兄姉の誤解
姉の婚約者は兄と同級だったオーバル伯爵家の嫡男ジオーヌ様。
王太子シュドリウス様の側近の一人と言われている出世株、らしい…今は宰相補佐として王国内を駆け回っているらしい。今はちょうど、王都に戻っていたタイミングのようだが、フプリーがお会いするのは多分3回目くらいなので、よくわかっていない。
兄のセナーも文官ではあるが父と同じ税務関係の部署にいるらしく、王族よりも大臣を上司とする部署に勤めていて、今は基本的には王都で勤務している。兄の婚約者はウルマ侯爵のご令嬢で、代々王宮魔術師を何人も出している名家なのだとか。しがない文官の家に嫁いで良いのか?とも思うが、お会いしたご本人は「私も3番目よ、エネットと呼んでね!」とフプリーにウインクしてくれた。そのエネット様は本日ご不在のようだ。
この呼び出しの真意が分からず、フプリーは落ち着かなかった。
普段、ミソッカスのフプリーが兄姉と交流するのは実家に帰った時ぐらい。
父とも似たようなもので、フプリーにとってはたまに王都に出てくる母と、母付きの侍女ハミルがいちばん近しい家族だ。
決して険悪でも不仲でもないと思うのだが、父はそこそこ忙しく、また領地持ちの貴族あるあるで父のみが領地もしくは王都に単身赴任、子どもも初級の貴族学校を終えて進級すれば必然王都の学校に通うことになるので意識して団欒の機会を作らなければ顔を合わせる機会はぐっと減ってしまう。
父が召集をかければ良いのだが、「用もないのに」という生真面目な性格をしているし、母は母で「何のために呼んだ?」と言われるのを面倒に思っているようで、兄が魔法学校に通い始めて以降、家族全員で顔を合わせるのは収穫祭か種苗祭で領地に戻るタイミングだけ。
新年も父母は王家主催の舞踏会に招かれる(今は兄も呼ばれ、姉は婚約者の同伴者として呼ばれる)から領地に戻ることはない。
おかげでここ数年はフプリーは新年の挨拶をする係を請け負っており、領民の皆様から「カルマン伯のお嬢さんと言ったら、フプリー様」ってくらいに定着している。おじさんおばさんは顔が変わらないから、流石にある程度はみなさまのお名前も覚えた。
まぁ、つまり、ここ最近は年に2回しか会ってないよーと言うことよ。
で、そんな姉からの呼び出し。兄と将来の義兄付き。
迎えに来た兄と共に到着した場所は、王都の小洒落たレストランの個室である。
へぇ、おっしゃれ〜
と、キョロキョロしちゃう。
だって、フプリーが普段友達とウロウロするのは学校から程近い朝市が催される広場とその周辺くらいだもの。
ここから自力で寮に帰れと言われても、帰れないなぁ。
先に到着していた姉と婚約者の向かいに腰掛けて、オーダーを済ますと、
「で?聞かせてもらうわよ?」
と姉が身を乗り出す。
そして、
「フプリーはどっちが良いの?」
である。
何のこっちゃ分からないフプリーは何も答えようがない。
「主語がないよ、マーリエ」
婚約者のジオーヌ様が苦笑いをしつつ、諌める向かいで、兄のセナーがため息と共に呟く。
「まさかフプリーが、ダリウス殿下とイエン小公爵を手玉に取るとはなぁ」
「えええええ?!手玉?どう言うこと?!」
声が裏返った…
手玉って、手玉って、良く歌劇に出てくる、あの、手玉よね?
「だって、殿下の馬車でお茶会に来たじゃない」
こともなげに姉は言う。
「ブリア小公爵もご一緒されていたんだろう?」
兄が続く。
「同級生なだけです!!!フォーリア様もいらっしゃいました!」
いけない、思わず立ち上がってしまった。
咎めるような兄姉の視線に、我に帰って着席する。
「お茶会の間中、殿下が隣にいたじゃない?イエン様はたまに離れてたようだけど、殿下に遠慮されていたのではなくて?」
…まさか、そんなふうにみられていたなんて!!!!
確かに、先日のお茶会の間中、殿下は私の横にいた。で、反対側には、フォーリア様が居てくれて…そのおかげで、新たにご紹介いただいた方とのコミュニケーションに困ることはなかった。ど緊張はしてたけど。
「私の認識では、フォーリア様とご一緒させていただいたつもりで居たのですが」
声に力が入らない。
「あの、大前提として、殿下とイエン様に婚約者様はいらっしゃらないのですか??」
そんなことも、フプリーは知らないのだ。
そういえば、フォーリア様の婚約者については気にしたことはあったのに、他のお二方については何も考えていなかった。
「居たらエスコートしてるでしょう」
それもそうか。
いや、でも、何故?
「…公爵家の嫡男と、王子に婚約者が居ないなんて、不思議ですね」
王太子殿下と、第二子である王女ナタリー様には婚約者がいらっしゃるのに。そもそも、高位貴族に婚約者が居ない方が珍しい。
兄姉義兄の3人が、視線を交わす。
「色々と事情がおありなのだろう。特にブリア公爵はベリア領を収めているからね。小公爵のお相手を、ディバレイド王国の旧来の貴族からとるか、フェンスベリアの国民から取るかで領内の心象も変わるし、力関係も変わるだろう。おそらく小公女様に婚約者が居ないのも同じ理由だ」
あ、フォーリア様にも婚約者は居ないんだ。
「ダリウス殿下に関しては、お小さい頃に何名か候補者があったようだが、ご本人が面倒だと言ってほとんど話は進んでいなかったはずだよ」
うわぁ、すごく、想像がつく…
「そして今は、社交界であなたの名前がひっきりなしに囁かれているってわけ」
「…え?」
…怖いセリフが最後に聞こえた気がする…
「今!社交界では貴方が!ダリウス殿下もしくはイエン様のお相手ではないかと!噂されているのよ!」
姉マーリエのきっぱり、はっきりとした滑舌。
「…えええええええ?!」
再び…叫んで立ち上がってしまった。
兄がわざわざ立ち上がって、椅子を戻してくれる。
「…お茶会は先週ですよ?」
勘違いされるにしても、噂が回るには早すぎない?
「情報は速さと正確さ、だけれどね。どうしたって、速さが勝る。貴族間のネットワークを舐めちゃダメだよ」
上品にカトラリーを操るジオーヌ様に縋りたくなる。
「間違いです、と言う情報はどうやって回せばいいんですか?」
「真実に婚約者ができれば良いのではない?貴方か、殿下とイエン様に」
姉が当たり前の顔をして言う。
「殿下とイエン様に、婚約者…」
政治が絡むから、フプリーにはどうしようもない…
「貴女にでも良いのよ?」
わたしーーーー?!
「誰か紹介しようか。家としては、フプリーを自由にしてやるつもりで居たけれど、噂を否定したいならね」
自由恋愛を楽しむ未来が…
「本当に、お二人と、そう言う関係ではないの?ちょっぴりでも、良いなーとか、ないの?」
あるわけない、畏れ多すぎる!!!
「…婚約したら、絶対に結婚しなきゃダメですか?」
再び3人が顔を見合わせる。
「当然!」
声まで揃った。




