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悪い夢

読んでいただきありがとうございます。


日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。


もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。

「私が調査してほしいもの、それはナイトメアです」


アウエルは即座に立ち上がった。


「却下だ。帰るぞ」


「ま、待ってください! まずは話を聞いてください!」


シヒルは慌てて立ち上がり、彼を引き止めようとする。


「聞く必要はない」


「お願いですから、せめて最後まで聞いてください」


「何を聞けっていうんだ。お前は俺たちに神に匹敵するような存在と戦えと言っているんだぞ」


シヒルは苦笑いを浮かべたが、アウエルの表情はまったく変わらなかった。


「でも、あなたは神を信じていないんですよね?」


シヒルはなおも食い下がる。


「なら、私が見たものがナイトメアだという話も信じていないはずです」


アウエルは黙った。


「それに、もし私の見たものがナイトメアじゃなかったとしたら?」


しばらくして、アウエルは再び腰を下ろした。


「……それで、お前がそう思った理由は?」


冷たい声で問い返す。


「では、私がその存在に遭遇した時の話をしましょう」


小屋の空気が重くなる。


「一週間ほど前のことです。小屋の周りの柵を修理していました」


シヒルは少し背もたれに寄りかかった。


「作業が終わった頃には、もう日が沈みかけていました」


「家に入ろうとした時です。妙な視線を感じたんです」


「視線……ですか?」


エリンが静かに尋ねる。


「ええ」


彼は手に持ったカップを強く握った。


「草地の向こうに女性が立っていました。異様なほど白い肌をしていて、長い髪が身体の大半を覆っていたんです」


「最初は怪我人か迷子かと思い、声を掛けました」


「ですが反応はありませんでした。ただ無表情でこちらを見ていたんです」


彼の笑みが消える。


「そこで私は彼女に近づこうとしました」


「すると、その瞬間に走り出したんです」


「信じられないほどの速さで森の中へ」


「私も追いかけましたが、追いつけませんでした」


「やがて森の奥へ消えてしまったんです」


部屋が静まり返る。


「最初は見間違いだと思いました」


「幽霊みたいなものですか?」


エリンが尋ねた。


「ええ、私もそう考えました」


シヒルは声を落とした。


「ですが、その後で見たんです」


「森の影の中から手が振られているのを」


彼は床を見つめながら続ける。


「だから私は近づきました」


「すると、もう一組の手が現れたんです」


「さらにもう一組」


「またもう一組」


「次々に手が現れては私に向かって振られていたんです」


「助けを求めている人がいるのだと思い込もうとしました」


その表情が固くなる。


「ですが、状況はどんどんおかしくなりました」


「次々と手が現れては、私に向かって手を振るんです」


エリンは無意識に自分の袖を握りしめた。


「そして突然――」


「全部消えたんです」


「何も聞こえなくなりました」


「手も」


「女性の姿も」


「何一つ」


「全身に鳥肌が立ちました。もう帰ろうと思ったんです」


シヒルは唾を飲み込む。


「その時でした」


「声が聞こえたんです」


「甲高くて、不自然な声でした」


「途切れ途切れに、私の名前を呼んでいたんです」


「男とも女とも判別できない声でした」


「誰が呼んでいるのか」


「なぜ私の名前を知っているのか」


「振り返る勇気なんてほとんどありませんでした」


「それでも……」


「結局、振り返ったんです」


「そして、また彼女の顔を見ました」


彼はゆっくりと顔を上げる。


「すぐ後ろに」


「辺りはさらに暗くなっていて、身体は見えませんでした」


「ですが、その顔だけは見えたんです」


「そして、その顔が――横へ動いた」


「それが恐ろしかった」


「人間の動きじゃなかったんです」


「首を傾けたわけでも、身体を動かしたわけでもない」


「ただ顔だけが、するりと横へ滑ったんです」


「まるで闇の中を漂うように」


「それから私は見ました」


「暗闇の中に、長い身体が続いているのを」


「顔と同じように青白い色でした」


「それを見た瞬間、私は逃げ出しました」


「後ろを振り返ることすらせずに」


「幸い、小屋まで無事に戻れました」


部屋には暖炉の薪が弾ける音だけが響く。


やがてアウエルが口を開いた。


「つまり、お前が見たのは女の顔をした、長い白い身体の化け物だと?」


「たぶんそうです」


シヒルは再び笑顔を浮かべた。


「あなたは神を信じていないんですよね?」


「なら、私が見たものがナイトメアだという話も信じていないはずです」


「今の話を聞いて、あなたはあれを何だと思いますか?」


アウエルは考え込む。


蛇か?


