8話
視界が戻り始める、徐々に俺の視界いっぱいに白い天井が見える、……どこだろうか、病院か?
遅れてその他の感覚が戻る。
今は何時だ、俺はまずそう思い体を起こす、すると思ったよりすんなり体が起き上がった、だが少しだけ指先が動かしづらい。
何故俺はこんなところに。俺は記憶を遡る。
だが束の間、急にこの病室の扉が乱暴に開けられる、俺は驚きそちらを見る。
そこには血相を変え目に大粒の涙を溜めている有美の姿があった。その後ろから優子、凜香、市也、戸松だった。
……戸松?
「どうしたんだ皆?」
有美はそれを聞くとその場に泣き崩れた、優子はすでに涙が枯れたのか顔を歪ませている、凜香も泣き崩れ、市也は呆れ顔で俺を見て、戸松は安心しているのか涙を目に溜め胸を撫で下ろしている。
そして遅れて母と佐藤もやって来た。
「何でそこまで泣くんだよ?」
・・
「バカっ‼」
落ち着いた有美の第一声。
この病室に残っているのは、もちろんの事俺、有美、凜香、優子、市也、戸松だ。
母たち大人組はすぐに帰ってしまった。酷い人等だ。
有美は優子からの連絡で母と一緒に来たらしく、凜香は有美の連絡から(琴音さんには言っていないの事)、市也は部活だったため母の連絡で先生と、戸松は有美の連絡で此処に駆け付けたらしい。
有美は何と車を止める途中に飛び降りたらしい。なんとも危ない奴だ。
優子はまだ倒れた理由を誰にも言えてないの事。
「ハハ……」
俺は苦笑する、そして戸松を見ると少し落ち着きがなかった。
「にしても、ンで倒れて吐血したんだよ?」
「そ、それがお兄ちゃんが……」
「その前に、優子と戸松以外、全員退室してくれ」
俺は優子の話が始まる前に遮る。
「え……」
「和くんっ!?」
「和人さんっ!?」
有美と戸松、凜香はそれぞれの反応を見せる。
「お願いだ」
俺がそう言うと、有美たちは渋々退室して行った。
部屋には当たり前だが三人になった。
静寂が訪れる。
俺がしゃべろうとすると。
「お兄ちゃん、何で私も?」
優子がしゃべりかけてきた。
「いや、お前は、その、俺が倒れた理由を誰にも言ってほしくないなって……」
「え、あ、うん…… そ、それだけ?」
優子の目元は赤くなっていた。
「おぉ、すまんな残ってもらって、後は俺と戸松で話す」
「うん……」
優子との会話は何故かぎこちなかった。
優子が退室するのを見届け、その後戸松を見る。
「やっぱり、気づいてた…… よね?」
「あぁ、自信満々じゃなかったけどな」
そして苦笑……笑えやしない。
俺のせいであいつ等に迷惑をかけたんだ、こいつにも非があるならそれはそれで苛立ちも感じられる。
「で、アレは何だ? お前は何から逃げていたんだ?」
少しの間が空き、戸松は観念したのか俺の方を向く。
「本当の名前は無い…… わたし達は「紫石」って読んでるけど」
……今、戸松は何と言った?
気になるワードが今の発言にはあった。
「“わたし達”……? 他に誰か…… 組織か?」
「あ……」
戸松はしくったとでも言いたげな顔をした。だがすぐに諦めたのか、少し小さな溜め息をついた。
意外だ、戸松でも溜め息をつくとは。
「うん、わたしはある組織に入ってます、その前にあの石の事から、わたしもあの石の製造方法は知らないけど、何かの実験の過程で生まれて“しまった”モノ。あれは製造者の人があまりにも危険ということで、一部の…… 一部の人?」
何だ? 一部? 俺はその一部に入るのか、一体俺は何をしてその一部に入ったのだろうか、何かをしでかした覚えはないぞ。
戸松は訝しげに俺の顔をまじまじと見る。
それに、あの石、紫石は生まれて“しまった”と、戸松は言っていた、ということは危険なモノ、うーん、俺はそんな危険なモノを体に宿しているのか、何かと恐ろしい。
「何で和人さんが……? 有り得……いや有り得る」
「何がだよ」
戸松は独り言のように呟いていたので俺はその独り言に割り込んだ。
再度戸松は俺を見つめる。
「似てる」
何だ?
「誰にだよ?」
「“一宮太一”博士に……」
「なっ!? フザッ……」
今なんて言った、一宮? アンナ奴に!? あの野郎に……ッ!?
俺の突然の怒号に戸松は驚いたのか少し身を引いている。
だが、謝れなかった。
「どういう事だよ!? ンで奴の名前が出てくんだよ!?」
奴、一宮は、俺の旧姓、実の父親。
俺と母を見捨て、傷つけ、苦しめた張本人、最低な奴、アンナ奴の事は忘れかけていた、なのにっ!!
アンナ奴の事、永遠に忘れたかったのに……!!
「俺は奴なんかに似ていねぇんだよ!!」
俺は再度戸松に怒号をあげる。
分かっていた、こんなの只の八つ当たりだってことくらい、だが抑えきれなかった、怒りが込み上げてくるばかりだった。
「アンナくそ野ろ……」
不意に立ち眩みがした、とても酷い立ち眩みが、気持ちが悪い。
「うっ……」
俺の息は乱れていた、それにさっき意識が遠のいていた。
本当に一体……?
