悪夢 - 1
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
ナイトメアはなおも影の中から、無数の腕で這いながら姿を現し続けていた。
無数の青白い腕で地面を掻きながら、その異形の身体を森の上へと引きずっていく。
皮膚は骨の上に張り付いているだけのように薄く、まるで肉というものが一切存在しないかのようだった。
ゆっくりと。
確実に。
それは三人へ近づいてくる。
その視線はずっと彼らに向けられていた。
最前列の二つの胴体は不自然にぶら下がり、力なく腕を垂らしている。
残りの無数の腕だけが、その怪物を前へと運んでいた。
三人はまだ、目の前で起こった出来事を受け入れられずにいた。
身体は動かない。
全身に鳥肌が立ち、呼吸は乱れている。
すると、ナイトメアがぴたりと動きを止めた。
そして、ゆっくりと口を開く。
三人が同時にびくりと身を震わせた。
「な……なんだよ……。今度は何をする気だ……?」
リッカが震える声で呟く。
「ア……ア……ア……」
声が響いた。
口はほとんど動いていない。
それでも確かに、その声は怪物の口から発せられていた。
だが、それはシヒルの話していたような不気味な声ではない。
優しく。
穏やかで。
どこか安心させるような声。
女性の声だった。
三人はなおも動けない。
その間も、ナイトメアは奇妙な声を発し続ける。
「ウ……ウ……ウ……」
その瞬間。
アウエルの瞳が見開かれた。
――違う。
ただの意味のない音じゃない。
聞き覚えがある。
簡単に忘れられるはずのない声。
「ウ……ウ……エ……ル……」
次の瞬間。
アウエルが弾かれたように駆け出した。
抜刀。
斬!
刃が怪物の顔へ向かって斬り上げられる。
しかし、ナイトメアはあり得ないほど柔軟に身体を反らし、その一撃を回避した。
一本の腕が鞭のように振り下ろされる。
アウエルはそれを掻い潜る。
さらに別の腕が迫る。
彼は胸をかすめる寸前で後方へ跳んだ。
すると前方の胴体たちが同時に身を乗り出し、無数の手が彼へと伸びる。
アウエルは身体を捻り、辛うじてその掴みを避けた。
その隙を狙って、側面からリッカが飛び込む。
剣に炎が燃え上がる。
斬!
頭部へ向けた振り下ろし。
しかし、ナイトメアは身体を横へ滑らせた。
その長い身体が二人の間へと入り込み、一瞬でアウエルとリッカを分断する。
今度はリッカの方へ顔を向けた。
リッカは即座に剣を振るう。
炎の斬撃が空を裂く。
しかし怪物はそれすら回避した。
「アウエル!」
リッカが叫ぶ。
アウエルは半ばまで刀を抜き、
飛来する炎の斬撃を受け止めた。
炎が彼の剣を包み込む。
完全に抜刀。
「身体強化・敏捷」
その姿が消えた。
次の瞬間、ナイトメアの背後。
燃え盛る刃が、怪物を支える腕へと振るわれる。
だが怪物は身体を持ち上げ、紙一重で回避した。
そこへリッカも踏み込む。
斬!
二本の腕が宙を舞った。
一瞬だけ、ナイトメアの体勢が崩れる。
アウエルがさらに踏み込み、別の腕を斬り落とした。
そして即座に後退する。
腕を斬った。
だが――
血は、一滴も流れない。
前半身が地面へ崩れ落ちる。
しかし残りの腕がすぐに身体を支え、再び持ち上げた。
アウエルとリッカが同時に飛び退く。
「エリン、今だ!」
「インシネレート!」
エリンの杖から灼熱の炎が奔流となって放たれる。
まるで火炎放射のような激流。
しかし、ナイトメアはゆっくりと右手を持ち上げた。
炎が触れる寸前――
散った。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「なっ……!?」
リッカが目を見開く。
エリンも魔法を止める。
怪物は無傷だった。
そしてゆっくりと身体を起こす。
その時だった。
切断された腕が激しく震え始める。
次の瞬間。
断面から新たな腕が生えた。
完全に。
何事もなかったかのように。
「お、おい! どうなってんだよ!?」
リッカが叫ぶ。
「なんで炎が消えた!? それにその再生は何なんだ!?」
「分からない」
アウエルは短く答える。
「だが……答えは探るしかない」
二人は再び剣に炎を宿し、突撃する。
アウエルが先に仕掛けた。
首を狙う一閃。
斬!
