37 異世界の異人(偉人、奇人)達
《オーガ》の前に立ちはだかったのは、クルトだ。
アパートへ向かった観客の一団とは別行動だが、『ワイルドハント』への対応として、町からも数人の冒険者が派遣されており、残る魔族の掃討に六名、アパート側には三名が向かっている。
「このあともっと楽しい祭りが待ってんだよ、前座はさっさと退場しやがれ!!」
《オーガ》は体長三メートルを超える人型魔族だ。容姿は日本の鬼に近く、肌は魔王の赤よりも朱色に近い色をしている。
魔族の中でも元となる生物の存在しない『幻獣種』に属し、身体能力だけでなく知能も高く、その戦闘スタイルは相手に応じて変化する。
クルトの得物は戦鎚。《オーガ》は巨大な棍棒を軽々と振り回す。
それでも勝負は一瞬で決着した――大振りの棍棒を躱したクルトが相手の背後に回り、その巨体の背骨を粉砕。膝から崩れ落ちるように倒れた《オーガ》に止めの一撃を加えたあと、クルトは手応えのない戦闘内容に首を捻る。
「こりゃあ――マトモに戦える状態じゃなかったみてえだな。こんな芸当ができるとは……一体何者なんだよ、【夢遊の雛芥子】ってのは?」
リリアの強力な幻術によって、その身体能力と知能の高さを発揮することなく、ランクA相当の幻獣種、《オーガ》は敗れ去った。
一方、アパート付近には、獣がそのまま巨大化したような魔獣が数体接近していたが、祐の教導担当者を含む上位ランクの冒険者達も駆け付け、深刻な状況は終息へと向かいつつある――はずが、そこで不自然な現象が発生する。
突然、猿の魔獣が大量発生したのだ。
他の魔獣と同じ場所から襲撃してきたなら視認できていたはずなのに、どこからともなく大量に現れたため、観客の集まる場所では悲鳴が上がり、パニック状態に陥っている。
弱いとは言え魔獣だ。武器を持っていればさらに危険度は増す。
「なんだこいつら!? どっから湧いて出た?」
「馬車の方向だ!!」
「冒険者は一般人を守れ!」
不測の事態に冒険者達も慌てる中、雅人が大声を張り上げる。
「ステージに上がるように言ってください!」
ばらばらと逃げるより、固まったほうが護る側も楽になる。
雅人の言葉に反応したレオノーレとメリンダが、急いで観客達をステージに上がる階段へ誘導する。
薄雪荘の面々もアパートよりステージに近い者はそちらに向かい、レオノーレら冒険者が追い縋ろうとする魔獣を蹴散らす。
刀を手にした静香がアパートの共用廊下でその光景を見て、何かに気付いたように呟く。
「なるほど……これも撹乱だな。狙いは――」
視線を階下へ落とし、不自然な動きをする男の接近を捉えた。
アパートの傍で金属バットを手に魔獣を殴り飛ばしていた篤志も、その不審者に気付き、通じない言葉で怒鳴る。
「おいてめえ! まだ何か盗もうとしてんのかよ!?」
「本だ! 本なら数時間もあれば高密度の情報を得られる!!」
「順番がおかしいだろ!? あいつらアホなのか?」
「読める人材を確保した、もしくはするということだろう」
「日本人か!?」
さらにもう一人――逃げ惑う人々の中で不審な動きをする男に、雅人が気付く。
おそらく男達は観客に紛れてやってきたのだろう。
その男が、後ろから首筋にナイフを突き付けた相手は――――
「祐っ!? おいお前!! 何して――」
だが祐は元日本の小学生でも、今はヴィスティードの冒険者見習いだ。
体を少し左にずらし、腰にぶら下げた剣を左手で叩いて跳ね上げると、くるりと回転した剣の鞘が背後に立つ男の背中を叩き付けた。
打撃としての威力はないが、突然後方から背中を打たれた男が怯んだ瞬間、祐は拘束を逃れて抜剣する。
「そちらはナイフ、こちらは長剣。やり合ってみますか?」
「祐……なんて言ってるか分からないけど、滅茶苦茶カッコイイんだけど……」
「クソガキが! やってやらあ!!」
言うと同時に、男は背後から来たメリンダに後頭部を殴られ失神した。
雅人が祐に近付くと、その細い腕で抜かれた剣が小刻みに震えている。
まだほんの数日なのだ。人を斬ったことなどあるはずもない。
その手をそっと掴んだ雅人が、「やっぱ祐は強いな」と声をかけると、脱力して剣を下ろす。
「やっぱり怖いです……人に刃物を向けるのって」
「それでいいだろ? おかしいことをおかしいと思えるからこそ、祐は祐のままでいられるんだと思うぞ? 俺は安心したよ。優しい祐のままだなって」
「ぼくがぼくのまま……なるほど、深いですね。さすが雅人君!」
