ロラン
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
太陽が西へ傾く頃には、空気はすっかり暖かく、少し重たく感じられるようになっていた。
木陰では、ロランが腰を下ろし、その隣ではアウエルが眠っていた。
その一方で、エリンとラウラは何度も何度も魔法の練習を続けていた。
しかし――
何度試しても、結果は変わらなかった。
「ファイアボール」
ラウラが詠唱する。
だが、何も起こらない。
何度目かの失敗の後、ロランは杖を手に立ち上がった。
「さて……」
彼は二人へ近づきながら尋ねる。
「何か進展はあったかい?」
ラウラは俯き、小さくため息を吐いた。
「ううん……まだ魔法は使えないみたい」
エリンは杖を強く握りしめた。
「ご、ごめんなさい……」
「私、何も役に立ててない……」
するとロランは小さく笑った。
「気にしなくていいよ」
「僕だって、ずっとラウラに魔法を教えてきた。でも結果は変わらなかったんだから」
少し考え込むように沈黙する。
「今日はここまでにしようか」
「明日までに、別の方法がないか考えてみるよ」
そしてアウエルの方へ顔を向けた。
「それと……彼を起こしてくれるかな? そろそろ戻ろう」
「は、はい!」
エリンは急いでアウエルの元へ向かい、彼を起こした。
その後、四人は街へ戻り、それぞれ別れることになった。
翌日。
彼らは再び集まり、昨日と同じ場所へ向かった。
アウエルはいつものように木陰で眠りにつき、エリン、ラウラ、そしてロランは魔法の練習を続ける。
「ファイアボール」
ラウラが詠唱する。
しかし、やはり何も起きない。
その声には、少しずつ焦りが混じり始めていた。
「……エリン」
「あなたは、ガイアについて何も知らない状態で魔法を使えるようになったんだよね?」
エリンは少し迷った。
「う、うん……」
「だったら、同じ方法で私にも教えてくれない?」
「もしかしたら、それが答えかもしれない」
エリンは困ったように杖を握り直す。
「で、でも……どう説明したらいいのか分からない」
「私は……ただ両親に教えられた通りにやっただけだから……」
「詠唱を覚えて、使う」
「それだけで、最初からできたの」
エリンは苦笑いを浮かべる。
ラウラは少し眉を寄せた。
「……それじゃ駄目みたい」
短い沈黙が流れる。
「……もしかして、聖魔法を使っているのかい?」
ロランが尋ねた。
「聖魔法?」
エリンが首を傾げる。
「違うと思う」
ロランが説明を続ける。
「聖魔法を使うには、教会で洗礼を受ける必要がある」
「それに、普通の魔法使いが使う魔法とは性質が違う」
「彼らは魔族を討つことに特化した魔法を扱うんだ」
「魔族を討つことに特化……?」
ラウラが聞き返す。
「つまり、魔族相手なら効果が高いってこと?」
「そういうことだね」
ロランは頷いた。
「一部の魔族は、普通の魔法に耐えられるほど強い」
「だから教会は、そういった存在に対抗するための魔法を作ったんだ」
ラウラはロランを見る。
「でも、あなたは魔法に興味があるんだよね?」
「なのに、聖魔法は使わないの?」
ロランは少し苦笑した。
「興味はあるよ」
「でも聖魔法を使うには、教会の神を信仰して洗礼を受けなければならない」
「僕はガイアを信仰しているから、それはできないんだ」
「……結構制限が多いんだね」
ラウラが呟く。
そして何かを思いついたように顔を上げた。
「待って」
「前に言っていた三つ目の方法は?」
「もしかしたら、それなら私も魔法を使えるんじゃない?」
ロランは少し黙った。
「……少し勘違いしているね」
「三つ目の方法というのは、魔法を覚える方法じゃない」
「隠された可能性を引き出す方法なんだ」
ラウラは目を瞬かせる。
「どういう意味?」
「それは――」
ロランはゆっくり説明を始めた。
「神聖魔法を使うための儀式なんだ」
「し、神聖魔法……?」
エリンは思わず杖を握りしめる。
「それは……どんな魔法なんですか?」
「普通の人間には理解できないような魔法だよ」
ロランは静かに答える。
「通常の魔法よりも遥かに強力で、聖魔法すら超えると言われている」
「どれくらい強いの?」
ラウラが尋ねる。
ロランは片手を前へ伸ばした。
「例えば、火属性魔法なら火球を放つことができる」
二人は頷く。
「土属性魔法なら、壁を作ったり、ゴーレムを生み出すこともできる」
「でも神聖魔法なら……」
ロランは少し考えた後、口にした。
「天使を召喚することができる」
「天使……」
ラウラが小さく呟き、エリンの目が揺れる。
「そう」
「神聖魔法を使える者は、天使を呼び出せる」
「そして、その天使は……魔族の軍勢を一人で滅ぼせるほど強かったと言われている」
「軍勢を……一人で?」
ラウラは驚いた。
「ま、待って」
