第二話
身体が弱い星汰の唯一の趣味は、妹のために絵本を作ることだった。
あるところに、こころやさしいおんなのこがいました。
おんなのこのなまえは、りく。
りくは、ふしぎなちからをもっていました。
あるひ、りくがもりのなかをおさんぽしていると、けがをしているおうまさんとであいました。
「おうまさん、どうしたの?」
「あしがいたいんだ。これじゃあ、おうちにかえれないよ」
おうまさんのめには、なみだがうかんでいました。きれいなしろいけが、どろでよごれてしまっています。
「わたしがいっしょに、おうちまでかえってあげるよ」
りくがそういうと、おうまさんのなみだはとまりました。
「ほんとう?」
「もちろん。わたしがおてつだいしてあげる」
りくはおうまさんをささえて、もりのなかをあるきはじめました。
いつのまにか、もりはまっくらになってしまいました。
「これじゃあ、みちがわからないね」
「だいじょうぶ。ほら、おほしさまがきらきらしているでしょう」
おうまさんがまたなきそうになると、りくはおそらをゆびさしてそういいました。
「おほしさまは、いつでもみてくれているんだよ」
りくはえがおをみせて、おうまさんをだきしめました。
あさになりました。
おうちまでは、あとすこしです。おうまさんは、ふるえていました。
「どうしたの?げんき、ある?」
「うん。ちょっと、さむいんだ」
おうまさんのけはわたげのように、ふわふわしています。でも、ふくはきていません。
「だいじょうぶ。たいようさんに、あたたかくしてもらおう」
りくはまたおそらをゆびさしてそういいました。
「たいようさんは、いつもやさしくしてくれているんだよ」
りくはえがおをみせて、げんきにあるきつづけました。
ようやくおうまさんのおうちにつきました。
「りくちゃん、ありがとう。おかげでおうちにかえってこれたよ。いま、おれいをもってくるね」
「おれいはいらないよ。また、あそんでくれたらうれしいな」
おうまさんは、びっくりしました。
りくのせなかにはねがはえて、あしがじめんからうかんでいます。
「またあえる?」
「うん。きっと。おほしさまも、たいようさんも、わたしも、ずっといっしょだよ」
おうまさんにてをふって、りくはおそらにむかってとびたちました。
りくはおそらのようせいさんだったのです。
おうまさんは、りくがみえなくなるまでずっと、おそらをみあげていました。
***
「せーちゃん、ただいまー!」
莉空の声が玄関から響く。パタパタと近付いてくる足音を聞きながら、薄手のカーディガンを羽織る。僕が動き出すと同時に、部屋の扉は勢い良く開いた。
「せーちゃん、おきてる!」
「起きてるよ。おかえり、莉空。」
僕が両手を広げれば、笑顔の莉空が胸に飛び込んでくる。抱き締めた莉空は、仄かにミルクの香りがした。
「こら、莉空。せーちゃんは調子が悪いかもしれないから、あんまりうるさくしたら駄目だってお話しただろう」
眠たげな目を擦る陽都が、わざとらしく低い声を出した。静かな夜を明かした僕の部屋が、途端に賑やかになる。腕の中でもぞもぞと身体を動かした莉空は、僕の顔を見上げた。
「げんき、ある?」
莉空は大きな瞳をさらに丸くして、精一杯に首を傾げる。その仕草が堪らなく可愛らしくて、僕は溜め息をついた。溜め息は気持ちが沈んだサインだけではないことを、莉空が妹になって初めて知った。
「元気いっぱいだよ。莉空、今日はせーちゃんと一緒に遊ぼうか」
「やったー!あそぶ!」
喜ぶ莉空を抱き上げる。数日のうちに、あっという間にまた大きくなった気がする。あと何年かすれば、親しみが込められた呼称も聞くことが出来なくなるのだろうか。こうして抱き締めることもなくなるのだろうか。
年の離れ過ぎた妹は、我が子のようでアイドルだ。永遠などないことを知っていて、儚いこの一瞬がどうしようもなく尊く思える。
「体調は?」
「平気だよ。いっぱい寝たから、今朝は何ともない」
「莉空のこと、任せて平気か」
「もちろん」
「助かる。夕方には起きるよ」
欠伸混じりに話す陽都の瞼は既に閉じかけている。
「はーくん、あそぶ?」
「莉空、はーくんはお休みの時間だよ。せーちゃんと遊んで待っていようね」
僕がそう言って聞かせれば、莉空は素直に頷いた。手のかからない、いい子だと思う。幼心に僕と陽都が醸し出す雰囲気を、それなりに理解している。今日は目一杯に甘やかしてやろうと決めた。
「おうまさん」
莉空は、昨夜から広げられたままになっていた画用紙を指差した。カーテンが引かれたままで薄暗い。灯りをつければ、室内は窓の外よりも明るい光に満ちた。
「そう。お馬さんと妖精さんのお話だよ」
「うまどし!」
「よく知っているね。莉空はお利口さんだ」
陽都が教えてくれた通り、この年頃の子ども達の間では馬が流行っているらしい。
「りく、これ、みたいな」
「これはまだ作っている途中なんだ。完成したら読んであげるよ」
僕が描いた馬の絵は、まだモノクロだ。一つの絵本を完成させるには時間がかかる。物語を創造して、絵を描いて色を塗る。文章を書く。集中すれば作業は捗るけれど、僕の場合はそれが長く続かない。
手を休めながら時間をかけて作り上げる作品は、まだそこまで数がない。莉空は僕の描いた絵を見つけるたび、笑顔を見せた。
「よるのおはなし?」
部屋の隅に置かれた本棚の一番低いところに、これまでに作った数冊の絵本を置いてある。莉空は探し物をするように本棚まで近寄った。
「夜のお話?あれが見たいの?」
「みる!すき!」
莉空にそう言われてしまえば断る理由もない。本棚を覗き込む莉空を膝の上に乗せて、僕は薄くて小さな絵本を手に取った。
作中作場面が長くなってしまいました。
莉空は私が初めてじっくり創造した女の子のキャラクターです。結構お気に入りです。




