36 おっとり、うっかり。
「魔王様っ!! 突然魔獣どもが同士討ちを始めましたっ!!」
地上から飛んだ声には反応せず、上空から呆然と眺める【朽葉の魔王】。
千を超える魔獣達が、《レイス》の制御を外れて勝手に暴れ始めた。
その《レイス》は、既に斃されている――
重要な役割を担う《レイス》の傍には、警護役として魔人が配置されていた。
つまり、その魔人が先に屠られたということになる。
「なんなんだっ!? 一体何がどうなっている?」
「よう、トンチキ野郎」
空中でいきなり真横に現れたのは人間の男だ。
魔王に気配を悟られずに急接近したその男は、軽口を続ける。
「ぞろぞろ集団で遠足たぁお前さん、教師にでもなりてえのかよ?」
「っ――!?」
慌てて回避行動を取る魔王。
相手は手練だ。いきなりの交戦は危険と判断したのだろう。
「クソッ! いくら速度に自信があろうと、私は遠距離戦を得意とするッ!」
地上からまだ空中に浮かぶ男に向けて、広範囲の爆炎魔術を放つ。
――が、術は発動と同時に消し飛ばされる。
辺りが一瞬明るくなっただけで、何も起きていない。
「そいつを防ぐのが俺達なんだよ、トンチキ先生」
「お、おのれ人間風情が! 魔人ども、時間を稼げっ!!」
――――反応がない。
それもそのはず、地上にいたランクA相当の魔人達は、ミュリエルによって一掃されているのだ。
仲間に襲いかかる魔獣はリリアの幻術にかかっている。
凄まじい速度で魔獣が掃討されていく――――冒険者最強ランクが三人も揃っていれば当然の結果ではあるが、魔王だけはその事実を甘受できずにいた。
「そんな馬鹿な!? 一人はあのとき確かに殺したはずだ……有り得ん」
愕然としながら剣を抜く魔王の背後に立ち、颯波義一郎が言う。
「そろそろ向こうに行きてえんだ。生徒があの世で待ってるぜ? 雑魚先生」
「雑魚だと!? この私を倒せるのは貴様ら人間如きではない!! 魔人オクトだけがこの私を――――」
言い終える前に颯波が顔面を分断しミュリエルが腹を蹴り上げ、空中に放り出された元魔王の何かに向けて、二人同時に雷撃と爆炎魔術をぶつける。
だが、高威力の魔術で爆散させても魔王の骨だけは残る場合がある。
そのため、爆発と同時に魔王の周囲は重力障壁で覆われ、煙だけが逃され小さくなった透明な球体が、颯波達のもとにゆっくりと下りてくる。
「魔人ってなんだよ? てめえより格下に勝てましぇーんってか?」
「いや、あれには誰も勝てねえよ――ってか、骨回収しとけよ。そいつぁお前さんの仕事だろ? 【赫炎麗麗】」
「うええ……っていうか、オクトってのはそんなにかよ? 【瞬斬喧火】でも勝てないのか?」
「今やっても、手も足も出ねえだろうな」
「マジか……」
「あらあら。ご歓談中に申し訳ございません。混乱状態のまま、あちらに向かった魔獣がおりますが、戦力は如何ほどなのでしょうか?」
掌でアパートのある荒野を指し示しながら、小首を傾げるリリア。
颯波は鼻から息を吐き、左右に振った顔を止めて口を開く。
「そいつぁよくねえな……ひよっ子しかいねえ」
§
ランクSが三人――
観客達を警護していた冒険者から齎された情報に、アパート周辺では脱力感すら漂うほどの安心モードになっていた。
仮に魔王が同時に三体現れても対処できる戦力。
そんな事態はここ百年でも起こっていないという――つまり、安心安全。
ところが、そんな気の抜けた雰囲気に、メリンダのひと言が冷水を降り注ぐ。
「あら。この気配は上位ランクの魔獣ですね」
「なっ――!?」
遅れて遥か遠方に対象の姿を視認した聖隆が、瞠目する――
「よりによって、《サラマンダー》か……」
火属性の魔獣――ランクA相当。
広範囲へのブレスを持つ相手なので、遠距離で仕留めなければならない。
こちらにはメリンダ以外にも高ランクの冒険者はいるが、これ以上の接近を許せば一般人に犠牲が出る可能性がある。
「また『わざと見逃している』のかな?」
静香の問いに聖隆は言葉を残して走り去った――
「いいえ、『うっかり見誤っている』です!!」
一同が唖然としながら後ろ姿を見送った聖隆の前を、武器を手にしたイスクラを含む、他の冒険者達が先行している。
だが、圧倒的強者の『うっかり』だけに、その深刻度も大きい。
さらにもう一体別の魔族――今度は人型の巨体がこちらへ向かってくる。
「討ち漏らしが《オーガ》って……どんな規模だったのよ!?」
