3通の手紙
長いです、私的には。
自室にかえり、フプリーは封書を机に並べる。
一番に開けたい衝動に駆られるのは、ディーン様のお手紙。
だけど、何故だろう。
…怖い。
覚悟がないままに、それこそ殿下が言うように、「絡め取られて」しまいそうな気がするのだ。
絡め取って欲しい気持ちもある。
あるのだけれど。
フプリーはジルベル伯爵からの封書を少し遠ざけた。
手前にある、2通。
メルト様はきっと、あのままだ。
想像できる内容と、大きく乖離することはないだろう。
不思議なのは、ヒュードル様。
ほとんどお話ししていないのだ。
お茶会が面倒になって縁談の話を断り続けていた筈なのに?
フプリーは先ず、ノルド辺境伯の封書を手に取った。
先ずは、辺境伯からお父様に宛てた婚約打診の文書。
*
カルマン伯爵ご令嬢フプリー様へ
ノルド辺境伯次男ヒュードルより
婚姻の申し入れをいたしたい。
セヴァリウス陛下の陣の元に、若き夫婦が生まれることを切に願う。
*
これは、定型文があるのだろうか。
とてもシンプルで、わかりやすい申し入れであり、お相手がヒュードル様であること、間違い無く私に向けた申し入れであることがわかる。
そして、私宛のヒュードル様のお手紙は封蝋が施されたままだ。
フプリーは蝋を割り、手紙を開く。
*
カルマン伯爵令嬢フプリー様
*
これはヒュードル様の直筆なのだろう。
特別に上手な文字ということはないが、変な癖もなく読みやすい。
*
貴女に噂があることは知っている。
けれど、共に出かけた時に、噂が噂に過ぎないことを知った。
貴女は王子にも公子にも公女にも媚びることもなく、素直に話をされていた。
公女に手間をかけさせたことを詫びながらも、朗らかに周囲を気遣い、メートル子爵令嬢の努力を賞賛した。
貴女が乗馬を苦手とするならば、私が御者を務めよう。
貴女の側にあることを許されたいと、柄にもなく思ってしまった。
王子にも公子にもかないはしないが、私は貴女を大切にすると誓う。
私には辺境を守るという使命がある。
許されるならば、貴女を、私の故郷へ連れて行きたい。
私と夫婦になってはもらえないだろうか。
ノルド辺境伯次男ヒュードル
**
…え?
「…ちょ、ちょっと、待って?」
部屋には誰もいない。いないけれど、声に出てしまう。
ものすごく、心臓がうるさい。
「え?あの、寡黙なヒュードル様がこれを書いたの???」
嘘だぁ。
いや、嘘じゃない、嘘なんてつくような方ではない。わかってる!
わかっているのだけど!!!!
とりあえず、
…お茶をもらってこよう。
お茶をいただいて少し気持ちを落ち着かせて。
もう一度ヒュードル様のお手紙を読み返そうかと思ったが、思いとどまって、ガレ伯爵からの封書を手に取る。
現在のガレ伯爵は、アマリオ先生の息子さんだ。
*
カルマン伯爵家ご令嬢フプリー様へ
ガレ伯爵家嫡男メルトより
婚姻の申込みをいたします。
王国の魔法陣の上に、新たなる夫婦が生まれますように。
*
あ。
忘れていた。
メルト様は後継であられた。
添えられた手紙の封蝋を割る。
*
カルマン伯爵家ご令嬢フプリー様
*
便箋の上の文字は、メルト様のキャラクターそのもののような気がして、フプリーは口元が緩んでしまう。
*
フプリー、いつも私の話を聞いてくれてありがとう。
いつも夢中になって喋ってしまって、我にかえって後悔するのだけれど、貴女はいつだってニコニコと笑って私の話を聞 いていてくれる。
それは苦痛ではないだろうか?