怪物は再び後ろへ反り返る。
そして腕を振り上げた。
斬!
その腕をリッカが切り落とす。
アウエルは即座に顔面へ突きを放つ。
突!
しかし、ナイトメアは別の手でそれを受け止めた。
アウエルは剣を引き戻す。
次の瞬間。
二人が左右から同時に斬りかかる。
斬!
燃え盛る二本の刃が交差する。
だが怪物は身体を持ち上げ、信じられないほど滑らかに回避した。
そして腕を叩きつける。
二人は左右へ飛び退く。
「エリン、もう一度!」
「インシネレート!」
再び炎が森を焼き尽くす。
しかし、ナイトメアはまた腕を掲げた。
炎が消える。
その瞬間。
アウエルが剣を振るう。
炎の斬撃が放たれた。
怪物は別の手でそれを打ち消そうとする。
しかし――間に合わない。
炎の斬撃が直撃した。
その腕の妨害が止まり、
エリンの炎がついに怪物を呑み込む。
キィィィィィィッ――!
今度こそ。
甲高く歪んだ悲鳴が森に響いた。
長い身体が激しくのたうつ。
やがて。
怪物は崩れ落ちた。
その全身は黒い炭と化していた。
三人が合流する。
「き、効いた……?」
エリンが小さく呟く。
「やった……」
リッカが大きく息を吐く。
「なんだったんだよ、あれ……。どうやってエリンの炎を消したんだ?」
「……たぶん、
魔法撹乱
(
スペルディスパース
)
だ」
アウエルが答える。
「スペルディスパース?」
「他人の魔法を乱し、消し去る魔法だ」
「そ、それって……あの化け物、魔法を使えるってこと……?」
エリンの声が震える。
「たぶんな」
アウエルも確信は持てなかった。
リッカが首を傾げる。
「でもお前の炎の斬撃も消そうとしてたよな?」
「あれは魔法じゃない」
アウエルは答える。
「高速で振るった剣が風を生み、その風に炎を乗せているだけだ」
「……なるほど」
リッカが唸る。
「それにしても、気味の悪い身体だな……。再生能力まである上に、一番厄介なのがスペルディスパースか。」
「考えすぎだって」
リッカが笑う。
「見ろよ。俺たち勝ったんだ。神みたいな奴を倒したんだぜ?」
「さっさとシヒルのところへ戻って報告しよう」
だが。
アウエルの表情だけは暗いままだった。
「……まだ気になることがある」
「ん?」
「空だ」
アウエルが空を見上げる。
「あの異常現象……一体何だった?」
「あ……」
リッカも思い出す。
「確かに、シヒルはそんな話してなかったな。急いで戻ろう」
三人は背を向け、森を後にしようとする。
――パキ。
――ミシ。
――ゴキ。
何かが聞こえた。
骨の軋む音。
大量に。
大量に。
三人の足が止まる。
音は、ナイトメアの死体から聞こえていた。
ゆっくりと振り返る。
黒く焼け焦げた身体が持ち上がる。
ぴくり。
ぴくり。
そして炭化した皮膚が真っ二つに裂けた。
その内側から。
青白い肉が現れる。
「う……嘘だろ……」
リッカの声が震える。
「再生……してる……」
それだけでは終わらない。
怪物の頭部が激しく震え始めた。
次の瞬間。
頭が落ちた。
そして最前列の胴体が真ん中から裂ける。
その中から――
新しい胴体がゆっくりと這い出してきた。
首のない、真新しい身体。
裂けた肉は後ろで閉じていく。
新しい胴体が身を屈める。
落ちた頭を拾い上げる。
そして。
自らの首へ押し当てた。
肉が瞬時に繋がる。
完全。
無傷。
まるで最初から何も起こっていなかったかのように。
再び、ナイトメアが口を開く。
