深い眠り
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
V3C2
リッカは誇らしげに依頼書を持ったまま受付へ向かった。
アウエルはそんな彼をしばらく見つめると、ため息をついて後を追う。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢が丁寧に微笑んだ。
「この依頼を受けたいんだ」
リッカが依頼書を差し出す。
「かしこまりました。まずは受注条件を確認いたしますね」
彼女は依頼内容に目を通した。
「パーティー内に銀級冒険者はいらっしゃいますか?」
「いる」
アウエルがギルドプレートを見せる。
受付嬢は頷き、依頼書に判を押した。
「問題ありません。依頼達成をお祈りしております」
「よしっ」
リッカは大きく伸びをした。
「で、今日この依頼やるんだよな?」
「たぶんな」
アウエルが答える。
「ただの調査依頼だしな」
「そういやエリンは?」
「図書館に行くって言ってた」
「ふーん。本借りにか?」
「それ以外に何がある」
「じゃあ迎えに行こうぜ」
二人は市立図書館へ向かった。
館内へ入ると、すぐにエリンを探し始める。
先に見つけたのはリッカだった。
「エリ──」
呼ぼうとした瞬間、アウエルが口を塞ぐ。
「何すんだよ!?」
「図書館だ」
「あっ……」
リッカは苦笑した。
「悪い悪い」
二人は受付カウンターへ向かう。
「よう、エリン」
今度は小声だった。
「あ、リッカさん、アウエルさん」
エリンが振り返る。
「どうしたんですか?」
「新しい依頼を受けたんだ」
リッカが胸を張る。
「しかも今日やる」
「また盗賊討伐ですか?」
「いや」
彼はニヤリと笑った。
「調査依頼だ」
「調査依頼?」
エリンが首を傾げる。
「どういう依頼ですか?」
「特定の場所や生物を調査する依頼だ」
アウエルが説明する。
「別に倒す必要はない」
「そうそう。楽勝そうだからな」
リッカが自信満々に言った。
「今日中に終わるだろ」
「それなら……」
エリンは抱えていた本を胸に寄せた。
「一度家に帰って準備してきます」
「南門で待ち合わせだ」
アウエルが言う。
「はい。待っていてください」
エリンは足早に図書館を後にした。
その時。
「ねえ、あなたがリッカ?」
カウンターの向こうからローラが声をかけた。
「ん?」
リッカが振り向く。
「そうだけど?」
「私はローラ」
それだけ言うと、彼女は本の整理に戻ってしまった。
リッカは目を瞬かせた。
「……なんだあいつ?」
「知らん」
アウエルが答える。
「エリンが魔法を教えようとしてた相手だ」
「ふーん」
リッカは肩をすくめた。
「あの性格じゃ魔法なんて覚えられる気がしねぇな」
「どうでもいい。門へ行くぞ」
二人は図書館を出て南門へ向かった。
しばらくして、杖を持ったエリンが合流する。
「すみません、お待たせしました」
「気にすんな」
リッカが笑う。
「行こうぜ」
三人は依頼場所へ向けて歩き出した。
道中。
リッカはエリンが抱えている本に目を向けた。
「そういや、その本って何の本なんだ?」
「上級魔法についての本です」
エリンが答える。
「おすすめされて借りてきました」
「へえ、じゃあ上級魔法使えるのか?」
「い、いえ!」
エリンは慌てて首を振る。
「まだ勉強中ですし、制御も全然できていません」
「なるほどなぁ」
リッカは大げさにため息をついた。
「俺と同じ悩みじゃん」
「同じ悩み?」
「アウエルの技を真似しようとしてるんだけど、全然上手くいかねぇんだよ」
「あ……そうなんですね」
「ま、練習あるのみだろ」
三人は雑談をしながら歩き続けた。
やがて森の近くにある一軒の小屋が見えてくる。
「あれか?」
リッカが指差した。
アウエルは依頼書を確認する。
「ああ。草地に囲まれた古い小屋。間違いない」
近づいてみると、不思議な建物だった。
古びているのに手入れはされている。
壁は年季が入っているが、補修跡は新しい。
煙突からは細い煙が上がり、柵も最近直されたばかりのようだった。
アウエルが扉を叩く。
返事はない。
「本当にここですか?」
エリンが不安そうに尋ねる。
「周囲に他の家はない」
アウエルは辺りを見回した。
「ここだろう」
もう一度ノックする。
今度は中から足音が聞こえた。
扉が開く。
現れたのは金髪の男だった。
年齢は三十歳前後。
顎まで伸びた金髪に、細身ながら背の高い体格。
服装は乱れ、全体的にだらしない印象だったが――
笑顔だけは人懐っこかった。
「ごめんごめん。待たせたね。君たちは?」
「冒険者ギルドから来た」
アウエルが依頼書を見せる。
「調査依頼についてだ」
「ああ!」
男は嬉しそうに頷いた。
「まずは中へどうぞ」
三人は小屋の中へ入る。
そして。
エリンとリッカは思わず固まった。
部屋中が奇妙なもので埋め尽くされていたのだ。
見たこともない杖。
正体不明の生物の標本。
床に積まれた大量の本。
古代文字らしき記号が刻まれた装飾品。
壁一面には意味不明な文字が書かれた紙が貼られている。
男は苦笑した。
「散らかっててごめんね」
三人がソファに座ると、男はお茶を用意し始めた。
アウエルは壁の文字を眺めるが、どの言語か見当もつかない。
やがて男はお茶を持って戻り、向かいに腰を下ろした。
「ああ、自己紹介がまだだったね」
男は微笑む。
「僕の名前はシヒルだ」
