眠い
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
「……それで、お兄ちゃんを見たのは、あれが最後でした」
エリンは静かに言った。
その声は震えていた。
「その日から……」彼女は俯く。「村のみんなは、何度も何度も神魔法を使えって私に言ってきたんです」
「それで、どうして冒険者になったんだ?」
アウエルが尋ねる。
「えっと……ある日、村が誰かに襲われて……その隙に逃げたんです」
「襲われた?」
アウエルは眉をひそめた。
「どんな連中だったか覚えているか?」
「お、覚えてません……」
アウエルの目が鋭くなる。
「村人は全員殺されたのか?」
「た、多分違います。次の日に見に行ったら、服とか武器だけが地面に落ちていて……」
「死体だけ消えていた、と?」
「は、はい……多分、神魔法のせいじゃないかと……」
*神魔法で天使を召喚し、一晩で村一つを消し飛ばすことができる……か。調べる価値はある。*
「ここで休んでいろ」
アウエルは立ち上がり、扉へ向かった。
「ど、どこへ行くんですか?」
「あのクソ野郎に聞きたいことがある」
彼は外へ出ると、後ろ手に扉を閉めた。
外ではシヒルが木柵にもたれかかり、いつもの癇に障る笑みを浮かべて待っていた。
「何か用?」
アウエルは眉を寄せる。
「神魔法って、どこまでできる?」
シヒルは首を傾げた。
「ん~……君の一日を台無しにできるくらい?」
アウエルは舌打ちする。
「死人を生き返らせることはできるのか?」
「できるよ」
あまりにもあっさりとした返事に、アウエルは固まった。
「だったら、勇者を蘇らせて世界を救わせればいいだろ」
シヒルはくすりと笑う。
「なんでそんなことしなきゃいけないの?」
声色は少しも変わらない。
アウエルの苛立ちはさらに増した。
「そもそも勇者を蘇らせる必要なんてないよ」
「今この世界が抱えてる問題は、全部人間が作ったものだから」
「腐敗、奴隷制度、戦争、強欲、人身売買、虐殺……全部、人間が原因」
「勇者が蘇ったとして、どうすると思う?」
「悪人を全員殺す?」
「そんなこと、できるわけないでしょ」
「つまり、お前は今の世界がどうなろうと構わないってことか」
「ん~……うん」
シヒルは笑った。
「人間がどうなろうと、僕にはどうでもいい」
アウエルの表情が険しくなる。
「お前の目的は何だ?」
シヒルは背筋を伸ばした。
「人間の限界を知りたい」
「正確には、人がどうやってより高位の存在へ至るのかをね」
「……バタラのことか?」
シヒルはにやりと笑う。
「そう。人間や下位種族が、どうすればバタラになれるのか知りたい」
「僕はガイアと接触したことでバタラになった」
「でも、それならガイアの直接的な介入なしに昇格する方法もあるんじゃないかって思ってね」
アウエルは黙ったまま聞いていた。
「だから最初は、人間に神魔法を教えてみた」
「もちろん、ただの人間には難しかったけど」
「やがて、とある集団が神魔法に興味を持ち、本格的に研究し始めた」
まるで天気の話でもするかのような口調だった。
「そして、ついに成功した」
「彼らは神魔法を使えるようになったんだ」
「でも、一番驚いたのは――」
「誰一人、死ななかったこと」
アウエルは目を見開く。
「どういう意味だ?」
「神魔法を使っても、身体に刻印が現れなかった」
「つまり、大量の魔力さえあれば普通に使えたってこと」
「そして、その集団は世界征服を始めた」
「従わない王国を次々と滅ぼしていった」
「そこで、その王国の一つが信仰していたバタラが怒ってね」
「世界そのものに法則を刻んだ」
『神魔法を自由に扱えるのはバタラのみ。それ以外の存在が使えば、刻印に蝕まれ、死に至る』
アウエルは眉をひそめる。
「待て。そんな世界の法則まで作れるのか?」
シヒルは笑った。
「ん~、僕には無理」
「だって、あの人は普通のバタラじゃないから」
「どういう意味だ?」
「ガイアに最初に選ばれた、最初のバタラなんだ」
「……バタラにも序列があるのか?」
「序列って言い方は好きじゃないけどね」
「ガイアと接触すると、その力の一部を授かる」
「接触を重ねるほど、より多くの力を得られる」
「つまり最初のバタラは、誰よりも何度もガイアと接触してきた」