今度は唇が動いていた。
「……アウエル」
透き通るような、美しい女性の声が森へ響く。
その顔に。
不自然なほど大きな笑みが浮かぶ。
三人は動けない。
特にアウエルは。
その懐かしい声を聞いてしまったから。
「――全員、逃げろ!」
アウエルが叫ぶ。
三人は即座に踵を返し、森を駆け出した。
枝が足元で折れる。
誰一人として振り返らない。
だが。
奇妙なことに、ナイトメアは追ってこなかった。
それでも三人は走り続ける。
速く。
さらに速く。
息が切れても止まらない。
やがて前方に光が見えた。
「あれだ! 出口だ!」
リッカが叫ぶ。
森を飛び出した。
そして。
三人は凍り付く。
そこは――
同じ場所だった。
同じ開けた空間。
そして。
目の前には、ナイトメアが立っていた。
大きな笑みを浮かべながら。
「な……なんで……」
エリンが震える。
「エリン!」
「インシネレート!」
炎が放たれる。
しかし怪物は腕を上げ、再び炎を掻き消した。
アウエルは即座に懐から
即時魔法
(
インスタントマジック
)
を取り出し、握り潰す。
足元に魔法陣が広がった。
光が強くなる。
すると、ナイトメアが別の腕を上げる。
「リッカ、炎を!」
「おう!」
炎の斬撃。
腕が斬り落とされる。
光はさらに強くなり、
転移魔法が完成する。
エリンが魔法を止めた。
魔法陣が輝く。
しかし――
何も起こらない。
三人はその場に立ったままだった。
「な……なんで……?」
エリンが足元を見つめる。
「どうして発動しないの……?」
キィィィ……。
まるで笑うような、耳障りで歪んだ声だった。
怪物が笑う。
耳障りで歪んだ笑い声。
切断された腕が再生していく。
「おい、何が起こった!? 俺はちゃんと腕を斬ったぞ!?」
リッカが叫ぶ。
アウエルは静かに答えた。
「……いや」
「転移魔法は成功している」
「え?」
「そして、ナイトメアもそれを妨害していない」
「じゃあなんで……!」
アウエルは空を見上げる。
「俺たちは、あの怪物しか調べていなかった」
「だが……まだ一つ、分かっていないことがある」
「空の異変だ」
「何を言ってるんだ?」
「十分な距離を走ったはずなのに、俺たちはここへ戻ってきた」
「そして転移もできない」
「つまり――」
アウエルは剣を構えた。
「俺たちはここに閉じ込められている」
沈黙。
リッカが唾を飲み込む。
「……じゃあどうする?」
「転移魔法は一つしかないんだぞ?」
「分からない」
アウエルはナイトメアを見据えた。
「だが……答えはあいつが持っている」
三人は構えを取る。
怪物はただ立っていた。
笑みを浮かべたまま。
すると。
最前列右側の腕が、自分の左腕を掴んだ。
三人が凍り付く。
ぶちっ。
腕を引きちぎる。
そして肩から新しい腕が生える。
新しい腕が、ちぎった腕を掴む。
また引きちぎる。
もう一本。
さらにもう一本。
何度も。
何度も。
何度も。
引きちぎった腕を次の腕が掴み、さらにその腕を新しい腕が掴む。
そうして何本もの腕が鎖のように連なっていった。
青白い腕だけでできた長大な鞭。
青白い腕の鎖。
三人は言葉を失った。
そして次の瞬間。
ナイトメアが突進する。
異形の鞭を地面へ引きずりながら。
直近の2つの章でアウエル名前を誤訳してしまい、大変申し訳ありません。名前の確認を怠ったために間違いが生じてしまいました。
重ねてお詫び申し上げます。現在は修正済みです。




