第二話
体調不良の表現を含みます。苦手な方はご遠慮ください。
病院から自宅まではバスを使う。特に寄り道をする理由もない。私は大人しく、帰路に着くことにした。
夕刻まではあと一歩の時間だ。平日とはいえバス停には疎らに人が並んでいる。病院帰りである私の事情など誰にも分かるはずがないのに、何となく下を向いたまま列の後ろに加わった。
バスはすぐにやって来た。座席は埋まっていて、乗降口近くの手すりに掴まる。
『これからのことを話し合ってみましょう』
窓の外に流れる景色を目で追いながら、先生の声を思い出す。口先ではそう言ってくれたけれど、私を落ち着かせるための気休めだと思う。話し合いの場を持ったとしても、先生が示す道筋は既に決まっているはずだ。
家族の意見だって同じだ。私の希望は蔑ろにされて、きっと結果は変わらない。全てはあなたを守るためだ、と、そう言われてしまえば反論など出来るはずがない。
抗えない現実が悲しく予想出来て、小さく鼻を啜った。
「お兄さん、ここに座る?顔色が良くないみたいよ」
目の前の席に座るお婆さんに、そう声をかけられてハッとした。腰を浮かせたお婆さんの視線は、私が前掛けにしていたリュックに向けられている。
「具合が良くないんでしょう」
リュックに付けられた赤いタグは、私の体調に関わらず時によっては人目を引いてしまう。
「あ、いえ、これは……そういう訳ではないんです」
「でも」
「本当に大丈夫です。それに、もうすぐ降りるので」
お婆さんの好意を遮って頭を下げながら、停車ボタンに手を伸ばした。目的のバス停は、まだ先だ。
いつもは車窓を流れるだけで初めて降り立った場所に、気持ちは浮ついた。慣れない出来事は私の心に良くないらしい。けれど、素直にワクワクした。
夕暮れまでの時間は、まだほんの少しある。私は辺りを見回した。バス停には小さな小屋が建っていて、袂には錆びれたベンチが一つ。ここは街と街を繋ぐ中間地点で、乗降する人はあまりいないのだろう。周囲も閑散としている。
元来た道は、少し歩けば住宅街に辿り着く。行く先はしばらく木々に囲まれた道が続く。文字が掠れたバスの運行表は、目を凝らしてもよく読めない。
次のバス停まではそこまでの距離がなかったことを思い浮かべて、緑が生い茂る道の方へ私は歩みを進めた。
「お兄ちゃん、いなかったねー」
「会いたかったね。また来よう」
道路の反対側でそう話す子ども達は、私とは逆方向に歩いて行った。小学生くらいだろうか。道はそこまで広くなくて、元気な会話が響いた。兄弟なのか友達なのか、一見しただけでは分からない。
寂しげな言葉も、屈託のない彼らの声と共にあれば、何だか楽しげに聞こえてしまうのだから不思議だ。
私を追い越していく車は一台もない。風に吹かれて、木の枝や葉の擦れる音が耳を撫でる。新鮮な世界に膨らんでいた期待は、緑の騒めきに笑われて徐々に萎んでいった。緩やかな足取りも、つい止まりそうになる。
反射的に早まり始めた鼓動に釣られて、微かに呼吸が浅くなる。この静けさは苦手だ。立ち止まってリュックの中を探った。
手にしたイヤーマフは日常の必需品だ。両耳を覆ったそれは、ヘッドホンとは違って全ての音を遮断する。自分が作り出した無の空間は、私の心を自然と落ち着かせた。
すれ違った子ども達は、どうやら小さな公園から出て来たようだった。木の茂みに隠れて、人目を避けるように建てられた看板が目に入る。導かれるように、私は道路の反対側へ渡った。
「花の、丘……」
声に出して呟いてみる。いかにもアニメで見るような、有り合わせの板で作られた看板には『花の丘公園』と書かれていた。入り口は大人二人が横に並んで歩くのも、やっとなくらいに狭い。同じ道幅で奥に続いていく道は長くて、目を凝らしてみても花の丘であろうものは見えなかった。
今日は春先の暖かな日だ。この先に広がる花畑を想像した。鮮やかな景色に触れてみたい気持ちと逆行して、一度足を踏み入れてしまえば二度と戻って来ることが出来ないような怖さが、同時に襲った。
細道の両端に立ち並ぶ木々は、公園に立ち入る全ての者を飲み込もうとしているかのようだ。得体の知れない恐怖が私の足を止めた。イヤーマフの外側で幻の声が犇めき合っている気がして、背筋が冷えた。
太陽は傾きかけている。もう帰らないといけない。ここにいてはいけない。
最後にもう一度、道の奥に視線を向ける。小さな人影が揺れた気がして、私は静かにその場を去った。
相も変わらず似たようなものしか書けず、自分の文章力の低さに虚しくなります。
まだまだ質より量……もっともっと、書くことに慣れたいです。