レオノーレが驚愕する。《オーガ》もランクA相当の魔族なのだ。
『ワイルドハント』が起こった際には、数の多寡にかかわらず脅威度の高い個体から優先的に潰していく。
つまり『優先されたのは複数の魔人』と、レオノーレも理解したのだろう。
魔人はランクA相当だが、ランクA冒険者でも一対一でなければ厳しい相手だ。
力の差如何では、戦うべきではない個体も存在する。
「メリンダ、ひょっとして危なそうな感じなのかな?」
「戦力よりも時間が問題ですね。『ワイルドハント』とは別に、付近にいた魔族まで集まってしまう可能性があるのです」
「元は無関係だった個体ということか?」
「そうです。魔獣同士で連携はしませんが仲間を呼びます。『害意に引かれる』という現象もありますので」
「つまり『おいおい面白そうなことしてんじゃねえか俺も混ぜろや』現象だな!!」
「はい。そんな感じの現象です」
そんなとぼけた会話をしているあいだにも、《サラマンダー》や《オーガ》より足の速い魔獣が数体、アパート方面に接近してくる。
「私も行きますね」
「待って! メリンダさんはダメ!!」
慌ててレオノーレが制止すると、静香もメリンダの肩に手を置いて、宥めるように言う。
「メリンダ、ここは堪えて欲しい。私からもお願いする」
「ですが……」
「冒険者は、この場にいる者だけではないだろう?」
「そうですね……分かりました。ではノーレ、貴方は私とこの場でみなさんを護りましょう」
「分かりました。くれぐれも無理しないでください!」
「私に任せておけ!!」
静香の言葉に、レオノーレは聖隆のような表情になってから持ち場を移動した。
「む。何が不満なのだろうか……」
「貴方にも無理をしてほしくないのでしょう」
「なるほど。ならば少しここを離れるのでじっとしていてくれ!」
「あら? 言っていることが矛盾していませんか?」
背中にメリンダの言葉を受けながら、静香はアパートへと走る――
その一方で、アパート住人を含む一般人達を誘導している少年がいた。
「増援も来てくれますから、みなさん落ち着いて下がっていてください!」
腰に剣をぶら下げた、凛々しい姿の少年と目が合った雅人が声をかける。
「祐? 来てくれたのか!?」
「はい。だってみなさんのライブですから! 師匠に無理言っちゃいました!!」
少年の冒険者見習いとしての人生は、既に始まっているのだ。
しかし観客を含む一般人の視線の先では、高ランクの魔族がさらに増えており、対処に追われる冒険者達の姿が見える。
「昇格試験の前に、ランクAと戦うことになるとはな」
聖隆の眼前の《サラマンダー》は、全長二十メートルを越える巨大なトカゲ型の魔獣で、動作は緩慢だが火炎のブレスは射程距離も長く、強力だ。
所謂『タメ』がない状態から魔術のように火炎を吐けるため、なるべく遠距離で仕留めるべき相手だが、距離をとれば相手も攻撃が容易になる。
一撃必殺の遠距離攻撃を持たない冒険者の場合、ブレスを回避しながら接近戦に持ち込むか、全力で逃げるしか打てる手がない。
「だがこれは……ゲームで言うところの『混乱』状態なのか!?」
口の先からはチョロチョロと炎が見えるが、距離と威力を考えればブレスを吐くタイミングでも攻撃してこない――挙動不審なのだ。
「それならそれで、やりようはある」
元々聖隆は遠距離戦を得意とするタイプだ。相手が混乱状態ならば、強引に攻撃しなくても足止めに最適な間合いをとればいい。
彼我の距離は三十から離れて五十メートルになった。
まず《サラマンダー》の腹部の土を槍の形に成形して突き上げたが、魔獣は器用に横回転して躱す。
そのあいだに上空で作った氷の槍は、長さ五メートルで直径三十センチ。硬度を上げた槍が三本、五十メートルの高さから加速を付けて落とされたが、魔獣の堅い皮膚に阻まれ、刺さる前に砕けてしまった。
「想像以上の硬さだな……」
聖隆には、ランクAの魔族と単独で戦った経験がない。
単独で格上の魔族に出くわした場合は、『死ぬか、逃げるか』の二択になる。
意地やプライドで力の差は覆らない。
「それでも――これ以上、お前を進ませるわけにはいかない!!」
さらなる攻撃を加えようと構えた聖隆を目掛けて、《サラマンダー》のブレスが襲いかかり、ランクB冒険者は炎に包まれた――――
狙いは的確。魔獣の混乱状態は、治まりつつあるようだ。




