40 笑顔で
冒頭のハプニングを予定調和と考えれば、大きなトラブルもなくライブイベントは恙無く終えたと言えるだろう。
いつのまにか《ゴーレム》は姿を消し、颯波は周辺警戒のために立ち去り、他のランクS冒険者も挨拶を済ませると同時に一瞬で何処かへ消え去った。
そして観客達を乗せた馬車も、列をなしてアパート付近から離れていく。
滅多に出ることのない外の世界を、望外のイベントも併せて味わうことになった観客達の興奮状態は、未だ冷めやらぬようだ。
「どれだけ盛り上がったかを来れなかった奴らに話してやる」と意気込む者。
無言のまま噛み締めるように余韻に浸る者。
上気した顔でエア楽器を奏でる者。
覚えたての歌を忘れまいと口ずさむ者――――
そんな人々を見送る賢也もまた、満ち足りた顔をしていた。
「成仏してください……」
「まだ……死んでないよぉっ…………たぶん」
雅人が声の主に視線を向けると、いろんな汁まみれになっていた。
彼女も『賢也の説得は不可能』と断念したのかもしれない。
「やめなくてもいいのではないか?」
携帯用音楽プレーヤーと繋がったイヤホンを外しながら、静香が賢也に問う。
アニソンのお薬が効いたようだ。
「いや、未練はとっくになくなっていたんだ。こういう機会を得られたからこそ、これまでの思いに、せめてもの餞を――と思ってね」
「うーむ……なんかカッコよくてずるいな」
「賢ちゃんはいつでもカッコイイんですー!」
「美邑さんはそのままでいて欲しい。俺には見られない世界を見られるはずだ」
「いや、それはもうとっくに……」
「どういう意味かな雅人君!!」
しんみりムードとは程遠い住人達のもとに、【カルペ・ディエム】のメンバー達が、お別れの挨拶に訪れた。
一時は開催の危機に陥ったライブイベントも、結果は大成功だ。
ライブ終了直後と同様に、もう一度全員でハイタッチを交わし合う。
そして、渡辺が代表者として歩み出たため、住人側も賢也が応じる。
「一生忘れられない凄い経験をさせてもらえましたよ。ありがとうございます」
「こちらこそ。皆さんのご協力と勇気に感謝します。ありがとう」
「小野寺さんの歌も、なんらかの形で残せればと思っています」
「いや、ああやって吐き出してしまえば未練はないんだ。本当に楽しかった」
「まあ、開演前にも吐いてますけどね……」
「ちょっとまーくん……あとで『オウトズ』からのお説教タイムだからねー!」
「自ら名乗ってるじゃないですか……」
渡辺はあらためて住人ひとりずつと握手を交わし、フィドル担当の女性も賢也と乃愛にハグしたあと、両手を広げ待ち構えていた静香をスルーして笑いを誘う。
音楽家は冒険者よりも変人の扱いに手慣れているのだ。
その後、慌ただしく馬車に乗り込み、危険を承知で同行してくれた家族とともに笑顔で手を振りながら、明日からの日常へと戻っていった――
「よう。お疲れさん! 俺も向こうの警護に同行する。『ワイルドハント』の事後処理もあるからな」
戦鎚を担いでやってきたのはクルトだ。
住人達は、初日から世話になったクルトにも聖隆経由で感謝を伝える。
「みなさんが『本当にお世話になりました』と、おっしゃってます」
男は誰かを探すように目線を泳がせながらも、「気にすんな」と笑顔で答えた。
「俺も楽しませてもらったよ。転生者とは違う異世界人と交流できたんだ。こんな経験は、最初で最後かもしれねえからな!」
聖隆からそう聞かされた静香が、目を細めていつもの悪戯顔を浮かべる。
「フフフ……それだけではないだろう? はい、聖隆氏!」
「伝えませんからね? クルトさんに何を言わせたいんですか!?」
「ん? まだ訊き足りねえことでもあんのか?」
「い、いえ、気にしなくていいですから」
「おっと、こいつを渡すのを忘れて帰っちまうとこだったぜ――」
そう言ってクルトが鞄から取り出したのは、顔半分を覆う狐の面だ。
「これは……」
「路地裏に落っこちてたんだとよ。結果的には義賊扱いで沙汰なしだ。そこの誰かさんに返してやんな」
「おお! この世界にも狐はいるんだな。もし魔獣になったらさぞかし厄介な相手になるだろうな!!」
別の意味で厄介な痴女が、しれっと会話に参加した。
なんと言ったか分からないクルトは、自身と同じ表情の聖隆に告げる。
「あと一晩とはいえ、気が抜けねえな……」
「考えないようにしてたのに、言わないでください……」
冒険者達に『いい経験だった』とも言い難い、奇妙な経験値を与えた女は、聖隆から狐面を渡されると、「メ変態の唯一の存在意義だな」などとわけのわからないことを呟き、その面がよく似合う表情で笑った。
