エルフ王国 - 2
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
「それで、いつ出発するんですか?」とアウエルが尋ねた。
ギルドマスターは顎に手を当てた。
「順調に進めば、エルフの国までは二日ほどだ」
彼はブラックタートルの面々へ視線を向ける。
「だから、出発は明日のほうがいいだろう」
「今日は旅支度を整えておけ」
アウエルはグラムを見る。
グラムは小さく頷いた。
「分かりました」
「よし」
ギルドマスターは笑みを浮かべた。
「依頼の手続きはこちらで済ませておく。旅用の馬車も手配しておくから、今日はゆっくり休んでくれ」
全員が一礼し、部屋を後にした。
廊下へ出ると、グラムがアウエルへ声を掛ける。
「それで、お前たちは今日はどうする予定なんだ?」
「さあ」
アウエルは即答した。
そして目を細める。
「どうして俺たちを選んだ?」
「おいおい、そんな警戒するな」
グラムは苦笑した。
「俺が知ってる中じゃ、お前が一番頭が切れるからだ。それに、この依頼を成功させれば、お前も金級になれるかもしれないだろ?」
アウエルは何も答えず、そのまま酒場を歩き出した。
「……あいつ、どうしたんだ?」
グラムはリッカとエリンへ尋ねる。
「さあ」
リッカは肩をすくめた。
「あんなアウエルを見るのは初めてだ」
一行はそのまま酒場を出る。
「ところで、エルフの国にはどれくらい滞在することになるんだ?」
リッカが尋ねた。
「向こうの状況次第だな」
グラムは腕を組む。
「最低でも一週間……いや、それ以上になるかもしれない」
「うわ、長いな」
するとヘレンがエリンへ近付いた。
「ねぇ、エリンちゃん」
「は、はい?」
「一緒に魔道具でも買いに行かない?」
ヘレンは笑顔で言う。
「必要なら、お金も貸してあげるよ」
「い、いえ、大丈夫です。自分のお金がありますから」
「遠慮しなくていいって」
ヘレンは笑った。
「一週間以上向こうにいるかもしれないし、それに強い敵と戦うことになるかもしれないでしょ?」
「で、でも……」
ヘレンはエリンの手を掴むと、そのまま酒場の外へ走り出した。
「グラムー! 先に行くねー!」
返事を聞く前に、二人は姿を消してしまった。
グラムはため息をつく。
「悪いな」
「買い物って聞くと、いつもああなんだ」
「気にしないでください」
リッカの表情が少し曇る。
「なあ、エルフ王って何があったと思う?」
「英雄パーティーの一人なんだろ? そんな人が負ける相手なんているのか?」
「また悪夢だったりしてな」
アウエルは黙ったままだった。
「考えても仕方ない」
彼は静かに言う。
「向こうへ着いたら依頼主から話を聞けばいい」
そう言ってエリンの方を見る。
「それより巻物はどうだ? 解読は終わったか?」
「は、はい。全部訳せました」
「た、多分……一回だけなら使えます」
アウエルは少し黙り込む。
——だが、失敗する可能性もある。
シヒルの言葉が頭をよぎる。
あの巻物が本当にエリンを救える保証はない。
だが、依頼はもう受けてしまった。
アウエルはギルドマスターへ向き直る。
「では、明日出発ということで」
翌朝。
馬車はすでにエルフの国へ向けて出発していた。
それぞれのパーティーが別々の馬車へ乗り込み、北東へと進んでいく。
目的地は――エルフの森。
そう呼ばれてはいるものの、森全体をエルフが支配しているわけではない。
獣人の国。
トレントたちの集落。
小さな動物たちの王国。
様々な種族がこの広大な森で暮らしていた。
それでも、この森が『エルフの森』と呼ばれるのは、エルフ王が森全体の平和を守る存在だったからである。
しかし当の本人は、森全体を支配するつもりはなかった。
それぞれの種族が、それぞれの王国を築くことを認めていたのだ。
旅は順調だった。
日中は特に何事もなく進み、夜になると馬車を止めて野営をする。
焚き火が焚かれ、女性陣は先に眠りについた。
男たちは交代で見張りに立つ。
アウエルは焚き火の傍らに座り、闇を見つめていた。
「眠れないのか?」
グラムが隣へ腰を下ろす。
「ええ、いつものことです」
アウエルは即答した。
「ところで、一つ聞きたいことがあります」
「何だ?」
「どうして『ブラックタートル』なんて名前にしたんですか?」
グラムは小さく笑う。
「ちゃんと理由はある」
「もうずいぶん昔の話だ」
「このパーティーを作る前、俺には別の仲間がいた」
アウエルは静かに耳を傾ける。
「だが、ある事件で全員死んだ」
「生き残ったのは俺一人だけだった」
焚き火が静かに弾ける。
