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39 それは寄り添い、背中を押すもの

 予定外の一曲目から始まったライブは大盛り上がりの開幕曲を終え、喝采の中を静香が退場する。

 ステージ脇の控えスペースで妖怪ギターを下ろし、笑顔で両手を広げる静香に、すぐさま乃愛が抱き付く。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 スモールパイプスを手にステージに駆け上がっていく。

 その後ろ姿を見送って安堵する雅人に、下手糞ギタリストが言う。


「上手く行っただろ?」

「静香さんのギターは酷かったですけどね」

「失敬だな雅人君は!」


 言うまでもなく、二人とも笑顔だ。


 本来なら一曲目だった賢也の曲が始まる。

 落ち着いたミドルテンポの曲だが、颯波が作り上げたステージ音響は見事に効力を発揮し、客席の隅々まで音を行き渡らせている。

 乃愛も過度に緊張することなく、最初からスモールパイプスを入れる前提で書かれた曲だと思わせるほどに、美しい音色は楽曲と調和していた。


 演奏が終わると、しばしの沈黙――そして大きな拍手が起こる。

 客席から「賢ちゃーん!!」と掛け声が飛ぶ。声の主は、また号泣していた。

 二人が一礼をしてステージを下りると、次は【カルペ・ディエム】が登場する。

 彼等は何度も客前で演奏しているため、慣れたものだ。


 まずは落ち着いた会場を温め直す。

 並んで立つ男女七人。そして足踏み二回、手拍子が一回――楽器は使わない。

 このためだけに、ステージの一部分が重低音で響く床になっており、バミり用のカラーテープが貼られている。

 観客にも常連ファンがいるのだろう。合わせて足踏み二回、手拍子一回。

 やがて客席全体に伝播(でんぱ)していく。

 歌が始まっても、伴奏は足踏み二回と手拍子一回だけ。

 さらに、コール・アンド・レスポンス。

 篤志もこの曲は知っていたのか、観客席から一緒に声を返している。

 リハーサルでは軽く流す程度だったが、観客との一体感で大いに盛り上がった。


 彼等の楽器編成は、ボーカルとアコーディオン担当、ボーカルとフィドル担当、リュート担当、ウッドベース担当、スネアなどの打楽器担当、ティン・ホイッスルなどの管楽器とコンガなどのパーカッションの兼任、そして渡辺はバイオリンだ。

 フィドルとバイオリンは同じ楽器だが、演奏技法が若干異なる。


 そして二曲目は宣教師の父親に撃たれ四十四歳の若さで逝去(せいきょ)したソウルシンガーの名曲、三曲目も同じくソウルシンガーの曲で、ホラー小説家の作品が原作の映画に同タイトルが付けられ、そのテーマソングとしても有名だ。


 男性ボーカルによるカヴァー曲を終えると、少し間をとってから女性ボーカルに交代し、転生者である彼女の出身地であるアイルランドの音楽が演奏される。

 その一曲目はアイルランド民謡『シューラ・ルーン』。戦地に(おもむ)く男性の無事を祈る歌。二曲目の『ロンドン・デリーの歌』は、いくつもの歌詞とタイトルが付けられている曲だが、今回は『アイリッシュ・ラブソング』バージョンで歌われた。


 次の曲の前に再び賢也と乃愛がステージに招かれ、イギリスの古いテレビドラマの主題歌だった曲に、二人はギターとトランペットで参加する。

 原曲は草原を走る白馬を連想させる軽快なテンポだが、ここではゆったりとしたアレンジで演奏された。


 そして賢也にボーカル交代となり、そこからの三曲もすべてカヴァー曲となる。


 一曲目は原曲にもスモールパイプスが使われている曲で、造船工の父親の姿に自身の未来を想い悲嘆する息子が見た、神秘的な夢の歌。

 アウトロは乃愛のアドリブソロとなり、スモールパイプスの切ないメロディーが会場全体に浸透し、静謐(せいひつ)から波が寄せるように拍手が鳴る。


 二曲目は、世を悲観しながら生きた男の転機への願いが切々と歌われる。

 乃愛のスモールパイプスは渡辺のバイオリンとユニゾンで、二分に満たない短い曲を締め括った。


 そして三曲目で乃愛はトランペットに持ち替える。

 人知れず咲いて散る花のような少女を儚む詩は、リハーサルのときにメリンダが反応したものだ。ワーズワースの原典からはⅡ、Ⅲ、Ⅴが引用されている。

 原曲のフレンチホルンの音はトランペットアレンジになり、格調高いフレーズと外れることのない美しい高音が作り出す世界観に、観客達も浸っていた――


 乃愛はそれらすべてが聞いたこともない曲なのに、ほんの少し打ち合わせて記譜しただけで、技巧をひけらかすでも遠慮がちに引っ込むでもなく、楽曲への過不足のない解釈による演奏を披露してみせた。