三人も順番に名乗った。
リッカは再び部屋を見回す。
「ところで、これ全部何なんだ?」
「ああ」
シヒルは楽しそうに笑った。
「神々について調べたり集めたりしてるんだ」
「神々?」
エリンが首を傾げる。
「ガイア様のことですか?」
「ガイアもその一柱だね」
シヒルは頷いた。
「でも神はガイアだけじゃない。もっとたくさんいる」
「ただ、その中でもガイアは一番よく知られている存在だけどね」
そして目を輝かせた。
「もしかして興味ある?」
「ない」
アウエルが即答する。
「俺は神を信じてない」
「どうして?」
アウエルの声が冷たくなる。
「人間が本当に助けを必要としている時、どこにもいないからだ」
シヒルはしばらく彼を見つめた。
「……なるほど」
そしてリッカを見る。
「君は?」
「俺は神とか詳しくないな」
最後にエリンへ視線を向ける。
「あなたは?」
「えっと……私は魔法を使えますけど、ガイア様のことを知らないまま覚えたんです」
シヒルは目を瞬かせた。
「本当に?」
「はい……だから最近興味があって。本を読むと必ずガイア様の名前が出てくるので」
その瞬間。
シヒルの表情が一気に明るくなった。
「それなら話そう!」
彼は嬉しそうに身を乗り出した。
「ガイアについて知りたいかい?」
エリンはアウエルを見る。
アウエルは小さく頷いた。
「はい」
「じゃあまず――この世界の成り立ちを知っているかな?」
「いえ」
シヒルは立ち上がり、本の山を漁り始めた。
やがて一冊を取り出し、開く。
そこには世界地図が描かれていた。
中央に巨大な大陸。
それを囲むように輪状の大陸が存在している。
「これが僕たちの世界だ」
シヒルは誇らしげに言った。
「人類が住んでいるのは外側の大陸だ」
南部を指差す。
「ここが今の僕たちの位置」
「じゃあ中央は?」
エリンが尋ねた。
シヒルの笑みが少しだけ薄れる。
「……かつて人類が住んでいた場所だ」
「かつて?」
リッカが眉をひそめた。
シヒルは静かに頷く。
「最初、ガイアは中央大陸だけを創り、そこに命を満たした」
「人々は平和に暮らしていた」
「そしてガイア自身も人々の中を歩いていた」
彼は地図をなぞる。
「でも問題があった」
「ガイアという存在そのものだ」
シヒルは目を細めた。
「人はガイアに近づくだけで、少しずつ力を得ていった」
「見るだけでも?」
リッカが聞く。
「そう」
「ほんの一瞬その姿を目にしただけでも力を得る者がいた」
「髪に触れるだけでも変わる」
「声を聞くだけでも」
彼は一度言葉を切った。
「想像を超える力を得られた」
静寂が流れる。
「そして人類の中には、ガイアのすぐそばに仕える者たちもいた」
「そうした者たちは、とてつもない力を手に入れていった」
「最初は尊敬された」
「だが次第に、自分たちは他者より上の存在だと思い始めた」
部屋の空気が重くなる。
「人々は皆、ガイアへ近づこうとした」
「そして力を求め、互いを殺し始めた」
「ガイアは止めなかったの?」
エリンが不安そうに聞く。
シヒルは目を伏せる。
「止められなかった」
「ガイアは自分の創った生命を愛しすぎていた」
「傷つけることができなかったんだ」
そして静かに続けた。
「そんな中、一部の狂人が考えた」
「人間が考えるはずのないことを」
「何を?」
リッカが尋ねる。
シヒルは答えた。
「ガイアを食べることさ」
沈黙。
「触れるだけで力を得られるなら、食べればもっと強くなれる」
「彼らはそう考えた」
「そしてガイアを殺した」
エリンは息を呑む。
「ガイアは抵抗しなかった」
「愛していたから」
シヒルの表情が暗くなる。
「彼らは莫大な力を手に入れた」
「人間の理解を超えるほどの力を」
エリンは杖を握り締めた。
「彼らはさらに強くなるため、ガイアの加護の痕跡を持つ者たちを喰らい続けた」
「その結果、中央大陸の人類はほぼ滅び去った」
「中央大陸は狂気に沈んだ」
リッカがゆっくり唾を飲み込む。
「じゃあガイアは死んだのか?」
「そこが複雑なんだ」
シヒルは笑った。
「結局、ガイアは復活した」
「神だからね」
「自分を蘇らせるくらい簡単だったんだろう」
そして地図の外側を指差す。
「彼女は外側の大陸を創った」
「そして再び人類を創った」
「今度は同じ悲劇を繰り返さないよう、自ら人間と距離を置いた」
「でも」
シヒルは微笑んだ。
「ガイアは人間が大好きだった」
「だから時々、寂しさに耐えられなくなって人々の前に姿を現した」
「その人たちは少しだけガイアの力を授かった」
「今、人々が神と呼んでいる存在は、その力の欠片を受け取った者たちだと言われている」
シヒルは肩をすくめる。
「僕は彼らを神とは呼ばない」
「僕にとって神はガイアだけだからね」
「だから今では彼らはバタラと呼ばれている」
そして中央大陸を指差した。
「一方で、ガイアを喰らった狂人たちは――」
彼は静かに言った。
「ナイトメアと呼ばれている」
「だが、その話を裏付ける証拠はほとんどない」
アウエルが割り込む。
シヒルはすぐに頷いた。
「その通り」
「世界には数え切れない創世神話がある」
「だからこそ僕は研究しているんだ」
そして三人を見つめる。
「だから君たちの依頼は重要なんだよ」
アウエルの警戒が強まる。
「どういう意味だ?」
シヒルは静かに微笑んだ。
「君たちに調査してほしい存在――」
彼はそう言って告げた。
「それはナイトメアなんだ」