いや、あり得ない。


人間の顔を持つ蛇など聞いたことがない。


だが一番不可解なのは手だ。


しかも一対ではなく、何組も。


その時、リッカが口を開いた。


「その化け物、その後また現れたのか?」


「いいえ、一度も」


シヒルはにこやかに答える。


「……待て、それは逆に変じゃないか?」


「それで?」


シヒルは身を乗り出した。


「依頼を受けてくれますか?」


「無理だ」


アウエルは即答した。


「お願いします!」


シヒルは両手を合わせる。


「私はどうしてもあの存在の正体を知りたいんです」


「報酬なら上乗せします」


「仮にお前の推測通り、ナイトメアだったとして」


「俺たちが生きて帰れる保証はない」


「あ、それについても準備があります」


シヒルは慌てて立ち上がり、部屋中に散らばる品々を漁り始めた。


「あった!」


彼が取り出したのは、小さな紫色の結晶だった。


見慣れない文字が刻まれている。


「これは?」


エリンが慎重に覗き込む。


「インスタントマジックだ」


アウエルが答えた。


「おお、知っていましたか」


シヒルの目が輝く。


「でも、私が使ったものとは違います」


エリンが言う。


「私が見たのは緑色でしたけど、これは紫色です」


「ランクが違うんだ」


アウエルが説明する。


「緑、紫、純白の三段階がある」


「緑が一番弱く、白が最上級だ」


「じゃあ、光も明るくなるのか?」


リッカが首を傾げる。


「違う」


アウエルは結晶を手に取り、刻印を読む。


「これは閃光系じゃない……」


「何の魔法だ?」


「転移魔法です」


「転移?」


「発動した瞬間、この小屋へ転移します」


シヒルが説明した。


「もしその存在と遭遇して勝てないと思ったら、これで逃げてください」


「全員が近くにいることを忘れずに」


「もしその化け物がここまで追ってきたら?」


アウエルが即座に尋ねる。


「その時は私にも手があります」


シヒルは苦笑する。


「もう一つインスタントマジックを持っていますので、街まで転移できます」


「まあ、その場合は研究資料も全部置いていくことになりますけど」


「一応、逃げ道は用意してあります」


そして慎重に尋ねた。


「どうでしょう?」


アウエルはしばらく考え込む。


やがて口を開いた。


「報酬を上げろ」


「構いません」


シヒルは即答した。


「いくら欲しいですか?」


「依頼が終わってから決める」


アウエルは答える。


「危険度次第だ」


「……分かりました。契約成立です」


シヒルは手を差し出した。


アウエルはそれを握り返す。


「それで、いつ向かいますか?」


「今だ」


アウエルは立ち上がった。


「明るいうちに終わらせる」


「そうですか……では、気を付けて」


四人は小屋の外へ出た。


「どこで見たんだ?」


アウエルが尋ねる。


「確か……あの辺りです」


シヒルは森の奥を指差した。


三人はそのまま森へ向かう。


「ご武運を」


シヒルが手を振った。


慎重に周囲を警戒しながら、三人は森の中を進み、手がかりを探していた。


足元では、小枝がぱきりと小さな音を立てる。


「なあアウエル、本当にあの化け物がナイトメアだと思うか?」


リッカが尋ねた。


「違うことを願ってるよ。でも正直なところ、そうは思えない」


アウエルは周囲を見回しながら答える。


「あの化け物か……それともあの変な男か。どちらかに何か裏があるはずだ」


「うーん……俺もそうだといいんだけどな。もし本当にナイトメアだったら、俺たち神様と戦うことになるんだろ?」


「そうだな。だからこそ、外れていてほしい」


しばらく歩いた後、リッカがふと思い出したように口を開く。


「そういえばさ。前に神を信じない理由を話してただろ? 人間が本当に困った時に神は現れないからって」


「……ああ」


「じゃあ昔は神を信仰してたのか?」


アウエルは少しだけ黙り込んだ。


「……していた」


「なんでやめたんだ?」


「別に大した理由じゃない。少し昔に色々あっただけだ」


「へえ。ちなみにどの神を信仰してたんだ?」


「月の神だ」


その言葉にリッカが目を丸くする。


「待て、それってコウズロの連中が信仰してる神じゃないか?」


「ああ。俺はあそこで生まれたからな。信仰していても不思議じゃないだろ」


「はあ!? お前コウズロ出身だったのか!?」


リッカは驚きの声を上げた。


「じゃあなんでこんな所にいるんだよ? コウズロってかなり栄えてる王国だろ?」


「派手な暮らしは好きじゃない。それで別の場所へ来た。それだけだ」


「うわ、変なやつ……」


リッカは呆れたように肩をすくめる。


「待てよ。確か冒険者になった理由は金のためだって言ってなかったか?」


アウエルは何も答えなかった。


三人はそのまま探索を続けた。


しかし、何も見つからない。


森は徐々に静まり返っていく。


静かすぎるほどに。


いつの間にか虫の鳴き声すら消えていた。


「おい、変じゃないか?」


リッカが眉をひそめる。


「ここまで何も痕跡がないぞ」


「もし本当に巨大な蛇みたいな生物なら」


アウエルが周囲を見回した。


「何かしら痕跡が残っているはずだ」


さらに歩き続けると、森の中にぽっかりと開けた空間へ出た。


その瞬間、アウエルの表情が変わる。


――待て。


森の中に開けた場所?


