38 異世界ライブイベント(ワンフード付き、ドリンク持参)
「誰が棟梁だ、この野郎!?」
条件反射のように応えてしまった颯波は、咳払いをひとつ――
仕切り直して静香の問いかけに答える。
「最強ねえ……上には上がいるぜ? もっとも、片方は寝てやがるし、もう片方は今頃どこで何してんだか……そいつらでも勝てねえのがいる世界だよ」
「ふむ。複雑だな……一番の最強さんと会うのは難しいのだろうか?」
「気軽に言うんじゃねえよ。死ぬぜ?」
「では、人間に近いところにいるほうの最強さんならどうだろうか?」
「向こうの時間は止まってやがるが、お前さんには時間が足りねえだろうな」
「件の二人は不老なのか! やはりどうにかして残れないものだろうか……」
さすがの颯波も、静香の洞察力と常軌を逸した言動に閉口している――
地球人のまま異世界にもっとも馴染む狂人に、いつもの表情で聖隆が言う。
「だから無理だって言ってるじゃないですか静香さん……」
「おお、聖隆氏! 炎の中で平然としている姿は凛々しかったぞ!!」
「見られてたんですか!?」
「最後まで戦っていたのが聖隆氏だからな! 目に焼き付けたぞ。炎だけに!!」
「地球に戻ったら記憶も消えるといいですね……」
《サラマンダー》以上のダメージを受けた聖隆に、赤毛のランクSから追撃が加わる。
「同郷だからってひょいひょいつまみ食いしてたら、次は骨まで焼かれるぞ?」
「どこがそう見えたんですかミュリエルさん!?」
「あらあら。睦まじい間柄ではないのですか?」
「リリアさんまで!? ないですよ!!」
ヴィスティードの言葉で会話する冒険者達に、静香が口元を隠しながら流し目で聖隆を見つめ、芝居がかった声で言う。
「『一緒に日本製ゴムの感触を試そう』と言ってくれたのは嘘だったのね……」
「その話が嘘ですよ!?」
日本語の分かる颯波が聖隆の肩に手を置き、首を左右に振る。
「後腐れがねえからって、そいつぁどうなんだ?」
一方で日本語の分からないミュリエルは、頬を染め目を潤ませる静香(の演技)を見て聖隆に侮蔑の眼差しを向け、リリアは何をどう思ったのか「あらまあ、なるほど」と感心している。
「違いますからね!?」
聖隆が『ツッコミちから鍛え棒』で殴られているあいだに、他の冒険者達は魔獣の死体処理とイベントの準備を並行して始め、周辺の片付けと安全確保のために、一般人は客席へ誘導された。
諸問題が発生したこともあり、当初の予定より来場者は少ないが、事後処理の終わった冒険者もそのまま客席に加わるため、やはり百人近い人数になるだろう。
ステージから少し離れた場所で客席の様子を見た賢也は現在、吐き気と格闘している。そして敗戦濃厚だ。
「頑張ってください小野寺さん。このままだとステージより前に『ゲロカップル』と呼ばれる悲惨な末路が待ってますよ!!」
「雅人君……それ全然励ましになってないから」
「ちょっとまーくん……あたし達をゲロカップルなんて言ったこと、死ぬほど後悔させてやるからねー!! 賢ちゃんが」
「無理――――」
「早くバケツを! 紗苗さん」
「ちょっと賢ちゃん!? しっかり!! 白目剥いてないでミュージシャンとして一皮剥けるのよーっ!!」
「乃愛ちゃん……あとは、頼む――――」
「私!? って気絶してるし!!」
賢也は極度のあがり症だった。『社会不安障害』の一種かもしれない。
閑散としている場所なら平気なのに、客席が埋まっていると恐ろしいようだ。
まだ開演までには時間があるので、乃愛と紗苗に賢也の気力回復を任せ、雅人は渡辺のところに相談に向かう。
その途中、魔獣の片付けが終わったレオノーレを見付ける。
「フイニッシュ?」
「ハイ」
「イエスタデイ、アイムソーリー。ユーディスライク、メン」
相変わらずの変な英語にも吹き出すことなく、レオノーレは日本語で答えた。
「アリガトウ」
「エンジョイ、ライブ!」
「ハイ!」
この二人に淀みなく交換できる言語は必要ないのかもしれない。
表情と身振りだけで、雅人の言いたいことはちゃんと伝わったようだ。
笑顔のレオノーレと別れた雅人は、渡辺に重篤な賢也の症状を伝える。
「よくあることなんだよ。切っ掛けがあればノッてくると思うんだけど……」
「演奏の順番を入れ替えてみるのはどうですか?」
「お客さんに彼の曲を二回聞かせたいんだよ。だから順番を変えちゃうとね」
「ああ。『また同じ曲が始まった』みたいになっちゃうんですね……」
賢也のオリジナル曲はライブの冒頭と最後に予定されている。
いきなりステージに上がるしかない自縄自縛で、白目を剥いていたのだ。
「なんというヘタレ中年……」
「そう言っちゃ可哀想だよ。長い間音楽から離れていたと聞いた。それに――」