「そんなに強いなら、もし魔王が復活しても人間は勝てるんじゃない?」
ロランは首を横に振った。
「話はそう簡単じゃない」
「まず、この魔法について残されている記録はほとんど存在しない」
「完全な詠唱文すら発見されていない」
「そしてもう一つ――」
ロランの声が少し低くなる。
「この魔法は、使っただけで死ぬ可能性がある」
「……死ぬ?」
エリンの表情が凍る。
「そう」
ロランの声は変わらず落ち着いていた。
「もし誰かがその魔法を使った場合、その身体には奇妙な紋様が浮かび上がると言われている」
「その紋様は、身体の内側から刺し、焼き、貫くような激痛を与える」
「そして最後には、術者自身が耐えきれず倒れる」
「……倒れるって」
エリンは視線を落とした。
ラウラも不安そうな表情を浮かべる。
「ちょっと待って」
ラウラが口を開いた。
「さっき、この魔法についての記録はほとんどないって言ったよね?」
「なのに、どうして使った人が死ぬって分かるの?」
ロランは少し考えるように沈黙した。
「詳しいことは僕にも分からない」
「でも……この魔法に強い興味を持っている集団がいるらしい」
「彼らは神聖魔法を使えるようになるために、様々な実験をしているそうだ」
「そして、奇妙な紋様に身体を覆われた死体が発見されたことがある」
「その死体は全て、同じ形の首飾りを身につけていた」
「だから、人々はその集団の関係者ではないかと考えている」
ラウラは腕を組み、考え込んだ。
「……変なの」
「そんなに強力で、魔王すら倒せるかもしれない魔法なのに」
「どうして使った人間は死んでしまうの?」
「さあね」
ロランは小さく息を吐いた。
「一説では、この魔法は本来、人間が使うものではなく神だけが扱えるものだと言われている」
「それを人間が見つけ、無理やり再現しようとした」
「そして神はそれを許さず、使った者に罰を与えた……」
「そんな話もある」
「まあ……」
ロランは肩をすくめた。
「所詮は噂話だけどね」
「僕は、一度使っただけで死ぬかもしれない魔法にそこまで興味はないよ」
ラウラは小さくため息を吐いた。
「……三つ目の方法なら、答えになると思ったのに」
ロランは苦笑する。
「いや、そもそも僕はその儀式について何も知らないんだ」
「だから今まで話さなかったんだよ」
「さて」
ロランは杖を持ち直す。
「気を取り直して、練習を続けよう」
「今日は別の本も持ってきた」
「もしかしたら、そこに何か手掛かりがあるかもしれない」
それから三人は、ロランが持ってきた本を参考にしながら魔法の練習を続けた。
しかし――
一週間近く経っても、結果は変わらなかった。
どんな方法を試しても。
どんな説明をしても。
ラウラは魔法を使うことができなかった。
「ねえ……」
ある日、ラウラがぽつりと言った。
「もう一週間近く試してるけど……」
「何をやっても駄目みたい」
ロランは静かに頷いた。
「……そうだね」
「なら、この依頼は取り下げようか」
「えっ」
エリンが驚いた。
「で、でも……」
「まだ何か方法があるかもしれません」
「別の方法を試せば、ラウラさんが魔法を使えるようになるかもしれないですよね?」
ロランは少し困ったように笑う。
「でも、僕にはもう他に試せることがない」
「僕は魔法について多くを学んできたつもりだけど……」
「それでも、彼女に魔法を教えることはできなかった」
「で、でも……」
エリンは俯いた。
「私たちは一週間も――」
するとラウラが優しく笑った。
「エリン、大丈夫」
「もう十分頑張ったよ」
「それに……」
ラウラは少し嬉しそうに続ける。
「一緒に練習できて楽しかった」
「少なくとも、この時間で私は色々なことを学べたから」
ロランも頷く。
「そうだね」
「それに、これで終わりというわけじゃない」
「もし何かラウラの助けになりそうなことを思いついたら、いつでも僕の家に来るといい」
「もちろん、本を読みに来るだけでも歓迎するよ」
エリンはまだ申し訳なさそうな顔をしていた。
「……」
そんな彼女へ、ロランは銀貨を差し出した。
「はい、これは報酬」
「えっ」
エリンは慌てて手を振る。
「で、でも私……何もできて……」
「いいから受け取って」
ロランは優しく言った。
「依頼のために時間を使ってくれたんだから、それは正当な報酬だよ」
エリンは迷いながらも銀貨を受け取った。
「……ありがとうございます」
その後、四人は街へ戻り、それぞれ別れることになった。
帰り道。
アウエルは隣を歩くエリンを見た。
「……暗い顔をしているな」
「え?」
エリンは少し驚いた。
「だ、だって……」
「依頼を達成できなかったから」
「ラウラさんに魔法を教えることができなかった」
「私……」
彼女は俯く。
「役に立てなかった気がします」
アウエルは少し考えてから口を開いた。
