第14話「草の、見分け方」
町の外れは、思ったより静かだった。
門らしき構造物を抜けると、道が細くなった。
石畳が途切れて、踏み固められた土になる。
両側に草が生えている。背が高い。蓮の腰くらいまである。
「どのくらい歩きますか」
「十分ほどだ」
リエナが先を歩く。
蓮はその後ろで、依頼の紙を見た。
植物の絵。
葉の形は楕円に近い。先端が少し尖っている。
葉脈は中央から左右に広がる——羽状複葉、ではなく単葉か。
茎は細く、節がある。
高校の生物の授業で習った話が、なぜか出てきた。
植物の同定には葉の形・葉脈・茎の断面・生育環境が重要だ、と。
保健委員とは関係ない知識だが——こういうときに出てくる。
Ariaに聞けば一発だった。
写真を撮って送れば、種類まで特定してくれた。
——でも今は自分でやるしかない。
スマホを取り出した。
コンパスを開いた。
現在地の方角を確認する。
依頼の紙に絵と一緒に、何か記号が描いてあった。
方角を示しているのか、それとも別の何かか——リエナに聞いた。
「この記号は何ですか」
紙を見せた。
「川の近くを示している。水辺に生える草だ」
「川はどの方角ですか」
「北東」
コンパスを確認した。
北東、合っている。このまま進めばいい。
―――――――――――――――――
十五分ほど歩いて、水音が聞こえてきた。
川だ。
幅は三メートルくらい。流れは穏やかで、水が透明に近い。
川沿いに草が密生している。
蓮はしゃがんで、草を観察した。
葉の形——楕円。先端が尖っている。合っている。
葉脈——中央から広がる。合っている。
茎——細い。節がある。合っている。
でも似たような草が何種類か混じっている。
依頼の紙をもう一度見た。
絵の下に、もう一つだけ描き込みがある。
小さい。見落としていた。
葉の裏側の絵だった。
裏に、細かい毛が生えているような描写がある。
蓮は草の葉を一枚、裏返した。
毛がある。
隣の似た草の葉を裏返した。
つるつるしている。毛がない。
「これだ」
声に出た。
リエナが隣にしゃがんだ。
「合っているか」
「葉の裏に毛が生えてる。絵と一致します」
リエナが葉を確認した。
少し間があった。
「……正しい。よく気づいた」
「絵をちゃんと見ただけです」
「他の奴らは大抵、形だけ見て間違える」
蓮は少し考えた。
形だけ見ると、隣の草とほぼ同じに見える。
裏の毛まで確認しようとするかどうか——それだけの差だ。
観察眼、と自分で言ったことを思い出した。
ギルドマスターの前で。
——使えた。
小さいことだ。でも、使えた。
―――――――――――――――――
採取を始めた。
依頼の紙には「両手に一抱え分」とリエナが教えてくれた量の目安があった。
茎の根元から丁寧に摘む。引きちぎると傷むらしい。
「これはどんな用途に使われるんですか」
「解熱に使う薬の材料だ」
「薬草か」
「この辺りにしか生えない。だから需要がある」
なるほど。
採取地の情報と生育条件を組み合わせれば、希少性が生まれる。
ギルドの依頼として成立する理由がわかった。
摘みながら、蓮はスマホを取り出した。
カメラを起動して、草の写真を撮った。
「何をしている」
「記録です。同じ草を次に探すとき、写真があれば間違えにくい」
リエナが蓮を見た。
「……そういう使い方があるのか」
「他にも色々使えます。地図代わりにもなる」
リエナがスマホを少し眺めた。
興味がある、というよりは——分析している、という目だった。
「お前の世界では、みんなそれを持っているのか」
「ほぼ全員」
「……便利な世界だな」
「依存しすぎてる世界でもあります」
言ってから、少し妙な気分になった。
自分のことを言っている。
―――――――――――――――――
両手に一抱え分、摘み終わった。
リエナが持参していた布袋に草を入れてくれた。
蓮は袋を肩にかけた。思ったより軽い。
「これでギルドに戻れば報酬がもらえますか」
「量と状態を確認される。傷んでいれば減額になる」
「丁寧に摘んだので大丈夫だと思いますが」
「見てみないとわからない」
リエナが来た道を戻り始めた。
蓮は後ろに続いた。
川沿いの風が少し冷たかった。
草のにおいがする。青くて、少し甘い。
現実の草と似ているようで、少し違う。
この世界の植物は全部そうだ——知っているようで、知らない。
スマホで撮った写真を確認した。
葉の裏の毛まで、ちゃんと写っていた。
次も使える。
Ariaがなくても——記録すれば、次に活かせる。
当たり前のことだ。でも今日、初めてそれを実感した。
歩きながら、そんなことを考えていた。
リエナが不意に足を止めた。
蓮も止まった。
リエナの目が、道の脇の茂みに向いている。
「どうしました」
リエナが小声で言った。
「誰かいる」
初めてのギルド依頼、薬草採取でした。
地味な依頼ですが——蓮が「AIなしで考えて解決した」最初の場面です。
草の裏の毛、気づきましたか。ああいう細かいところに蓮の観察眼が出る気がします。
そして帰り道、茂みに誰かが……。
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