収穫祭にて
夜会は身分の高い者ほど後から入場する。もちろん、最後に入場するのは陛下であるが。
フプリーさん、王子と共に入るので、王族扱い。
慣れるも何も無い。
ただただ、ビクビクしているフプリーである。
前回と同様に、元大将軍アルドレット様にエスコートされたナタリー王女がいらっしゃる。
王宮でお会いするのは初めてだったので、慌ててカーテシーをする。
「噂のフプリーさんね!やっとちゃんと会えたわ」
ナタリー王女が笑いを堪えている。
…噂って、なんだろう。
フプリーは心臓が痛い。
新年の祝賀会の時も、王太子殿下の結婚式の時も、ニアミスしていながらきちんとご挨拶出来ていなかったのだ。
「ご挨拶もせずに失礼いたしました」
声が震えたけど、許して欲しい。
大公アルドレット様にも改めて向き直り、カーテシーをする。
「大公、私の婚約者のフプリーです」
ダリウス殿下の言葉に続き、名乗る。
「カルマン伯爵家のフプリーでございます」
そろそろ70になるはずの元大将軍は、大柄な身体を折り曲げてフプリーを覗き込んだ。
「ダリウスに負けるなよ?」
え?
予想外の言葉に、どう反応して良いかわからない。
「アルドレット様、変な謎かけはやめてください?ほら、固まっちゃったじゃないですか」
ナタリー王女が大公の脇を拳で殴る。
アルドレット様は好々爺のような笑い声をあげた。
「最近ナタリーが大人になってしまってつまらんのだよ」
「何言ってるんですか、遊ぶならセドリックで遊んでくださいよ!」
「カテリーナとテレサに止められるのだ」
セドリック様はアルドレット様のお孫さん、カテリーナ様はアルドレット様の奥様で、テレサ様はお嬢様だそう。
ダリウス様の流れるような解説は本当に助かる。
「フプリーさん、ダリウスの相手は大変でしょう?引き受けてもらえて助かるわ」
ナタリー王女がそうおっしゃってくださる。
フプリーはその言葉に、心の底からホッとした思いだった。
フプリーは盾役だけれども、側から見たら婚約者だ。
しかも、政略も何も無い。
ダリウス殿下が突然連れてきて、突然婚約だと言い出したのだ。
政略のために仲良くされていた元婚約者様との仲を解消され、6つも年下の異国の少年との婚約を決められてしまったナタリー王女が、フプリーの存在をどう感じるか。
フプリーは怖かったのだ。
ナタリー王女がフプリーの耳元に口を寄せて、イタズラっぽく囁いた。
「逃げそびれちゃったわね!頑張って!」
…え。もしかして、バレてたの?
収穫祭というのは、皆様ご機嫌なようだ。
そもそも魔法陣で護られているディバレイド王国の事、大きな災害はなく、穏やかな気候な分、予定通りの収穫を得ている。
労働の成果が、正しく実りとして手に入るので、この国は穏やかに富んでいるのだろう。
陛下に収穫を報告する領主たちは皆誇らしげであったし、陛下に感謝を伝える、陛下にお会いできるだけで、魔力持ち達、つまり魔法使いたちは幸せを感じるようだ。
歌劇に出てくるような権力争いのようなものは、この国には無いのだろうか?
フプリーは不思議に思う。
いや、別に争いなんてない方が良いに決まっているのだけど。
学校の中でダリウス殿下やフォーリア様と親しくしていたフプリー達をやっかんだりする人たちが一定数居たのに、それは子供特有の何かなのだろうか。
今度のダンスは、多少はまともにステップを踏めた、と信じたい。相変わらず素晴らしいドレスのおかげでフプリーのステップミスはバレていない、きっと。
…殿下にはバレたけど。
夜会が終われば、卒業生は本当に皆んなバラバラだ。
フォーリア様がゼネスト様に話しかけられて笑っている。
イエン様とイーリス様のダンスはそれはそれは見事で、皆様から歓声が上がるほどだ。
王太子夫妻のダンスも素晴らしく、促されてホールに出た両陛下は仲睦まじい姿を見せてくださる。
ダンスを踊る貴族達の中を探せば、レベッカらしき姿と、これは間違えようのない、ローザとロイド様の姿も見えた。
黄色いドレスの令嬢はカーレっぽいな、と目で追っていたら、本当にそうだったみたいでこちらに手を振ってくれる。
ネリーは…ふと、探しかけて、我にかえる。
お父様とお母様の姿が遠くに見えて、フプリーも小さく手を振った。
ダリウス殿下が言っていた通り、夜会にはたくさんのご馳走が用意されていたが、フプリー達は貴族達からの目まぐるしいご挨拶に対応していて、全く近づく事さえできなかった。
時間が経つと皆が酒に酔い始め、踊る人もまばらとなる。
魔法による空調でホールは決して暑くも寒くもなかったが、人が多くいることによる熱気は消しようもない。
挨拶も途絶え始めたので、フプリーはダリウス殿下に促されて、外の空気を吸うためにテラスに出た。
新年の祝賀会の時と同じテラス。
けれど収穫祭に参加されるのは領主たちが主なので、新年の時ほどの灯りは見えなかった。
テラスには椅子が用意されていて、ダリウス殿下はフプリーをそこまでエスコートする。
ここで、殿下に「盾」を頂いた。
ぼんやり考えていると、殿下に呼ばれる。
「魔力をもらうぞ」
え、断言?
固まった一瞬で、殿下に口づけられた。
重ねた唇から、魔力が入り、こちらの魔力も引き出される。
腕輪の時とは違って、これはおそらく殿下が魔力量を調整しているのだろう。
唇を離した殿下が、フプリーの瞳を覗き込んでくる。
宝石の様な、青紫の殿下の瞳。
フプリーは恥ずかしくなって、真っ赤になったと思う。
「嫌か?」
不安そうに尋ねられる。
胸が、ぎゅっと締め付けられた様になって、心臓が…壊れそう。
…さっきの断言した殿下はどこにいってしまわれたのか。
「…嫌ではありません」
真っ赤なフプリーが応えると、殿下は手を伸ばして、フプリーを抱きしめた。
「急がない。だけど、お前がいい」
耳元で、震えた声。
フプリーは殿下の背に手を添える。
なんだろう、指先にまで心臓があるみたい。
殿下の体温は温かく、心地よい。
体の緊張が、解けて行く様な気がした。
ああ、
フプリーは気がつく。
この人がこの背に背負うものが、フプリーは怖かったのだ。