「だから、あの人の力は僕には理解できないほど大きい」
*なんなんだ……こいつらは。*
「つまり、お前は神魔法を扱える人間を探していたのか?」
「そうだよ」
「それが今はエリンってわけか」
「せいか~い」
「でも、あの愚かな村人たちみたいなことはしない」
「彼女の限界はちゃんと分かってるから」
シヒルが指を鳴らす。
何もない空間から、二本の巻物が現れた。
「ほら、これ」
そう言ってアウエルへ投げ渡す。
アウエルは一本を開いた。
「これは?」
見たこともない文字で埋め尽くされている。
「エリン用」
「神魔法を使った時、刻印を一瞬で消すための術式だ」
「もしまた神魔法を使うことになったら、それで助けられる」
シヒルは肩をすくめる。
「まあ、失敗するかもしれないけど」
「……何だと?」
「刻印は僕が作ったものじゃないからね」
「消すのは結構難しい」
「チッ……」
アウエルはもう一本を持ち上げる。
「じゃあ、こっちは?」
「ああ、それは依頼達成証明」
「ちゃんと判子押しておいたよ」
「君たちは体調が戻ったら帰っていい」
「僕は別の場所へ行くから」
シヒルは草原へ向かって歩き始めた。
振り返ることなく、ひらひらと手を振る。
そして背の低い草むらへ足を踏み入れる。
草は大人一人を隠せるほど高くない。
それなのに、シヒルの姿は跡形もなく消えていた。
一人残されたアウエルは、小屋へ戻った。
戻る頃には、リッカも目を覚ましていた。
アウエルはエリンから聞いた過去と、シヒルとの会話を二人へ話した。
「クソッ!」
リッカは拳をテーブルへ叩きつける。
「あの野郎、本当に好き勝手しやがって!」
「俺たちにはどうにもできない」
アウエルは静かに言った。
「最初から依頼を断っていても、あいつなら別の方法で俺たちを巻き込んでいただろう」
「それにしても……」
リッカは歯を食いしばる。
「自分の好奇心のためだけに、エリンへあんな魔法を使わせようとしてるなんて……」
「じゃあ、どうする?」
アウエルが聞く。
「殺すか?」
リッカは悔しそうに唸る。
「くっ……!」
「え、えっと……」
エリンがおずおずと口を開く。
「アウエルさん、その巻物……見せてもらってもいいですか?」
「ああ」
アウエルは巻物を渡した。
「読めるか?」
エリンは文字をじっと見つめる。
「わ、分かりません……でも、ロランさんなら力になってくれるかも」
「ロラン?」
リッカは首を傾げた。
「でも、あいつって盲目じゃなかったか?」
「は、はい。でも、この文字の形を説明すれば、何か思い出してくれるかもしれません」
「今日行くか?」
アウエルが尋ねる。
「は、はい。そのつもりです」
「なら帰ろう」
「俺とリッカは依頼を報告する」
「エリンはロランにこの巻物を見てもらえ」
三人は王国へ戻り、それぞれ別行動を取った。
アウエルとリッカは冒険者ギルドへ。
エリンはロランの家へ向かった。
道中、リッカが口を開く。
「なあ、アウエル」
「俺たちって何なんだろうな」
アウエルが横目で見る。
「どういう意味だ?」
「神とかバタラとかさ」
「最初は信じちゃいなかった。でも、あの化け物と戦って、お前の話を聞いて……」
リッカは前を見つめたまま拳を握る。
「俺たちって結局――」
「神様のおもちゃなのか?」
「エリンが力を使わなきゃ、あの化け物には勝てなかった」
「でも、その代償はエリンの命だ」
アウエルは何も言わなかった。
「……分からない」
しばらくして彼は答えた。
「だからもう忘れよう」
「二度とあいつには関わらないようにする。それしかない」
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢が丁寧に頭を下げる。
「依頼完了の報告です」
アウエルは巻物を差し出した。
「ありがとうございます。少々お待ちください。報酬をご用意いたします」
受付嬢は奥へ下がる。
しばらくして戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが報酬になります」
報酬を渡しながら微笑む。
「他に何かございますか?」
「一つ聞きたいことがある」
アウエルが言う。
「はい、何でしょう?」
「ナールという冒険者はいるか?」