 賢也のブランクを感じさせない歌声も、観客を魅了したようだ。

 三曲目のあと、拍手が鳴り止むまで少し間がとられる。


 そして静寂の中、トランペットを掲げた乃愛が奏でたのは――

 『ラ・マルセイエーズ』だ。

 そこにコーラスが入れば、イギリスの伝説的バンドの曲が始まる。

 イレギュラーな一曲目と同じバンドの曲だが、こちらは予定されていたものだ。


 ボーカルは男性二人で歌い分け、終盤にはコール・アンド・レスポンスもあり、観客に呼びかけては耳に手を当てる、地球でもお馴染みの光景が続く。

 大盛り上がりの中、最後がグダグダに終わるところまで忠実に再現され、記憶にある観客は笑い――あるいは涙しながら、知らない観客も「なんだこれ?」という表情を浮かべながら、それぞれ楽しんでいた。


 大喝采の中、一旦全員がステージを下り、再びメリンダがステージに上がって、このライブイベントの意義や、もう二度と同じメンバーでの演奏は見られないことなどを話したあと、あらためて賢也達を呼び込む予定だったが――


 メリンダが流暢(りゅうちょう)な日本語とともに、両手で手招きする。


「それではウスユキソウのみなさん、おいでませ!!」

「え? というかなんで山口弁!?」

「待て待てっ!? 俺もかよ?」

「うわー。緊張するんだけどー」

「なんでアタシまでバカ騒ぎに……」

「フフフ……見ているだけで終わると思っていたようだな!!」


 最後の一人を除いて、全員が驚きの表情でステージに引っ張り上げられる。

 しかし、そこで終わる住人達ではない。


「祐、聖隆、レオノーレ、カモーン!! はい、みんなも一緒に!」


 静香がそう声を張ると、住人達も復唱する。

 素直にやってくる祐以外の二名が逃げようと試みるも、冒険者仲間に捕獲され、ステージに連行されてしまった。


「いきなりこのヴィスティードに転移して一週間――『お疲れさまでした!!』」


 メリンダが言う。最後の部分だけ日本語だ。


「ねえ……これってやっぱりドッキリなの? 最初から」

「いくらなんでも壮大すぎるだろ!?」


 オロオロする乃愛とツッコミを入れる雅人。


「賢ちゃん……これ、あの世で見てる夢なのかなー?」

「そうかもしれないな……」


 現実逃避する二人。


「うーん。俺はあんましこういうのは……」

「楽しいじゃないですか、陣内さん!!」


 気恥ずかしそうな篤志と笑顔の祐。


「まったく……アンタ達には振り回されっぱなしだよ」

「これで終わりだと思わないことだな!!」


 嘆息する大家と不穏な台詞を吐く静香。


「私達は関係あるのかな……」

「諦めよう、ノーレ。僕達はこうなる運命だったんだ」


 釈然としないレオノーレと、処刑台に乗せられたような顔の聖隆。


 そしてメリンダが唇に指を当て会場に向けて「しーーっ」と促すと、沸いていた客席が静まり返る。


「みなさん、こんなに楽しいひとときをありがとう!!」


 今度はヴィスティード語だ。それに応じて、客席から万雷の拍手が鳴り響く。

 客席にはクルトも、イスクラも、ミュリエルも、リリアも、マーナもいる。

 颯波はステージ上部に張り出した壁の上にいた。

 どうやら音響をさらに調節し、音量を増幅させていたようだ。


「いいねえ。祭りってのは、こうじゃなきゃいけねえ。お前さんにもいつか分かるといいんだがな?」


 その視線の先――遥か遠方の荒野に、ぽつん。と《ゴーレム》が立っていた。


 ステージ上の面々は約一名を除いて所在なさげにしているが、そこで【カルペ・ディエム】が演奏を始めて拍手が手拍子に変わり、やがて一人ずつエスコートされながらステージを下りていく。

 そして残った賢也と乃愛に、それぞれギターとスモールパイプスが手渡された。


 乃愛のアドリブから始まった二度目の演奏には【カルペ・ディエム】も参加し、ただの冴えない中年男だった賢也にとって、最後の曲が演奏される。


 激情をぶつける曲でもなければ、踊り出したくなるような楽しい曲でもないが、『誰かの心に残ればいい』と、ただそんな目的のためだけに書かれた曲が、異世界の空気を柔らかく撫でながら溶け合い、やがて透明になっていく――


 最後は静かな、けれど観客全員のスタンディングオベーションによる拍手が鳴り止まない中、一礼した賢也と乃愛が手を振りながらゆっくりステージを下りた。


「さて、アンコールは私達の出番だな! 行こう雅人君!!」

「誰かこの患者さんに強いお薬を!!」


 ステージ脇で何者かが羽交い締めにされていることなど、観客は知らない。

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