「だ、大丈夫?」
戸松の心配そうな声がする、その声が遠く感じる。
気持ち悪い。
体の中で何かが蠢いているみたいで……。
だが、おかげで冷静さを取り戻せた。
「すまん、ついカッとなって……」
やっと謝れた。
あの言葉は俺の中では禁句だった、絶対に俺の前では言ってはならない言葉だ、でも戸松は知らなかったんだ、なら戸松に非はない。
「うぅん、ちょっとビックリしただけ」
「おう……」
「……和人さんは一宮博士の……息子さん?」
少し間が空き戸松は恐る恐る尋ねてくる。
俺は一瞬ピクリと反応するが、すぐに苛立ちを抑え込む。
「……あぁ」
俺は握り拳を作る。
戸松は無言のままだった。
だが、数秒後。
「なら、和人さんは一部の人ですね」
急に戸松の雰囲気、口調が変わった、まるで、冷静に事を飲み込む、エキスパートように。
「桜月和人さん、貴方は今、この時点で選択しなければなりません」
「何が?」
俺が尋ねるも、
「今から私たちに付く、従うか、政府に赴き、様々なことを聞かれ、監禁されるか利用されるか」
戸松は無視を、続けた。
「は? ふざけんなっ!! ンで俺がそんなこと決めなきゃならねぇんだよ!? つーかンだ急に!? 従え、だ!? 知るかよ!?」
「それでは残るは両方を敵に回すか、ですよ?」
「あぁ、上等……」
「有美さん」
俺はピクッと反応する。
何故有美が出てくるのか全く解らなかった、有美は部外者のはずだ。
「どういう……事だ」
「貴方がどちらかに付かなければ、有美さん、家族、友人にまでも害が及ぶ恐れがあります」
……何て言った? 今コイツ、とんでもないことを言ったぞ、しかも冷淡に、仕事かのように。これがあの弱々しくて可愛らしい戸松の真の姿、実態、性格、存在だったというのか?
出会ってまだ数日だが、俺達は仲の良かったはずだ、それがこんな事になると……。
「……けんなよ」
戸松などもう眼中になかった。
「ふざけんなよ!? テメェは友達すら人質に取るのかよ!?」
「どうせ上辺だけです」
何かが俺の中で切れたようだった。
また視界が暗くなりかけるがお構いなし。
もう歯止めがきかない、殴りそうだ、蹴りそうだ、止められない、怒りがまたも込み上げ、冷静さが失せ脳が怒りだけを読み取っていた。
俺は乱暴に戸松の胸ぐらを容赦なく掴む。
その時戸松の顔も目に入った。
……彼女の目からは大粒の涙が流れていた。
「……何で、そこまでして俺を奴のところに連れて行きたい」
彼女は無理をしていた。泣くほどに。
俺は失っていた冷静さを取り戻す。
第一戸松の言うことは正しい、すぐに俺の存在は公になってしまい周囲の人間に害は確実に起こるだろう。だが俺が戸松の言う、奴の組織に付けば情報は死守されるだろう。
政府に行けば監禁、利用、満更でもないだろう。
なら、選択肢など最初から無いだろうに。
「……紫石さえなければ貴方は自由です」
「だよ……な」
俺は胸倉を離す。ため息をつきベットへと寝ころぶ。
脱力した、何もかも面倒くさかった。
そして沈黙、互いに無言だった。
「なぁ、その組織について教えてくれ」
「……はい、わたし達組織は、紫石の回収、または所有者の保護、一宮博士の守護を目的とした集団です、政府では“ガーディアン・フェイク”略称“GF”と呼ばれています、と言ってもわたしは博士に会ったことが無いんですけど」
間が空き、戸松続け、
「この世界には貴方の紫石を合わせ六つ在ります、その中の二つ、わたし達が持っています」
二つの内一つは俺の事だろう。怒りも込み上げてこない。
だが一つ疑問に思った。
「その紫石は全部俺と奴しか使えないのか?」
この紫石がそうのように他の紫石も奴の血筋に入っていないと使用できないと思ったからだ。
「いいえ、貴方のは危険が故に博士が封印を試みたものです、しかし失敗し血族のみが使用できるようになりました」
戸松は俺の手を見、その後俺の目を見る。
「この紫石はもとはといえば政府が製造していたものです、目的は知りませんし知りたくありません。政府は紫石四つの製造に成功しました、しかし博士がそれが危険ということに気が付き資料を持ち逃げしたのです」
俺は今更なことに気付く。
「この石は持つとどうなるんだ?」
戸松はそれに答えてくれた。
「何らかの能力を獲得します、でもまだその能力は判りません」
「そうか」
戸松は咳払いをする、目元が赤くなければよくサマになっていたと思う。
「とにかく、和人さん、残念ですが今までの日常とはお別れです。……改めて……桜月和人さん、我々の下へ来てくれますか? その他の情報は後日お伝えします」
俺は表情一つ変えずに、
「どうせ俺には拒否権は無いんだろうに」
そう嫌味たらしく言った。
戸松はそんな俺を見て、
「はい」
少し笑顔でそう言った。