「どうしてそう思う?」
「ロランは、今まで何度もラウラに魔法を教えようとしてきたんだろ?」
「それでもできなかった」
「なら、お前一人が失敗したわけじゃない」
「それに」
アウエルは前を向いたまま続ける。
「世界一の魔法学院に通ったほど頭のいい奴でもできなかったんだ」
「だから、全部お前のせいってわけじゃない」
「きっと、ラウラが魔法を使えない理由は別にある」
「だから」
「一回の失敗で、成長することを止めるな」
エリンは少し顔を上げた。
「……はい」
二人はそれぞれの家へ戻っていった。
アウエルは部屋へ入り、扉を閉める。
その瞬間。
「……っ」
胸の奥に鋭い痛みが走った。
身体が折れ曲がる。
呼吸が詰まる。
「……っ」
一度。
二度。
胸を内側から刺されるような痛み。
アウエルは胸元を掴んだ。
胃が激しく捻じれる。
視界が歪む。
痛みによるものではない。
自分自身への嫌悪だった。
それでも無理やり立ち上がる。
足取りは重く、ふらついていた。
一歩。
また一歩。
ようやく浴室へ辿り着く。
そして――
膝をついた。
「……っ」
胃の中のものを吐き出す。
肩が震える。
呼吸は乱れたまま戻らない。
「……くそ」
一方その頃。
ロランとラウラは市場を歩いていた。
「ねえ、ロラン」
「もし私が……司書になったらどうかな?」
「司書?」
ロランが首を傾げる。
「うん」
ラウラは少し考えながら話した。
「これから先、私が魔法を使えるようになるか分からないから……」
「だったら、別の方法でロランが作った魔法を広められないかなって」
「私はロランほど頭が良くないから、魔法学院へ行くのは向いてないと思う」
「だから司書になって……」
「ロランの本や研究をそこに置いて」
「少しでも多くの人に伝えられたらって」
ロランは微笑んだ。
「……それはいい考えだね」
「僕もできる限り協力するよ」
「ありがとう」
二人は市場を歩き続ける。
そして――
ロランは路地の前で立ち止まった。
「ラウラ」
「先に家へ帰っていてくれるかな?」
「僕は少し食べ物を買って帰るよ」
「大丈夫?」
「うん」
ラウラは頷き、そのまま帰路についた。
残されたロランは、静かな路地へ足を踏み入れる。
ラウラはそのまま家へ戻り、ロランだけが路地の前に残った。
そして、ロランはゆっくりと路地の中へ足を踏み入れる。
そこは暗く、狭く、静まり返っていた。
ロランは杖を地面に軽く打ち付ける。
――コツン。
その音に混じって、別の声が聞こえた。
「だから金を出せって言ってるだろ? どこに隠してるんだ」
男の声だった。
すると、震えた小さな声が返ってくる。
「……お、お願いします……これで全部なんです……もう許してください……」
「お前、俺たちを騙そうとしてるのか?」
次の瞬間、二人の大柄な男は、小さな少年を殴りつけ始めた。
「……やめろ」
その声に、男たちは動きを止める。
「……あ?」
「聞こえなかったのか? やめて、立ち去れと言ったんだ」
ロランは淡々と言った。
男たちは振り返り、杖を持った一人の男を見つめる。
「……お前、今なんて言った?」
二人はゆっくりとロランへ近づく。
「だから、やめろと言った」
その言葉に、一人の男が苛立ったようにロランの胸ぐらを掴む。
その拍子に、ロランの杖が地面へ落ちた。
「ハハハッ!」
狭い路地に男たちの笑い声が響く。
「おい、盲目野郎。自分の立場をわきまえろよ」
「そうだぜ。まさか自分が正義の味方にでもなったつもりか?」
男たちは嘲笑いながら、ロランを見下す。
「……何度言えば分かるんだ?」
ロランは静かに呟く。
「何をするっていうん――」
その瞬間。
ゆっくりと、ロランは目を開いた。
一瞬だけ。
路地の空気が変わった。
まるで、その場所だけが深く沈み込んだような感覚。
男たちは動きを止める。
目の前にいるロランの瞳を見た瞬間、身体が凍りついた。
そこにあったのは、いつもの光を失った瞳ではなかった。
深く、果てしなく広がる夜空のような濃紺。
その中には無数の光が浮かんでいた。
星。
数え切れないほど遠く、小さな星々。
そして瞳の中心には――
静かに浮かぶ、白い三日月。
「……消えろ」
その一言で、全ての音が消えた。
男たちの笑い声も。
足音も。
息遣いさえも。
完全な静寂が路地を支配する。
ロランは静かに目を閉じた。
そして腰を屈め、落ちた杖を拾い上げる。
――コツン。
杖を地面に打ち付けながら、彼はゆっくりと歩き出した。
「おい、坊や……大丈夫か?」
優しい声で問いかける。
少年は震えながら、ゆっくりと顔を上げた。
目の前にいるのは、目を閉じた盲目の男。
それでも、その手は迷いなく少年へ差し伸べられていた。
「大丈夫だ」
ロランは微笑む。
「もう安心していい。あいつらは……もういないから」