その二人の頭をぽんぽんっと優しく叩いたメリンダが、祐に語りかける。
「人殺しを恐れない者は自分を殺します。自分を大事にしてくださいね?」
「――はい! ありがとうございます!!」
異世界の言葉が分からない雅人は、置いてけぼりにされて口を尖らせた。
だが、事態はまだ解決したわけではない。
アパートに侵入を試みようとした男も武器を携帯していた。腰から短剣を抜き、一階に下りた静香と篤志のいるほうへ、声を上げながら襲いかかる――
篤志が前に立ち横薙ぎの短剣をバックステップで躱し、ローキックで相手の体勢を崩すと、静香が納刀したままの刀の鞘で、仰け反った男の喉元を突き上げる。
男はそのまま白目を剥いて気絶した。
「えげつない攻撃しやがるな……」
「そうか? 顎を上げたら狙うのは格闘技でも基本だろう?」
「少しは躊躇えよ……」と言う篤志を無視して短剣を取り上げる静香。
そして振り向きざま、飛びかかった猿の魔獣に投げ放ち、絶命させた。
「本当に地球人か? お前……」
「いや、私も薄々――と言ってもエロの話じゃないぞ?」
「そのやり取り、前も見ましたよ……」
「お二人が無事でよかったです!」
「素晴らしい! 見事な体捌きですね、静香さん」
雅人と祐もやってきた。
同行したメリンダは感嘆しているが、猿の魔獣はまだ数体残っている。
「さて。大事なイベントの前に、お邪魔虫を一掃してしまいましょう」
「うむ。背中は私に任せろ!」
まるで長年パーティーを組んだ仲間のように息のあった動きで、次々と魔獣を掃討していく二人に、両拳を握り締めた祐がキラキラと輝く瞳で熱視線を送る。
残る男二人は口を半開きにしたまま、ただ呆然と眺めているだけだった――
やがて最後の一体が斃され、周囲をぐるりと見渡したメリンダだけでなく、静香も息ひとつ切らしていない。
「どうやら《ゴブリン》はすべて片付いたようですね」
「そうか、あれは《ゴブリン》だったのか。ならば私も、レベル2ぐらいになれただろうか?」
「えっ!?」
「はて?」
そんなシステムがあるかは別として、静香の日本語に驚く男二人に、メリンダは首を傾げる。
祐はほっぺたを掻きながら、「あはは……」と笑っていた。
アパート付近の魔族が片付いていく中、まだ苦戦している冒険者が約一名――
紅蓮に猛る炎の中に立つ聖隆だ。
防御力には自信があるのか、顎に手を当ててのんびり思案している。
彼の周囲は重力障壁と温度制御の魔術で覆われ、《サラマンダー》の火炎を受け付けない。それでも、障壁内の酸素量には限りがある。
「千日手とはいかないからな。やはりここは勝負に打って出るしか――」
ところが、遠距離から聖隆に炎を浴びせていた《サラマンダー》の巨体が、突如頑強な皮膚ごと細断されて崩れ落ちた――
そして灼熱で焼かれた大地の中心に立つ聖隆に、呆れたような声が飛ぶ。
「お前さん、いつまでサウナに入ってやがんだよ?」
声の主は、長ドスを肩に乗せた颯波だ。
聖隆があらためて周囲を見渡すと、戦鎚を担いだクルトや両手にハンドアックスを持ったイスクラも、既に戦闘を終えていた。
「時間稼ぎのつもりが、逆に『僕待ち』になってたみたいですね……」
「そうだよ、この表六玉。もうすっかり片付いちまってるぜ?」
「そう……ですか……」
「凹んでんじゃねえよ。お前さんに足りてないもんが分かっただろうが」
「はい……攻撃力ですね」
「防御力だけならランクAレベルに達してんだよ。だからお前さんがあのアパートを任されたんだ。分かったんなら精進しやがれ」
「ありがとうございます!」
クルトとイスクラも、その様子を笑顔で見守っていた。
「この度は、わたくしのうっかりでこのような事態を招きまして、なんと申し上げればよいのやら、言葉もございません……」
「お前さんがいねえと、初手で盤面そのものが引っ繰り返っちまうよ。鈍臭えのが一人いやがったからな!」
「颯波さん、リリアにだけ優しくね? やっぱおっぱいかよエロオヤジ!」
「揉まれてえのか? 元はと言やあ、お前さんが――」
「あらあらまあまあ。わたくしのお胸のせいで、お二方がそのように淫靡な仲違いを始めるなんて、なんと申し上げればよいのやら……」
会話の内容はさておき、ランクSが三人も集う貴重な光景だ。他の冒険者達は、遠巻きに憧憬の眼差しを向けている。
そんな中、ひょいひょいっと接近して気軽に声をかける人物が約一名――
「こちらの方々が、この世界の『最強』を成す仲間なのだな、親方!!」




