宿題と課題
いつもより、ちょっと長い
結局、お茶会の間中ダリウス殿下とフォーリア様に囲まれていたので、ディーン様とお話しできたのは魔法陣のあの時だけだ。
カルマン領で過ごした時のお話もお礼も出来なかったし、ロイド様とローザ様のこともちょっと話してみたかったのだけど、それも叶わず。
だけれど、やっぱりディーン様にはドキドキしちゃう、というのを再確認できた。
再確認できたけれど。
コレがきっと、恋なんだろうな。
私が望んでいた、恋。
胸が、ぎゅーーーって、なるし。
会いたいという気持ちが、頭を占めている。
じゃあ、秀才ダニエル先輩や、メルト様は?
嫌いじゃない。そばにいて、居心地が悪いとか思わない。
お二人のどちらかと結婚が決まっても、「よろしくお願いします」と思うし、それで構わないと思う。
ヒュードル様とはちゃんとお話しできていないから、結婚が決まったとなったら、ちょっと構えるかも。
じゃあ、じゃあ!
ディーン様と結婚となったら?
胸がギュッとなる。どうしよう、結婚となったら。ついて行けるの、私?迷惑にならない?
春休みの直前にぐるぐる考えて、発熱した。
どうにか熱が下がって、種苗祭のために領地に戻る準備をして、学校に顔を出したら、ダリウス殿下に会った。
ぐるぐる考えても答えが出ないこのぐるぐるを、私はダリウス殿下にそのまま話した。
あんまり、人に聞かれたくなかったけど、なんだかんだと経緯を知っている殿下になら話して良いような気がしたのだ。
そうしたら、ダリウス殿下は少し考えてから言った。
「触られて、嫌じゃないのはどいつだ?」
触られて?
考え込むと、ダリウス殿下はフプリーの頭をポンポンと叩いて
「宿題な」
と言って立ち去った。
そうして、ダリウス殿下からの宿題を抱えて、春休みに入った。
春の領地は皆さんが生き生きとしていて、フプリーは毎年とても朗らかな気分になる。
家族が揃うのも、半年ぶりだ。
今年はそこにエネット様が加わる。
フプリーが帰郷した翌日に、兄夫妻が帰って来たのだが、兄達の馬車を見つけた領民の皆様からの祝福が凄かった。
ウルマ侯爵令嬢が、伯爵家に嫁入りする。
ウルマ侯爵家と言ったら、魔術師をたくさん輩出している名家なのだ、と、むしろ領民の皆様の方が、フプリーよりも事情に詳しい。
祝福満載のお出迎えに、エネット様は涙ぐむほどに感動されていた。
領民の皆様のとてもウェルカムな雰囲気がフプリーはとても誇らしい。
種苗祭は皆様お忙しくされているのでお茶会を開くことも招かれることも無いけれど、収穫祭の後に是非皆様とお茶して欲しい。
侯爵家のご令嬢だけれど、きっとエネット様は喜んで誘われてくれるはずだ。
種苗祭は畑に種を蒔き、新しく魔法陣を置き換える。
畑に魔法陣を敷けるのは魔力を持つ貴族の仕事だ。
カルマンの領主は各々の畑をまわり、豊作を願う魔法陣に魔力を乗せてゆく。
ディバレイド王国全土を覆う王家の魔法陣とは別に、祝福に似た効果のある、領主の魔法陣が土地に作用することになる。
領主にはこの勤めがあるため、特に領地を持つ爵位家の後継はより多くの魔力を持つ者が指名されるのだ。
今年の種苗祭は次期領主の披露目もあって、お兄様の魔力を乗せる。
領主の交代はまだ先だが、これによって確実に次期領主と確定するのだそう。
父の挨拶と兄の魔力付与。
1週間ほどかけて全ての畑を回ったあと、最後に領主館の畑に魔法陣を敷き、お兄様が魔力を付与する。
魔力の量は人によって違うが、流石のお兄様もお疲れのようだ。隣に立つエネット様がお兄様に寄り添う時に、ふわりと魔力を動かしてお兄様に分け与えているようだった。
…夫婦は魔力も分け合うのね。
そういえばお母様も、種苗祭の時には必ずお父様の隣に寄り添っていた。
儀式が終わった翌日。
お父様に呼ばれて執務室に入ると、そこにはお母様もいた。
あ。あの話よね。
フプリーは、まだ何も考えられていない。
殿下の宿題も、忙しさの中で宙に浮いたままだ。
ソファに腰掛けるように言われたフプリーの前に、3通の封書。
3通…
お父様が、フプリーの心を汲み取ろうとするように、まっすぐにこちらをみている。
「婚姻の申込が来ている。今年に入って、3件。家名に心当たりはあるな?」
促されて、封書を手に取る。
ジルベル伯爵家。
ガレ伯爵家。
…え?