私は、伯爵家の嫡子だけれど、おそらく魔石の研究室に入るだろう。
貴女も知っている通り、僕は夢中になると周りを忘れてしまうから、家に帰るのも忘れてしまうかもしれない。
*
あ、僕になった。
フプリーはちょっと笑っちゃう。
*
自分でもわかっているから、本当は結婚なんて考えてもいなかった。
僕には弟が居るし、弟にも領地を守るだけの魔力がある。
僕も、僕の両親も、そして弟も、僕が結婚を自ら望むことになるとは思わなかったのだけれど。
僕はフプリーと結婚したいと思った。
貴女がお家に居てくれて、笑っていてくれたらとても嬉しいと思ったんだ。
ガレ伯爵家には大きくはないけれど領地があって、本来後継である私はいずれガレの領主となる。
もしも貴女と結婚できるなら。
僕は領地に研究室を用意できたらと思う。
研究はどこででもできる。
少しでも貴女の側にいられたら嬉しいと思う。
だけど、無理はしないで欲しい。
僕はきっと、また周りが見えなくなって、貴女を待たせてしまうと思う。
きっと、僕は自分を変えることは出来ないから。
それでも、僕は、結婚をするなら貴女がいい。
そして、もしも貴女がこの婚姻を断ったとしても。
どうか僕と友人でいてくれると嬉しい。
ガレ伯爵家嫡子メルト
**
…。
フプリーは目を閉じて、深呼吸する。
もてあそぶ、だとか、手玉に取る、だとかいう言葉が頭をよぎった。
私は今、もしかして。
この、御三方を弄んでいるのだろうか。
「あー、もう、なんだろう」
誰もいない部屋の中で、言い訳するように一人で喋る。
涙が出る…
フプリーは鼻を啜りながら机にうつ伏せる。
指先に、ジルベル伯爵家からの封書が当たる。
あー、まだ、終わらないんだ。
心の準備。
もうちょっとだけ、必要。
どのくらい時間が経ったろう。
最後の封書を手に取った。
*
カルマン伯爵家ご令嬢フプリー様へ
ジルベル伯爵家次男ディーンより
婚姻を申込みます。
ディバレイドの魔法陣の上に、新たなる夫婦が生まれますことを祈ります。
*
添えられた手紙を手に、深呼吸。
それから、封蝋を割る。
*
カルマン伯爵家の大切なご令嬢、フプリー様
*
ディーン様の文字…
それは外交官を目指すものだからだろうか。
とても美しい、手本のように整った文字だ。
*
年越しでカルマン領にお邪魔した際にはおもてなしをいただきありがとうございました。
セナー様にお声がけいただいた時には、まさかこのような出会いが待っているとは思いもしませんでした。
お招きいただいたうちの一人が私であった幸運に、心から感謝いたします。
私は兼ねてから外交を仕事にすることを望んでおり、そのために国立へ進みました。
外交官の職種柄、家庭を持てない可能性を覚悟してもおりましたから、さまざまなお話をいただくことがあっても、正直に申し上げて、真剣に向きあうことはありませんでした。
カルマン領で過ごす間に、フプリー様に縁談がないことを知りました。それはご家族が貴女を外に出すおつもりがないからでしょう。それでも私は、それを知った時に嬉しく思ったのです。
貴女に、婚姻を約束したお相手がないという二つ目の幸運にも感謝いたしました。
貴女はまだ、誰にも見つかっていない。
それならば、見つけた私にチャンスがあるのではないかと。
早くしなければと、心が急いておりました。
お別れの時に、勝手なことをいたしましたことを、心よりお詫び申し上げます。
それが貴女に不快をもたらさなかったかと、気が気ではありません。
私は貴女に焦がれている。
外交の仕事を、手放すつもりもないのに、私のわがままは、許されるでしょうか。
カルマン領に居て、貴女の世界が優しさに満ちていることを私は知っています。
貴女の幸せが、そこにあることを知っていても、私は貴女を連れ去りたい。
魔法陣で守られたこの国を出る。
魔法使いには恐ろしいことのように思われるでしょう。
ディバレイドのために国を行き来する未来を、魔法陣の向こう側へも行く未来を、私と共に歩んでいただけないだろうか。
私は、貴女と歩みたいと思うのです。
ジルベル伯爵家次男 ディーン
「…ディーン様…」
声が、震える。
そう、私も知っている。
私の幸せが、カルマンにあることを。




