ネリー
あれは、どう言う意味だったのだろう?
え?婚姻の申込みではなかった、よね?
私、結婚しないかもって言ったし。
あ、かもって言ったから?
ん?いやいや、私が殿下と結婚するわけがない。
ぐるぐると思考が回って、非常に疲れている。
王太子夫妻の結婚式の翌日も祝日となって学校の授業はお休みだった。
フプリーはカーレとネリーに祝祭の街に遊びに行こう、と誘われたけれど、疲れ果てていたので遠慮する。
フォーリア様はこのままゼネスト様の帰 国に合わせてレクトゼイルに向かうようだ。ダリウス殿下も、一緒だろう。
翌日、授業が始まる前にイーリス様が私を訪ねてくれた。
手渡された箱の中に腕輪。
めっちゃ高品質な魔石が付いてて、全部に殿下の魔力が…
「ダリウス殿下から、謎の伝言です。盾の補強?って、なんですか?」
「…私にもよくわからないです」
その日の夕方。
寮に戻り、フプリーは固まる。
ドアの魔法陣に、魔力の跡。
一緒に戻ってきたレベッカが寮監の先生を呼びに行く。
この魔力、見たことがあるよ。
やっぱり、ネリーだったんだ。
ネリーが、教師達に呼ばれて行った。
フプリーがネリーの名前を出したわけではなく、教師達が扉の魔法陣を確認して、ネリーの魔力であると確信したようだ。
事情を知らないカーレが不安そうにしている。レベッカと共にカーレ達の部屋に行き、フプリーの部屋にネリーが入ろうとしたようだ、とだけ説明した。
カーレはひどく驚いていたが、しばらく黙って、話すべきか迷うように、言葉を選ぶように、慎重に話し始める。
「たぶん、これは憶測なのだけれど」
昨日、フプリーに会った時に、ダリウス殿下の魔力がフプリーにあるって言ってた。殿下はネリーの推しでしょう?それが面白くなかったんじゃないかしら?
カーレの憶測は、本当にそのままだった。
ネリーはフプリーがダリウス殿下と近しくなっていくのを見ながら、なにも言わなかった。
でも、騎士の訓練場で、フプリーがヒュードル様を見てカッコいい!と言ってたのを聞いて、フプリーはヒュードル様が好きなんだと思っていたのだそう。
それが、ヒュードル様が卒業しても全くその話が出ないし、どうなっているのか気になって仕方がなかった。
そのうちに、フプリーが魔力が見えないと言っていたのを思い出す。
魔力が見えないのであれば、部屋に入ってもわからないのではないか、部屋に入ればヒュードル様からの手紙だとか、フプリーが書いた日記だとかがあるかもしれない。
けれど、そんなものはなかった。
あったのは、スケッチブック。
開いてみれば、肖像画とメモ。
魔力に関する記載を見て、そこにディプソーと婚約したローザの名前を見つけた。
男爵家とは言え大家のディプソーがローザを選んだことは、低位貴族の間で妬みを買っていた。
ローザの部屋にも入ろう、と思ったが、この記述に間違いがないか、ちょっと確かめたくなった。
隣の部屋のレベッカについて、気配だけしかわからないと書いてあったのをみて、試しに入ってみたのだそう。
それから数日しても、二人ともなにも言わないので気付かれていないと確信して、別の日にローザの部屋に入った。
そこで、ディーン様の手紙を見つける。
ネリーはディーン様とも面識がある。他ならぬ、ローザの茶会であっているのだ。物腰の柔らかいディーン様はネリーにも好印象だったようだ。
そのディーン様から、フプリー宛の恋文。
その場で読むには長文だったためにネリーはそれを持ち帰ることにした。
と言うのも、ディプソーからの手紙で「捨てても良い」と書かれていたから、なくなっても探さないと思ったのだそう。
手紙を読んで、ネリーは腹が立ったと言う。
ディーン様がフプリーに思いを寄せているのにも嫉妬したし、フプリー側もディーン様へ思いがあるような文脈もある。
それなのに、昨日、フプリーは殿下の魔力を纏っていたのだ。
ネリーは考えた。
ディーン様の手紙をフプリーの部屋に置いたら。
フプリーがこの手紙を読んだら、どうなるのか。
説明をしてくださっていたのは、マナー講師のキャンベル先生だった。
キャンベル先生は、その、ディーン様の手紙だと言う封書を机に置いた。
「手紙を読んでも、なにも変わらないです」
フプリーは手紙を手に取ることはせず、きっぱりと言い切る。
「そう。こちらは?どうしますか?」
「お手数ですが、処分していただけますか?」
「…わかりました。こちらでお預かりして、責任を持って処分いたしましょう」
「ありがとうございます」
ネリーに視線を向ける。
ネリーは、蒼白で、細かく震えている。
「残念だけれど」
フプリーは声を掛ける。
「殿下はいらっしゃらない。レクトゼイルには、今日発たれた様よ」
ネリーの怯えた瞳がこちらを見る。
「罵倒して…もらえないわね」
閉じたネリーの目から、ぼたぼたと涙が落ちた。
覚えてるよね、もちろん。
私は、覚えてたよ。
「カルマン伯爵家フプリー嬢。あなたはこちらの、ミルボン男爵家のネリーによって個人の部屋に入られ、あなたの心的安寧を乱されました。あなたはミルボン男爵家に賠償を求めることができます。いかがなさいますか」
キャンベル先生の後ろに立っていた、魔法騎士の制服をした女性が発言する。
メートル子爵家令嬢とライカ子爵家令嬢にも同じ様に賠償を求めるか、尋ねるのだそう。
また、それとは別に、魔法学校からもミルボン男爵家へ抗議と賠償を求めた上に、ネリーは退学になるのだとか。
震えるネリーの肩が視界に入る。
「今回の3人の中で、貴女が一番、傷つけられたでしょう。物理的な被害はなくとも、その権利は充分にあります」
キャンベル先生の声が、遠くに聞こえる。
私は、どうしたいのだろう。
友だちだと、思っていたのに。
ディーン様のことやダリウス殿下のことよりも、それが一番。
フプリーはネリーを見る。
「私、あなたは貴族らしい情報通で、きっと王宮で侍女をするとか、フォーリア様に雇われるとか、現実的に未来を描ける人だと思っていた。子どもな私も、きっとあなたと同じ様に、侍女になるんだと思っていたのよ。今は、侍女にはならない未来を、私は描いているけれど」
そう言えば、ネリーに魔法陣の研究について話したことはない。
私の言う未来を、彼女はどの様に捉えるのだろう。
「私は賠償を求めません。けれど、ネリーがどう思おうと、私は…ダリウス殿下との距離を変えない。ネリーを気遣うつもりもありません。私は今後も殿下の魔力を纏うでしょう。理由をネリーに話すつもりもないし、ネリーの納得する様などんな結論にも、たぶん至らない」
「カルマン伯爵家フプリー嬢は賠償を求めない。了解いたしました。では、こちらにサインを」
魔法を纏った、おそらく魔道具だと思われるペンで、書類にサインする。
「お疲れ様でした。お手数なのだけれど、ローザ嬢を、呼んで貰えるかしら?
食堂で待っているはずよ」
寮監の先生に頷いて、フプリーは部屋を出た。
最後に見たネリーは、膝の上に握りしめた手をじっと見つめていた。