「そんじゃ、これ以上変なことせずに無事帰りやがれって伝えといてくれ!」
「はい。ありがとうございました」
笑いながら観客の帰路の警護に向かったクルトを、手を振って見送る住人達。
そこに大久保祐が、一人で駆け寄ってくる。
「みなさん。あらためてお世話になりました。ぼくは町へ帰ります」
「『帰る』って言える場所が出来たのはいいことだよ。祐、楽しくやりな。それとマーナさんにもよろしく言っといてくれ。言葉が通じないのがなんともねえ」
「はい、大家さん。師匠も『みなさん素敵な方々ですね』って言ってました!」
「いや、『みなさん』が素敵かどうかは微妙だぞ、祐」
「だ・れ・の・こ・と・を言ってるのかな雅人君?」
「自覚してるじゃないですか……」
「雅人君と美邑先生も、お元気で。あんまり無茶しないでくださいね」
「祐こそ、カッコ付けて無茶するんじゃないぞ?」
「もう祐のほうがマー坊より強いと思うけどな?」
「そんなことないです! 気を付けます!!」
「じゃあな。元気で」
「元気でな」
「はい、陣内さんもお元気で! 小野寺さんと乃愛さんも、生のライブなんて初めて見たんですけど、凄く楽しかったです! ありがとうございました!!」
「それはよかった。この世界の人達の音楽も聞いてやってくれ」
「そうね。みんな凄く上手だったし」
「はい、聞きに行きます!」
「ゆーくん、女は魔物だけど魔族じゃないから優しくね?」
「はい! よく分からないけど気を付けます!!」
「祐少年。覚えている限りのアニソンを広むぐぅんっ――」
薬の副作用である――天才演奏家の手練によって、手早く処置を施された。
口を塞がれながら悶える患者に、それでも祐は笑顔で応える。
「出来る範囲で前向きに頑張ります!」
「うわぁ……小学生にビジネストークさせたよこの人……」
「う、うるさいなっ! そんな目で見ても私のアニソン熱は冷めたりしないぞ!!」
一同から冷ややかな視線を向けられる静香に、爽やかな笑顔の祐が言う。
「鼻歌しか聞いたことないですけど、ぼく、美邑先生の歌好きですよ。独特で」
音痴漫画家が撃沈――――
本人には微塵も悪気がないとしても、やはり祐も薄雪荘の住人なのだ。
「独特って……」という住人達のヒソヒソ声に転げ回る静香を余所に、祐はあらためて全員に挨拶してから元気に走り去っていった。
「そりゃあんな美人の師匠と毎日過ごせるんだから――ぐふぅっ!」
人妻がお気に入りの鈍感苦学生も、天才演奏家のエルボーにて撃沈――
転げ回る馬鹿二人がいようがいまいが、じきに日が暮れる。
いつもと同じように、大家が「夕食の準備を始めるよ!」と号令をかけ、住人達が役割分担して動き始めようとする中、音痴漫画家が聖隆を呼び止めた。
「――と、その前に、あのステージはどうするんだろうか?」
「あのまま残すようですよ?」
「ん!」
「えっ!?」
背後からの声に聖隆が振り返ると、メリンダとイスクラの二人が居残っていた。
「町に帰らなかったんですか!?」
「明日、この建物ごと日本へ戻るのでしょう? そんな面白い瞬間には立ち会っておきたいではありませんか!!」
「ん!!」
聖隆は額に手を当てて『この人達は……』という表情で息を吐くと、ステージの今後についての説明を引き継ぐ。
「冒険者を同行させずに、こんな危険な場所まで来て演奏する人はいませんから、『このままにしておけばランドマークにもなる』という判断で残すようです」
「そうか……それは嬉しいな」
「今回の異世界合同ライブの記念建造物として、残り続ける形になりますね」
「だけど、魔術をぶつけるターゲットとかになったら嫌ですね」
「雅人君はさあ……」
「え!? いや、そんなつもりじゃなくてその……」
人は一週間程度では変わらない。乃愛の隣でレオノーレも口を横に開いて何かを呟いている。
雅人が悪い意味で弛緩させた空気の中、離れた場所から大家の声が飛ぶ。
「いつまでも突っ立ってないで動きな! 日が暮れちまうだろ!! そこの二人も、暇なら手伝いな!」
「大家さん、メリンダさんは妊婦さんなんですから……」
「それじゃ邪魔だから座っときな。転んだらどうするんだよ!!」
雅人が両掌を上に向けて肩を竦め、『これだよ』というポーズを取ると、後頭部に御玉杓子が直撃する。
「ナイスコントロール!」
「ん!!」
元ランクAと現役ランクB冒険者に称賛される、大家の投擲技術であった。