「ランクは分かりますか?」
アウエルとリッカは顔を見合わせた。
「いや、分からない」
「冒険者になったかどうかだけ知りたい」
「承知しました。少々お待ちください」
受付嬢は全国のギルド登録名簿を魔法で検索した。
しばらくして戻ってくる。
「申し訳ありません」
「ナールという名前の冒険者は見つかりませんでした」
「そうか……ありがとう」
受付嬢は別の冒険者の対応へ向かった。
「エリンのお兄さん……」
リッカが呟く。
「分からない」
アウエルは静かに答えた。
「無事でいてくれることを願うしかない」
◇
その頃。
エリンはロランの家を訪れていた。
コンコン、と扉を叩く。
ほどなくして扉が開く。
ロランだった。
「どちらかな?」
「あ、あの……エリンです」
「おや、エリンか」
「ローラならまだ図書館で仕事中だよ」
「い、いえ……今日はロランさんに聞きたいことがあって」
「そうか。では中へ」
ロランは彼女を居間へ案内した。
「お茶でも飲むかい?」
「だ、大丈夫です」
「そうか」
一口飲んでから尋ねる。
「それで、何の用だい?」
「ま、魔法の巻物を手に入れたんです」
「巻物?」
「読んでもらえますか?」
「そ、それが……読めないんです」
「普通の魔法文字じゃないということか」
「は、はい」
「ふむ……」
ロランは考え込む。
「その巻物はどこで手に入れた?」
「あ……だ、誰かにもらいました」
エリンは慌てて首を振る。
「そ、その人が、魔法がもっと強くなるって……」
「少し待っていて」
ロランは立ち上がり、本棚へ向かう。
指先で背表紙をなぞりながら一冊抜き取った。
「これを持っていきなさい」
エリンへ本を渡す。
「世界中の言語が載っている本だ」
「その文字が載っている保証はないが、役には立つかもしれない」
「もし分からなければ、また聞きに来るといい」
エリンは本を受け取る。
「ありがとうございます」
ロランは彼女を玄関まで見送った。
エリンはそのまま家へ戻り、巻物の解読を始めるため歩き出す。
扉が閉まる。
ロランの表情は静かに沈んだ。
居間へ戻る。
扉を開けた瞬間――
そこには一人の男がいた。
ソファに寝転がり、足をテーブルへ乗せている。
シヒルだった。
「やぁ~。久しぶり」
ロランは彼を見つめる。
閉じていた瞳は開かれ、月の瞳が姿を現す。
その奥では星々が静かに輝いていた。
「そんな怖い顔しないでよ」
「……あの巻物をエリンに渡したのは、お前だな」
ロランが扉を閉める。
空気が一気に冷え込む。
「その通り」
「なぜだ」
「決まってる」
「実験だよ」
「彼女は最高の被験体だから」
「知ってる?」
「神魔法を使っても、まだ生きてるんだ」
「まあ、長くは持たないだろうけど」
「それでも――」
「君よりずっと優秀だ」
シヒルは笑う。
「君は神魔法を使いたくて仕方なかった」
「でも、何度やっても失敗した」
「ガイアに会うまではね」
彼は立ち上がる。
「でもあの子は違う」
「ガイアを見たことすらない」
「それなのに神魔法を使える」
「しかも本人はガイアの存在すら知らない」
彼は肩を震わせながら笑った。
「君なんて、その力を手に入れるために、目までそんな姿になったのに。」
ロランは黙っていた。
「もう人間に干渉しないって約束だったはずだ」
シヒルは首を傾げる。
「誰との?」
その表情が真剣になる。
「あの老人?」
「だったら、なんで前みたいに僕を止めに来ないの?」
「君だって人間に干渉するなと言うくせに」
「今は人間と一緒に暮らしてるじゃないか」
「それって君もルール違反じゃない?」
シヒルはロランの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「僕が神魔法を教えたから怒る」
「でも、あの老人が人間に干渉して世界を滅ぼしかけたことは許せるんだ?」
部屋の空気はさらに冷え込んでいく。
その時。
玄関の扉が開いた。
足音がゆっくり近づいてくる。
居間の扉が開く。
「ロラン、いる?」
ローラだった。
彼女の目には、ソファで一人お茶を飲んでいるロランしか映っていない。
「どうしたの?」
ロランは静かに尋ねる。
「図書館の人があなたに用事があるって」
「分かった。すぐ行く」




