第11話「町まで、歩いた」
朝は、鳥の声で目が覚めた。
現実の鳥の声とは違う。
もっと低くて、複数の音が重なっている。
目を開けると、老人の家の軒下だった。
毛布が肩からずれていた。
空は白みかけている。夜明けの少し前、という感じの明るさ。
リエナはすでに起きていた。
井戸の近くに立って、遠くを見ていた。
何を見ているのかわからない。ただ立っている。
声をかけようとして、やめた。
邪魔する必要はない。
蓮はスマホを開いた。
バッテリー100%。
QUEST #003「██████」、進捗0%。
変化なし。
毛布をたたんで、老人の家の軒下に置いた。
―――――――――――――――――
「起きたか」
リエナが近づいてきた。
「おはようございます」
「ギルドは町にある。ここから二時間ほど歩く」
「わかりました」
「荷物はそれだけか」
蓮は自分の鞄を見た。
スマホ。救急ポーチ。財布——現実の日本円しか入っていない。
メモ帳とペン。
「これだけです」
リエナが鞄を一瞥した。
何も言わなかった。
歩き出した。
―――――――――――――――――
村を出ると、道が続いていた。
舗装はされていない。
踏み固められた土の道で、馬車が通れるくらいの幅がある。
両側に木が生えている。現実の木とは少し葉の形が違う。幅広で、緑が濃い。
蓮はリエナの少し後ろを歩いた。
しばらく無言だった。
沈黙が苦じゃなくなってきた、と気づいた。
最初の頃——言葉が通じなかった頃——は、沈黙がひたすら不安だった。
何も伝わっていないんじゃないか、と思っていた。
今は違う。
この人は喋らないだけで、ちゃんとそこにいる。
「リエナは、ギルドに登録してるんですか」
「している」
「ランクは」
「C」
Cランク。
ギルドのランクはF・E・D・C・B・A・Sの七段階だ——どこかで読んだ知識が出てきた。
違う、これはリエナが教えてくれた情報じゃない。
Ariaに以前聞いたときの情報だ。
……ということは、ギルドのランク制度はある程度現実のファンタジー設定と一致している。
「Cって、上から何番目ですか」
「五番目。上にB・A・Sがある」
「すごいですね」
「普通だ」
リエナは前を向いたまま言った。
自慢でも謙遜でもない。ただの事実として言っている。
―――――――――――――――――
一時間ほど歩いたところで、道が広くなった。
人が増えてきた。
荷物を積んだ馬車。行商らしき人。農具を持った老人。
みんな普通に歩いている。
蓮を見ても、そこまで驚かない。
「町に入ります、みたいな門とかはないんですか」
「ここは外縁だ。門は中心に近い方にある」
なるほど。徐々に町になっていく構造か。
道の脇に建物が増えてきた。
石造りの低い家。木の看板がかかっている。何か書いてあるが——
「翻訳魔法って、文字も読めるんですか」
リエナが少し振り向いた。
「話し言葉と書き言葉は別だ」
「別、というのは」
「魔法は音に乗る。文字は音じゃない」
なるほど、と蓮は思った。
話せるようになったが、読めるとは限らない。
看板の文字は、まだ意味をなさない記号に見えた。
メモ帳を取り出して書いた。
「文字は読めない。話は聞ける。」
整理すると少し落ち着いた。
―――――――――――――――――
町の中心に近づくにつれ、人が増えた。
広場らしき場所に露店が並んでいる。
野菜のようなもの。肉。布。
においが混ざっている——焼いた何かと、土と、動物のにおい。
一つの露店の前で、子供が二人、何かを指さして言い合っている。
蓮には意味が届く——「あっちの方が大きい」「でもこっちの方が赤い」
たいした内容ではなかった。
でも、言葉が届く、ということが、まだ少し感慨深かった。
リエナが立ち止まった。
「腹は減っているか」
「……少し」
「待て」
露店の一つに近づいて、何かを二つ受け取ってきた。
丸い、パンのようなもの。
「これは」
「食える。硬いが」
受け取って、一口かじった。
硬い。かなり硬い。
でも味はある。麦っぽい、素朴な味。
「お金、払いましたよね。俺の分も」
「気にするな」
「気にします。いくらでしたか」
リエナが蓮を見た。
少しだけ、面倒そうな顔をした。
「お前の金は、ここでは使えない」
「知ってます。でも」
「後で返せばいい」
「……何で返せますか」
「ギルドに登録すれば、仕事ができる」
それで終わった。
これ以上聞くな、という感じだった。
蓮は硬いパンをもう一口かじった。
——ここでは、リエナに借りを作ることになる。
早くギルドに登録しなければ、と思った。
―――――――――――――――――
ギルドの建物は、広場から少し外れた場所にあった。
他の建物より一回り大きい。
石造りで、正面に木の看板がかかっている。
文字は読めないが——この建物がギルドだとわかるのは、扉の前に二人、剣を腰に差した人間が立っているからだ。
「あの人たちは」
「受付じゃない。ただのギルド員だ。気にしなくていい」
リエナが扉に向かって歩いていく。
蓮はその後ろに続いた。
扉は重かった。
リエナが引くと、ゆっくりと開いた。
中から声が漏れてくる。
複数の人間が話している声。
何かが煮える音。
椅子を引く音。
一歩、踏み込んだ。
その瞬間。
広い室内にいた人間の視線が、一斉にこちらへ向いた。
十人以上。
全員が、蓮を見ていた。
二時間の道のり、リエナと二人で歩きました。
無口な二人の道中、でも少しずつ会話が増えてきた気がしませんか。
そしてギルドへ——中の視線、どんな反応が待っているのか。
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