衝突
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
「……あれは、ブラッドムーンウルフだ」
アウエルは信じられないものを見るように呟いた。
誰も動かなかった。
ただ、息を潜めてその場に立ち尽くす。
狼は静かにそこに佇み、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、じっと彼らを見据えていた。
リカは腰を落とし、構えを固める。
その横でアウエルはエリンへ視線を向けた。
まだ気づいていない。
――次の瞬間。
狼が動いた。
一瞬で地を蹴り、鋭い爪が空気を切り裂く。
リカは即座に横へ跳んでかわした。
同時に、アウエルは川辺へ向かって駆け出す。
「エリン!」
その声に振り返ったエリンは、狼の姿を見て息を呑んだ。
「俺の後ろに下がれ!」
アウエルが鋭く叫ぶ。
エリンはすぐに彼の元へ駆け寄った。
狼は音もなく着地する。
その視線がリカからアウエルとエリンへ一瞬だけ移り、再びリカへ戻った。
アウエルの目が見開かれる。
「狙われてるのはお前だ! リカ、こっちへ!」
警告と同時に、狼が再び飛びかかる。
大きく開かれた顎が迫る。
リカは咄嗟に身体を捻ってそれをかわし、そのままアウエルの方へ後退した。
「で、どうする?」
リカが問う。
「逃げる」
アウエルは即答した。
「そして、俺の言う通りに動け」
「……は?」
狼が再び突進する。
アウエルはポケットから何かを取り出し、前方へ投げた。
「目を閉じろ!」
空中でそれが砕ける。
次の瞬間――
閃光が炸裂した。
狼が低く唸り、よろめく。
「今だ、走れ!」
アウエルはエリンとリカを引っ張り、森の奥へ駆け出した。
足元で枝が折れる。
呼吸が次第に荒くなる。
「あれ、何を投げたんだ?」
走りながらリカが訊く。
「インスタント魔法だ。あと二つある」
しばらく走った後、アウエルは停止の合図を出した。
三人は太い茂みの陰へ身を潜める。
アウエルは小瓶を取り出し、中身を全員に吹きかけた。
「おい、なんだこれ?」
リカが小声で訊く。
「油だ。匂いを消せる」
そして――静寂。
狼が現れた。
音もなく。
気配すらなく。
(滝の音がなくても……足音が聞こえない)
狼が空気を嗅ぐ。
一度。
二度。
やがて苛立つように低く唸り、踵を返して駆け去った。
「……助かった」
アウエルが小さく息を吐く。
だが、リカは眉をひそめた。
「……待て」
彼の視線が狼の向かった先を追う。
「村へ向かってる」
一歩踏み出す。
「止めないと」
だが、アウエルが腕を掴んだ。
「駄目だ」
「なんでだよ!?」
「迂回する。正面からは戦わない」
アウエルは強く言い切る。
「村へ知らせて、ブラックタートルを待つ」
「その前に村に着く!」
「分かってる。でも今戦えば、俺たちが死ぬかもしれない」
アウエルの声は冷静だった。
「それに、もう一つの班は相手がブラッドムーンウルフだと知らない。もしここで俺たちが全滅したら、あいつらも知らずに戦って死ぬ」
沈黙が落ちる。
「結局、村を守れなくなる。犠牲も出る」
リカは拳を握り締めた。
「……誰かが死んでもいいってのか?」
アウエルの服を掴む。
だがアウエルは静かに答えた。
「嫌だ。けど、お前にもっと良い案があるのか?」
リカは黙り込む。
そして次の瞬間、アウエルを突き飛ばした。
「ある」
低く言い放つ。
「俺があの狼を止める。お前は村へ行け」
迷いなく、狼の足跡を追って駆け出した。
「リカ、それは――」
エリンが止めようとする。
「大丈夫だ」
彼は遮る。
「約束したからな」
振り返る。
アウエルは何も言わない。
そのまま背を向け、歩き出した。
エリンは二人を見比べた末、アウエルの後を追う。
リカは森を駆けた。
微かに残る痕跡を追いながら。
(この油……厄介だな)
自分の腕を見る。
(このまま刀に火を纏わせたら、自分まで燃える)
「先に落とさないと……」
やがて耳に届く。
激しく流れる水音。
滝だ。
迷わずそちらへ駆ける。
だが、木々を抜けた瞬間――
狼はすでにそこにいた。
飛びかかる。
リカは辛うじて身を投げ出して回避した。
地面に激しく叩きつけられ、腕に痛みが走る。
「ちっ……!」
歯を食いしばりながら立ち上がる。
刀を握り直した。
(まだだ。今は火を使えない)
視線が川へ向く。
(洗い流すしかない)
駆け出す。
狼が即座に追う。
一瞬で距離を詰めてきた。
背後から爪が迫る。
リカは振り向きざまに刀を掲げた。
甲高い衝突音が響く。
衝撃で身体が押し飛ばされる。
そのまま川へ。
水しぶきが上がった。
間髪入れず、リカは全身を流れへ沈める。
油が洗い流される。
その瞬間を狙って、狼が再び飛びかかった。
リカは深く息を吸う。
――点火。
炎が刀身を駆け巡る。
まるで生き物のように揺らめく炎。
鋭く踏み込み、斬り上げた。
だが。
狼はそれをかわした。
「……何?」
リカの目が見開く。
避けただと?
「普通じゃない……」
低く呟く。
「お前、ただの獣じゃないな」
狼はゆっくりと円を描くように動く。
その瞳に炎が映る。
リカは刀を握り直した。
「いいさ……来い」
先に動いたのはリカだった。
胸を狙った鋭い突き。
狼は身を滑らせるようにかわす。
直後、爪が迫る。
リカはそれを弾き上げた。
一瞬の隙。
踏み込む。
突き。
――入った。
そのまま横薙ぎ。
炎の軌跡が狼の胸を裂いた。
焦げた肉の匂いが漂う。
リカはすぐに距離を取った。
狼がよろめく。
だが。
低く、怒りに満ちた唸り。
炎がなおその身を焼いている。
そして次の瞬間。
再び動いた。
速い。
速すぎる。
一直線に突っ込んでくる。
リカは受け止めようと身構えた。
だが、寸前で狼が止まる。
「……っ!?」
身体を捻る。
一回転。
次の瞬間――
轟音。
尾が叩きつけられた。
リカの視界が揺れる。
川の向こうまで吹き飛ばされた。
激しく地面へ叩きつけられる。
「がっ……!」
胸に激痛が走る。
しばらく動けない。
狼がゆっくりと近づいてくる。
一歩ずつ。
焦らず。
怯まず。
確実に仕留めるために。
リカは震える身体を無理やり起こした。
(くそ……考えてやがる)
その時だった。
「……狭い世界だね、リカ」
柔らかく、懐かしい声。
リカの動きが止まる。
ほんの一瞬。
そして――笑った。
「……ああ」
ゆっくり立ち上がる。
「思い出した」
刀を構える。
「まだ終わってない」
炎が再び刀身を包む。
「約束したんだ」
腰を落とし、狼を見据える。
「俺が、あの村を守る」
狼が身を低くした。
次の瞬間。
両者が同時に動く。
――だが。
何かが空へ放られる。
パキッ。
閃光が炸裂した。
「目を閉じろ!」
聞き覚えのある声が、森に響いた。