ノルド辺境伯家からも?
お父様を見る。
「ジルベル伯爵家のディーン殿は年越しをこちらで過ごしたことは聞いている。ディプソーの後継も一緒だったと」
「…はい。メルト様は学校でお話をすることがあります。アマリオ先生のお孫さんです」
父ももちろん魔法学校に通っているから、重鎮のアマリオ先生を知っている。
「ヒュードル様は、一度友人たちと遠乗りに出た時にお話をしました」
遠乗り?
フプリーが馬に乗れないことを知っているお父様が怪訝な顔をする。
「私はフォーリア様に相乗りしていただいてついていったのです。ロイド様と…ディプソーのご子息と婚約したメートル子爵家のローザが乗馬を練習していたのです」
「フォーリア様は、ブリアの公女様か?」
はい、と応えると、お父様は難しい顔をされる。
「…噂がある」
…え?
「カルマンの子女が王子と公子を手玉に取っている」
「…はあ?!!!!」
「フプリーに上位貴族との結婚願望などないことは知っていたから、マーリエの話かと驚いたのだが、」
お父様はため息と共に、ソファに背もたれた。
「…アレはまぁ、オーバルの倅と仲良くやっているようだし、家名がどこかですげ変わったのかと思っていたのだが」
「本当のところは、どうなの?ご一緒したりすることもあるの?」
父が話している時にはいつも黙っている母が、ちょっとキラッとした表情で口をはさむ。
お母様、歌劇じゃないので、そんなに面白くはないです。
「フォーリア様と、モード家のミーレイ様と仲良くさせていただいていて。お茶会に出る時などは、ダリウス殿下に助けていただいたり…ああ、遠乗りの際にはイエン様もいらっしゃいました」
「共に行動させていただく機会は、間違いなくあったということか」
ダリウス様は畏れ多いけれど、誤解を恐れずに言えばお友だちだし、イエン様は「フォーリア様のお兄様」と思っている。誤解を招くような事はしていない筈、なのだけれど。
目を閉じて、何事か考えていた様子の父は、起き上がって、封書を示す。
「まぁ、実際に婚姻の打診があったのは、殿下でも公子でもない」
それはもちろんそうだ。
「私としては、フプリーは結婚を考えていないものだと思っていたが、そうでは無かったか」
「私は王宮で働きたかったのです。そこで良い方に巡り会えれば、結婚しても良いかな、と思う程度で」
「働きたかった?今は違うのか?」
今は、どうだろう?
憧れていた恋をした。
お相手は、「良い方」ではない?
「この中に、お前の言う、良い方は居るのか?」
真っ直ぐな疑問。
その答えを…私が知りたい。
「…わかりません」
横で息を詰めていた母が、はあっ!っと深呼吸する。
「そう言う事なら、結婚はしなくて良いのではなくて?」
…そうなのだけれど。
「いずれにせよ、そろそろ返事をせねばならない。ご本人からの手紙も添えられているから、読んで、よく考えてみなさい」
フプリーは手の中の封書を胸に抱きしめた。




