表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スマホのAIに質問したら異世界に転送された。クエストクリアまで帰れないらしい  作者: おっさんず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/16

第8話「名前を、聞いた」

QUEST #002「翻訳魔法の習得」

 進捗:████░░░░░░░░ 33%



老人がまた石板に液体を塗り始めた。



二回目だ。



一回目と同じ動作に見えるが、今度は少し丁寧に、時間をかけている。

細い筆が石板の溝をなぞるたびに、かすかな音がした。



高くて細い音。

虫の声に少し似ている。



蓮は石板を膝の上に置いて、その音を聞いていた。



何かが、少しずつ変わっている気がした。



気がする、という程度だ。

でも確かに——耳の奥が、さっきより開いている感じがする。



老人が筆を置いた。



石板を持ち上げて、光に透かすように確認する。

それからゆっくり蓮に返した。



温かい。さっきより温度が上がっている。



老人が口を開いた。



「今日はここまでだ」



はっきり聞こえた。



蓮は思わず老人の顔を見た。



老人は表情を変えずにカップを口に運んでいる。

「聞こえたか」という顔すらしていない。当たり前のことが起きた、という態度だ。



——今日はここまで。



つまり、まだ終わっていない。



蓮はスマホを確認した。



QUEST #002「翻訳魔法の習得」

 進捗:██████░░░░░░ 50%



半分。



―――――――――――――――――



老人が立ち上がり、奥の部屋へ消えた。



しばらく戻ってこない。



蓮はカップに残った液体を一口飲んだ。



温かくて、少し苦い。薬草茶の類だろうか。

日本で飲んだことのある味とは違うが、不快ではなかった。



カップを両手で包んで、蓮はぼんやりと考えた。



今、現実では何時だろう。



電車の中から転送されたのが朝だった。

授業は一限から入っていた。もう終わっている時間のはずだ。



友達からLINEが来ているかもしれない。

教授からのメールも。



——考えても意味がない。



帰れるのはクエストをクリアしたときだけだ。

今できることをやる。それだけだ。



蓮とエルフだけになった。



沈黙が落ちた。

外から風の音がする。どこかで子供の声がして、遠ざかっていった。



エルフがカップを置いた。



蓮を見た。



何か言おうとして——言わなかった。

また少し間があって、今度は口を開いた。



音が来た。



意味の輪郭が来た。



「……お前は、どこから来た」



そう聞こえた。



蓮は一秒、自分の耳を疑った。

でも間違いない。そう言った。



「日本、です」



エルフが目をわずかに細めた。

「ニホン」という音を繰り返した。意味がわからない、という顔だ。



当然か。



蓮はメモ帳を開いた。

地球の丸い形を描いて、小さな島を書き加えた。

それを指さして「ここ」というジェスチャーをした。



エルフは画面を見て、また蓮を見た。



「遠いのか」



「……かなり遠いと思います」



エルフが小さく息をついた。

感想なのか、納得なのか。どちらにも聞こえた。



―――――――――――――――――



しばらく沈黙が続いた。



会話が途切れた、というより——二人とも次の言葉を探している感じだった。



蓮はふと思った。



この人の名前を、まだ知らない。



最初に会ってから何日も経っている。

森で矢を抜いて、川辺で休んで、村まで来た。

ずっと「エルフ」としか呼んでいない。



頭の中でも。



蓮はメモ帳に書いた。



棒人間の自分を描いて、そこに「蓮」と書いた。

それを指さして、自分の胸を叩いた。



エルフが画面を見た。



「レン」



音が来た。



自分の名前が、この世界の言葉で発音された。

なんか、変な感じだ。悪くはない。



蓮はメモ帳のエルフの棒人間を指さした。

「?」と書いた。



エルフが画面を見た。



少し間があった。



警戒、ではない。考えている。



それから口を開いた。



音が来た。



意味が来た——ではなく、音だけが来た。

翻訳魔法がまだ50%だからか、固有名詞は変換されないのか。



でも音ははっきり聞こえた。



「……もう一度、言ってもらえますか」



エルフが繰り返した。



蓮はメモ帳に音をそのままカタカナで書き留めた。



三文字。



――リエナ。



蓮はその文字を見て、エルフを見た。



「リエナ、さん」



エルフが——リエナが——少し目を見開いた。



驚いた顔だった。

初めて見る種類の表情だった。



何かを言いかけて、止めた。



その代わりに、ゆっくり頷いた。



深く。一度だけ。



スマホが振動した。



QUEST #002「翻訳魔法の習得」

 進捗:█████████░░░ 75%

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