内省
王都にいても、私にはカルマンがあって、いつでも帰れると信じていた。
他領に嫁いでも、それこそヒュードル様とノルド辺境伯領に行ったとしても、私はカルマン領に帰る…いや、遊びに行くことは出来るだろう。
けれど。
ディーン様と外国に出てしまったら?
私は、ディーン様について行けるの?
そうだ。私は結婚したら、カルマンのフプリーじゃなくなる。
ディーン様の奥さん?
それとも、メルト様の?
ヒュードル様の隣に立つの?
お兄様の隣に立つエネット様の姿が脳裏に浮かぶ。
魔力を分け合う、夫婦。
「触られて、嫌じゃないのはどいつだ?」
ダリウス殿下の言葉が蘇る。
触られて、嫌じゃない。
少なくとも、ディーン様にはエスコートもしていただいたし、それに…
右手の甲にいただいた口付けと、魔力。
あの、柔らかで真綿のような…
キュッと、胸の奥が締め付けられる。
そしてふと、
殿下の魔力も思い出される。
王家の、黄金の魔力。
艶やかで、まっすぐな、クリアな。
王家の魔力、という衝撃が先に立ったが、殿下の魔力は真っ直ぐな黄金だ。
あー。なんだろう。意味もなく、ダリウス殿下に会いたくなってきた。
私はまた、発熱した。
なんだろう。頭を使うのがダメなのかな。
背丈だけでなく、頭の中まで子どもみたいで嫌になる。
寝込んでいたら、お姉さまが枕元で詠唱してくれていて、それは癒しの魔法だったのかな。ガンガンと痛む頭がスッと軽くなったようだった。
「なにも無理に選ぶ必要はないのよ。噂だって、実害がなければ放っておいていいの。結婚なんてせずに、ずっとここに居ていけないことなんて、何もないでしょう?」
お姉様の声は心地よくて好き。
いつまでも聞いていられる。
もしかして、声にも魔力を乗せたり出来るのかしら。
「学生のうちは、ダリウス殿下にでも、フォーリア公女にでも、結果的には守ってもらえる。もし、貴女が卒業した後になにかあれば、お父様もお兄様も私も、全力で貴女を守るから。そんなの、言わなくたってわかるでしょう?」
だから、心配しないで良いのよ。
お姉様は私の額に手を当てて、満足そうに頷くと迎えにきたジオーヌ様と共に王都に帰っていった。
結婚、しなくてもいいの?
え、でも…
机の上の封書。
お返事を、しなければならない。
え、私、お断りするの?
…ディーン様も?
あ。
フプリーは気がつく。
いつのまにか、ディーン様のお話を受けるか、受けないかになってる。
そんな、と思って、改めてヒュードル様とメルト様のお手紙を手に取る。
送っていただいた思いに、フプリーは舞い上がるほどに嬉しかった。
今だって嬉しい。
嬉しいのに。
間違いなく言えるのは。
ヒュードル様もメルト様も。
ただ一人だけからの婚約の打診だったら、お受けしたかもしれない。
メルト様のお手紙だけが届いたら、きっと私はメルト様の手を取ったろう。
ヒュードル様からだけ、お手紙が届いたとしても。
戸惑いながらも改めてお会いして、すぐにお受けできなくとも、ヒュードル様を理解する努力をしたに違いない。
触られて、どうか。
それは、わからない。
触れられた事はないし、触れたこともない。
お二人の魔力は、見る限りは好ましいけれど。
では、ディーン様からのお手紙だけが届いたら?
触れられて嫌悪感はないし、少しだけ触れた魔力も嫌ではない。
これは、答えではないのか。
それでも。
踏み切れない。
私は、ディーン様が好き。
間違いなく、好きなのに。
両思いじゃないの、と、大騒ぎしたローザとロイド様のご縁。
ローザの覚悟は強い。
大家を避けていたはずのローザ。
貿易商のディプソーは間違いなく、ディバレイド王国の外へも出る。
そこにローザがついていくかはわからないけれど。
ロイド様の帰りを待つのか、共に魔法陣の外を行くのか。
どちらにしても、ローザは覚悟を決めている。
それほどに、ロイド様を思って、求めているのだろう。
ローザの思いは強く、迷いがない。
それが、羨ましい。
覚悟が私にはない。
ディーン様と共に歩む未来。
どうして。
ディーン様は外交官になるのだろう?
王宮にはさまざまな職業があるのに、何故外に出てゆく仕事を選ぶのだろう?
そんなことを考えはじめて、フプリーは息を呑む。
ディーン様が、私の思い通りにならないから?
そんな自分勝手な思い。
勝手すぎる恋が、結婚にブレーキをかけているのか。




