そちらはどうですか?」
ロイドが答える。
「こちらもポーションはいくつか使ったが、部下も物資も無事だ。本当に助かったよ……」
深く息を吐きながら、心底ほっとしたように言う。
「まさかここで来るとはな」
「被害も最小限で済んだと思いますが...」
ロイドが周囲を見ながら答えた。
「リーダーを落とせたのが大きかったわね」
セリナが短剣を収めながら言う。
その言葉に、ロイドが少しだけ表情を曇らせた。
「一人抑え込むだけで精一杯だった。不甲斐ない...」
コウは首を振る。
「いえ、あれは仕方なかったです」
仕方ないどころかむしろ。
(あれは普通じゃない)
そう言い切れた。
ロイドが弱かったわけではない。
相手がおかしかったのだ。
だが、それをうまく説明できる言葉はなかった。
◇
しばらくして騒ぎが落ち着き、ガルドたちは村長たちと被害確認に向かった。
ロイドとセリナも御者の手伝いに回る。
ほんの少しだけ、一人になる時間ができた。
コウは自分の手を見る。
そして、静かに意識を向けた。
【保管】《回復魔法》Lv3
頭に浮かぶ文字を見た瞬間、胸の奥がわずかに重くなる。
(……本当に、手に入れたんだな)
回復魔法。
ミアが使っていた、あのスキル。
怪我を瞬時に塞ぎ、戦況すら変えるレアスキル。
有用性は、もう十分に分かっている。
ポーションは高い。
それも考慮すれば、ヒールの価値は計り知れない。
本来なら、手に入ったことを喜んでもいいはずだった。
だが。
(人から奪ったスキルか...)
そこだけは、どうしてもこれまでと違った。
魔物ではない。
人間だ。
しかも、自分の意思で選んだ。
弓術の時は流した。
あの時は戦闘中で、そこまで考える余裕もなかった。
だがヒールは違う。
必要だと分かった上で、自分で取った。
(……)
胸の内に生まれた小さな違和感を、コウは無理に消そうとはしなかった。
それがあるのは当然だと思ったからだ。
少し考える。
盗賊。
キャラバンを襲った連中。
人を傷つけ、奪う側の人間。
そして、自分はそれを止めるために戦った。
(悪党だ)
その事実は変わらない。
戦闘中だった。
必要な判断だった。
迷って、見逃していたら、もっと被害が出ていたかもしれない。
頭の中で一つずつ整理していく。
感情ではなく、理屈で。
そして、結論を出した。
(悪党からなら、よしとするか)
それが今の自分の答えだった。
全てを良しとするわけじゃない。
人から奪うことを、何でも肯定するつもりもない。
だが少なくとも――
人を害するような犯罪者からなら、奪っても良い。
そう決める。
一つ、線を引いた。
◇
「コウ」
振り返ると、セリナが立っていた。
「一人で難しい顔してるじゃない」
「少し考え事を」
「ふうん」
セリナはそれ以上深くは聞かなかった。
その代わり、軽く笑う。
「まさか盗賊のリーダーがレアスキル持ちのヒーラーだったなんて。気付いてくれて助かったわ。」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちかもね。雷魔法もやっぱり強いわね」
少し照れくさくなる。
そこへロイドもやってきた。
「キャラバンもなんとか被害ださず、守りきれてよかったよ」
短いやり取りだったが、最初に会った時よりもずっと自然だった。
今回の戦闘を越えて、少しだけ距離が縮まった気がした。
◇
戦闘の休息も兼ねてもう一泊することにし、戦闘終了から丸一日が経った朝には、村も落ち着きを取り戻していた。
盗賊の死体や痕跡は片付けられ、キャラバンも再出発の準備を整えている。
ガルドが大きく息を吐いた。
「まったく……散々な夜だったな」
「でも、ここを越えればもうすぐです」
ロイドが言う。
「アルディアまで、あと少し」
ガルドは頷いた。
「そうだな。今日中にだいぶ進めるはずだ」
コウは荷物を持ち直し、街道の先を見る。
その先に、アルディアがある。
新しい街。
新しい冒険。
だが、その前に。
(あの男……)
どうしても、頭から離れない。
目が合ったこと。
笑ったこと。
理解できない。
だからこそ、不気味だった。
(何だったんだろうか...)
キャラバンが動き出す。
コウも一歩、前へ進んだ。




