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かくれんぼが終わるとき  作者: beco
空の兄妹
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第四話


 ベッドに横たわったまま、天井を見つめる。窓の外はもう暗闇に満ちているようだ。部屋の灯りは常夜灯だけに落とされている。

 額や首、手足には冷たいタオルが当てられていた。身体はぼんやりと温かい。しばらく陽に当たってしまった肌は、まだヒリヒリと痛んだ。


 何枚もの壁の向こうに、耳障りな雑音と一緒に陽都と莉空の声が聞こえる。ベッドの傍には莉空を座らせた小さな椅子が寂しげに置かれていた。夜のお話を描いた絵本は、椅子の上に添えられていた。

 身体を動かす気力はない。お腹が空く訳でもない。僕はそのまま、静けさに身を委ねた。


 幾程の時間が経っただろう。遠慮がちに部屋の扉が開いて、寝返りを打った。


「気が付いたか」

「うん。もう大分前に」


 気を失った後のことはよく覚えていない。どうにか陽都が世話をしてくれたのだろう。そういえば何となく、意識の淵で慌てた陽都の声を効いた気もする。


「ごめん。莉空の相手、ちゃんと出来なかった」

「莉空は偉いぞ。お前のこと、寝かし付けてた」


 陽都は僕に笑ってくれた。



「せーちゃん、ねんねしてる」


 気を失って床に頽れた僕は、莉空から見れば眠ってしまっただけのように見えたのだろう。夜勤の疲れが抜け切らない寝ぼけ眼で、僕の部屋にやって来た陽都は血相を変えた。


「星汰?しっかりしろ」


 僕の身体は酷く熱を持っていた。汗に濡れた全身は、そっと触れられただけで痛みに疼いた。閉め切られていたはずのカーテンには隙間が出来ていて、僅かな光が僕を照らしていた。


「せーちゃん。せーちゃん」


 兄たちのただならない様子は、幼い莉空にも伝わる。いつしか泣きそうな声で、僕の名前は何度も呼ばれた。


「星汰のこと、ねんねさせてくれてありがとうな」


 陽都は怖がる莉空を抱き締めてから、重たくなった僕の身体を静かにベッドまで運んだ。

 陽の光に僕の身体は異常な反応を起こしてしまう。頭痛と耳鳴りはその前兆だ。体温は上がるし、肌は火傷をしたように刺激される。気が付かなければ、限界は目前で倒れてしまう。


 何度もそうして、周りに迷惑をかけた。特別な対処方法がある訳でもない。回復を待つだけの時間は永遠に思える。



「莉空が好きなお話も、最後まで読んであげられなかった」


 気持ちは素直に落ち込んだ。妹と満足に遊ぶことすら叶わない自分が情けない。ただでさえ、普通の兄とは程遠いのに。


「気にするな。莉空は星汰のことが大好きだよ。さっきもお前のために、お花摘みをしようとしてた」

「お花?」

「水やりのときに。お花、せーちゃん欲しいかなって」

「そっか」


 兄妹の優しさは、時として僕を孤独にさせる。


「今度は三人で行こうか。莉空が眠る前に」


 僕が丘に向かうことが出来るのは、月が高い夜だけだ。陽都の気遣いに、僕は小さく頷いた。



 夜になって、こっそり部屋を抜け出した。陽都は莉空を寝かし付けているのだろう。家の中は、しんとしていた。

 家の玄関から丘の上までは、少しだけ歩けば辿り着く。我が家はこの公園の敷地内に建っているのだから、それも当たり前だ。


 元々は空き家だった親戚の持ち家を、母さんが譲り受けた。母さんは静かで自由に過ごせる環境を探していて、ここはうってつけだった。人目から隠れるように存在しているこの丘も、花畑も、公園全体が僕たちの広い庭だ。

 

 丘を埋め尽くす花畑は、僕たち家族が管理している。管理といえば大袈裟だけれど、大層なことは何もない。気が向いたときに水やりをして、適当なときに栄養を蒔く。季節の節目には新たな種を植える。成長し過ぎた花とは少しだけお別れをする。


 義務ではないし、決まりもない。簡素な暮らしを色付けるように、僕はそれを楽しみにしていた。



 薄着の素肌を暖かな夜風が撫でる。カーディガンは部屋に置いてきた。果てのない自然に身を任せる。僕を邪魔するものは何もない。

 花畑の中に莉空や陽都の足跡を探す。莉空はいつも水やりを喜ぶ。夜空の下で俯いている花は、潤いに煌めいていた。


「あるところに、よるがだいすきなおとこのこがいました」


 莉空を相手に何度も読んだお話は、一言一句違わずにすっかり頭の中に入っている。


「おとこのこは、みんなといっしょにおそとであそぶことができません」


 僕の声は風に連れ去られて消えて行く。澄んだ空気が身体を冷やした。

 二人の足跡はまだ消えずに残っていた。小さな足跡は、あちらこちらに散っている。大きな足跡は、その隣を疎らに追いかけているようだった。僕はその中に、自分の足跡を混ぜた。叶うことのない明るい夢が広がる。


「よるになれば、おとこのこは、おそとでじゆうにあるきまわることができました」


 夜になれば、僕は自由だ。一時の解放は理想のようでいて、孤独だ。けれど僕は、この場所が嫌いではなかった。

 今日、莉空に最後まで読んであげられなかった絵本の最後は、こう締め括られる。



 おそらのむこうには、おつきさま。

 はんたいがわには、おほさま。

 あいだには、おほしさまがキラキラかがやいています。

 おはなもきれいです。みんな、わらっています。

 かぜがきもちよくふきました。

 おとこのこは、もうひとりぼっちではありません。

 おとこのこは、もうさみしくありません。



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