グラムは炎を見つめたまま続けた。
「その時は本当に落ち込んでな」
「もう二度と冒険者なんてやらないと思ってた」
「でも、立ち直った」
「そして新しい仲間を集めて、このパーティーを作ったんだ」
彼は苦笑する。
「最初は酷いもんだった」
「誰もが自分のことしか考えてなかった」
「敵を一番多く倒したい。そればっかりだった」
「もちろん俺も同じだ」
「昔の仲間を忘れられなかったからな」
「誰もあいつらの代わりにはなれないと思ってた」
「でも全部変わった」
「ブラックタートル討伐依頼を受けた時だ」
ブラックタートル。
全長三メートルを超える巨大な亀。
鋭い牙を並べた口。
蛇のような尾。
全身を覆う硬い甲羅と鱗。
冒険者の武器を砕くことで有名な魔物だった。
「どんな攻撃も通じなかった」
「三日戦っても傷一つ付けられない」
「回復薬も尽きた」
「武器も壊れた」
「そこでようやく気付いた」
「依頼に失敗しそうなのは、自分たちが勝手だったからだってな」
「連携も何もなく、自分のことしか考えてなかった」
「結局依頼は諦めて街へ戻った」
「人生初の依頼失敗だったよ」
「でも、それがきっかけだった」
「互いを理解し、長所も短所も知るようになった」
「そして金級になった時、パーティー名を付けることになってな」
「俺たちを変えてくれた依頼の名前をそのまま使った」
「ブラックタートル」
「単純だろ?」
「じゃあ、その二つ名は?」
アウエルが尋ねる。
「『黒鱗』です」
グラムは笑った。
「あれもブラックタートルからだ」
「奴の鱗は、本当に傷一つ付けられなかった」
「俺は昔から敵を細かく切り刻む戦い方だった」
「でも、あいつだけはほとんど斬れなかった」
「だから忘れないためだ」
「自分がどれだけ未熟だったかを」
二人はしばらく黙って焚き火を眺める。
やがてグラムが尋ねた。
「お前は?」
「金級になったら、どんな二つ名にする?」
「考えたこともありません」
「そうか?」
「有名になるのは嫌なんです」
「どうして?」
「有名なのは悪くないだろ?」
「俺は嫌です」
アウエルは肩をすくめた。
「あなたも階級章を隠してるじゃないですか」
「ああ、これか」
グラムは胸元の階級章を取り出す。
「まあ、確かにな」
「でも理由は違う」
彼は肩をすくめた。
「俺は冒険者の階級制度があまり好きじゃない」
「上の階級ほど偉い、そんな空気がある」
「高ランクはその立場を利用して、低ランクを見下す奴もいる」
「だから下の連中は、高ランクに助けを求めづらい」
「俺はそれが嫌なんだ」
「だから普段は隠してる」
「そうすれば気軽に話しかけてもらえるし、助けも求めてもらえる」
アウエルは何も言わなかった。
「さて」
グラムは立ち上がる。
「少し周囲を見てくる」
「お前も少しは寝ろ。明日の昼には着く予定だからな」
そう言って森の闇へ消えていった。
翌朝。
一行は再び馬車へ乗り込み、エルフの国を目指した。
だがエルフの森の入口へ着いたところで、馬車が止まる。
「どうしたんです?」
アウエルが御者へ尋ねる。
御者は頭をかいた。
「すみません。この先は行けないんです」
「え?」
リッカが首を傾げる。
「エルフの国から通達がありましてね。この先は馬車の立ち入り禁止なんです」
「つまり歩き?」
「そういうことです」
「最高だな……」
荷物を降ろし、一行は徒歩で森へ入る。
「で、どうやってエルフの国を探すの?」
ヘレンが尋ねた。
「さあな」
グラムは辺りを見回す。
「とりあえず暗くなる前に探そう」
「えぇ、本気?」
その時だった。
ガサッ――。
茂みが揺れる。
全員の空気が一変した。
「誰だ!」
グラムが叫ぶ。
武器が一斉に抜かれる。
周囲へ視線を巡らせた、その瞬間。
ヒュンッ!
森の奥から一本の矢が飛ぶ。
ギルが見事に弾き返した。
アシュリーも即座に矢を射返す。
放たれた矢は木々の奥へ消えていった。
「姿を見せろ!」
グラムが叫ぶ。
「何者だ!」
「それはこっちの台詞よ」
森の奥から女性の声が返ってきた。
茂みをかき分け、一人の若いエルフが姿を現す。
長い金髪をポニーテールにまとめた少女。
弓を構えたまま、一行を睨む。
「あなたたち、何者?」
鋭い視線が一人ずつを見回していく。
そして――
彼女の動きが止まった。
弓がゆっくりと下がる。
目が大きく見開かれた。
さっきまでの警戒心は跡形もなく消え去っていた。
「……そんな」
彼女の声が震える。
一歩、また一歩と前へ出る。
全員が怪訝そうに眉をひそめる。
少女の瞳が、ゆっくりと潤み始めた。
「どうして……あなたがここにいるの……?」