「それに?」
「『これが最後だ』とも言っていた。完全にやめるみたいだよ? 彼」
「ほんとですか!? そんな……」
「話は聞かせてもらったぞ? ここは私達の出番だな雅人君!!」
神出鬼没の狂人が現れた。
雅人が口を『い』の形で固定したまま「嫌です」と答えると、アニソンライブを諦めたのか、静香は「ならば考えがある」と、ある提案を渡辺に持ちかける。
ライブスタート予定時刻まで、あと数十分――
一方、ステージ脇の広場では、大家が長いトングを片手に大量のチュロスを揚げている。生地は昨夜のうちに仕込んであり、家庭で作る量ではないので聖隆も魔術を用いて手伝っていたようだ。
鍋が大きすぎるため、火加減は聖隆が行う。
「聖隆さん、燃え上がらないように頼むよ?」
「はい。炎が相手なら任せてください!」
若干自虐気味な聖隆に、大家も苦笑いしている。
油切りを済ませシナモンシュガーをまぶしたものから、紙で包んで観客に配っていく。長さ二十五センチほどの、かりふわ食感のチュロスだ。
飲み物は水かお茶しか出せないため、持参してもらうよう事前に伝えてある。
大きなテーブルが用意され、メリンダと冒険者仲間、祐とその教導担当者も作業を手伝っていたところに雅人も加わり、大家に問いかけた。
「フライドポテトでもよかったんじゃないですか?」
「仕込みの量と満足度の問題だよ。芋は空気で膨らまないからね」
「なるほど……」
「さすが大家さん!」
そして祐の教導担当者であるランクA冒険者のマーナは、美しい女性だった。
「なんで冒険者って綺麗な人が多いんだろう?」
「その発言はいろいろと問題ありだから、怒られますよ? 雅人君」
「祐は大人だな……優しそうな師匠さんでよかったな」
「はい。マーナさんには、ぼくより年上のお子さんがいるそうです」
「ということは――うん、深く考えないようにしよう」
指を折り年齢を考えた雅人を笑顔で見つめるマーナの目は、笑っていなかった。
観客全員にチュロスを配り終えたころ、いよいよ開演時間も間近に迫る――
ステージサイドに楽屋など存在しないため、演者はステージ横にある仕切り板の裏で準備をしてから上がる。
全体のサイズ感はそれなりだが、小さなライブハウスや学園祭でさえ、もっと客が入るものはある。どちらかと言えば、イベントステージのある公園で歌うような雰囲気かもしれない。
それでも賢也はまだ怯えている。
ギターのチューニングは渡辺が済ませておいてくれたのだが、それを紗苗に無理矢理持たされても、震える手はコードひとつ押さえられそうにない。
その姿に乃愛も動揺を隠せず、顔から血の気が引いてしまっている。
根性が座ってそうでいて、引き籠もり生活を夢見るコミュニケーション不全少女なのだ。
これはあかん――
二人の姿を見た者は皆、そう関西弁で呟くだろう。
だが雅人だけは、あかん二人を見ても心配していない。
そんな雅人に紗苗がぼそっと言う。
「まさか、まーくん……」
「言っときますけど俺は歌いませんよ! どんな手を使ってでも抵抗してやる!!」
「そんなにオタクを憎んで……つらかったね……」
「違いますよっ!? 紗苗さんの中で俺はどんな目に遭ってるんですか」
「歌えばいいのに……異世界の衆目の前で恥を晒すがいいのに……」
「乃愛!? おかしくなりかけてるぞ?」
そんな薄雪荘の住人達を余所に、無情にもライブ開始の合図が鳴らされ、主催者のメリンダがステージに立ち、楽しそうに挨拶して場を盛り上げている。
「あの人も本当にお祭好きなんだな……」
雅人が感心していると、ついに賢也達を地獄へ招待する言葉が響く――
「それでは登場してもらいましょう!! 『ケンヤとアパートの仲間達』!」
拍手――――そして静寂。
賢也は足をガクガク震わせ、乃愛は見えない蝶を追いかけ始めた。
だが、彼等はこの場にいない頭のおかしな人物のことを忘れている――
ステージから聞こえる、下手糞なエレキギターの音。
剛毛の心臓を持つ女、美邑静香である。
同じフレーズを繰り返す。繰り返す。
小さなアンプが歪んだフルボリュームで鳴らす、睡眠学習の素人ギター。
けれどそれで充分なのだ。賢也の震えが止まり、乃愛が蝶ではなく現実を見る。
さらに【カルペ・ディエム】のメンバーも加わってタンバリンが鳴り、スネアが表拍を打つ。
同じフレーズが繰り返される。
一日ならぬ、一週間のトリップ――――
熱に浮かされたように賢也が立ち上がり、ステージに吸い込まれていく。
コードを刻み始めると、スネアの音量が上がり客席から手拍子が鳴り響く。
乃愛は「何これ……」と夢を見るような瞳になって呟いた。
いつもの賢也からは想像できない歌声が、会場に響き渡る――
ライブイベントの始まりだ。