次の瞬間。


アウエルとリッカが同時に凍りついた。


危険。


理屈ではなく、本能が叫んでいた。


「……感じたか?」


リッカは即座に剣を抜く。


アウエルも頷いた。


「エリン、下がれ」


「う、うん」


エリンは杖を握り締め、二人の後ろへ移動する。


三人は森のあらゆる方向へ視線を巡らせた。


だが何もいない。


それでも嫌な感覚だけは消えなかった。


「なんなんだよ……」


リッカが小さく呟く。


「まるで何かに見られてるみたいじゃないか」


その時。


アウエルは木々の根元に伸びる影へ目を向けた。


影が動いている。


風ではない。


何か別のものだ。


「な、何あれ!?」


エリンが空を指差して叫ぶ。


アウエルとリッカが反射的に見上げた。


そして息を呑む。


空が――動いていた。


太陽が動く。


雲が流れる。


違う。


空そのものが回転している。


あり得ない速度で。


陽光が消える。


昼が終わり、夜が訪れる。


森が闇に包まれる。


だが終わらない。


星々が流れ、


月が駆け、


空全体が狂ったように回り続ける。


再び朝。


そして夜。


また朝。


また夜。


昼と夜が何度も何度も入れ替わる。


常識を無視した速度で。


空が変化し続ける。


「な、なんだよこれ……!」


リッカの声が震える。


それでも止まらない。


月の形まで変わり始める。


三日月。


半月。


上弦。


満ちていく。


そして――


夜。


頭上に満月が浮かんだ。


眩しいほどに白く輝く満月。


その光だけが森を照らしている。


静寂。


白い月光。


冷たい空気。


「と、止まった……?」


エリンが震える声で呟く。


その瞬間だった。


再び。


あの感覚が戻ってくる。


いや、先ほどよりも遥かに強い。


三人はゆっくりと同じ方向へ視線を向けた。


木々の隙間。


その奥。


闇の中から何かがこちらを見ていた。


青白い女の顔。


血の気のない、異様に白い顔。


「ひっ……」


リッカの喉が震える。


顔は動かなかった。


だが次の瞬間。


首から上だけが、ゆっくりと時計回りに回転した。


骨が動くような動きではない。


肉が捻れるような動きでもない。


何か別のものだった。


三人は言葉を失う。


体が動かない。


そしてその顔は横へ滑り始めた。


シヒルが語った通り。


異様なほど滑らかに。


まるで空間の上を滑走しているかのように。


三人の視線は無意識にそれを追う。


やがて顔の後ろから何かが現れる。


首。


肩。


胸。


青白い裸の上半身。


痩せ細り、不自然なほど細長い体。


だが異様なのはそれだけではなかった。


その体は影の中から水平に這い出していた。


顔だけはこちらを向いたまま。


両腕を力なく垂らしたまま。


ゆっくりと。


ゆっくりと。


こちらへ近づいてくる。


そしてさらに異常なものが影の中から現れた。


腰。


だがその先に脚はない。


代わりに。


もう一つの胴体。


もう一つの上半身。


腰の下に肩が繋がっていた。


三人の背筋が凍る。


化け物は止まらない。


肩。


胸。


腰。


そしてその下にまた肩。


また胸。


また腰。


何度も。


何度も。


何度も。


森の闇から這い出してくる。


腕を地面につきながら水平に進み続ける。


終わりなく連結された人間の上半身。


無数の胴体が鎖のように繋がり、一つの生物を形作っていた。


腕が地面を引きずる。


それでも顔だけはこちらを見続けている。


三つ。


七つ。


十。


まだ終わらない。


化け物は際限なく闇から這い出してくる。


白い人間の肉体が無限に連なった存在。


理解を拒絶する異形。


存在してはならないもの。


「な、なんだよ……あれは……」


リッカの手が震える。


握った剣まで揺れていた。


「あんなの……化け物じゃないか……」


アウエルは無言でその存在を見つめ続けた。


そして静かに呟く。


「……ああ、分かった」


その声は妙に落ち着いていた。


「――あれが、人類のナイトメアだ」


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