第79話 本店キッチンにて
マリー、我慢できずに下見と称してしれっとカゴいっぱいハーブ摘んで来てます。
マリーは王都でのヤボ用と最低限の魔王の下見――と言っても盛りを迎えてた花穂を籠山積みに摘んで来たのだけど――を終えて店に着くと、さっそくジャックと一緒に明日出すハーブソースとケーキ生地の下ごしらえを始める。
「マリーさん……。気になったんですけどいったい何者なんですか……?」
「世の中にはね、知らないほうが良いこともたくさんあるのよ。少なくとも現時点の客観的事実は一個人マリー・ジェーン・ラスバン、自営業(喫茶店経営)、独身。前の婚約者とか前の職場でちょっといろいろあってね。」
無駄口叩きながらもジャックはまるで脊椎反射で動くかのように見事な手つきで次々と腺毛を浮かせては油を絞っている。家訓に従って毎朝続けていたというだけあって、もはや息を吸うかのように意識することなく出来るほど熟練してるのだろう。
「女王陛下や騎士さまから聖女猊下とか言われてたから店長って言いにくくて」
そりゃそうよね。だいたいベアトリーチェが大国の君主のくせに私に対して狂信者すぎてちょっと距離感がおかしい。この点に関しては自分の意志がハッキリとあるビットリオのほうが扱いやすいわ。
「昔に名誉職、つまり名義貸ししてたことがあってそれがそのまま残ってたりするのよ。でもわたしはわたしだから。」
マリーも慣れた手つきで下処理をした花穂をほぐしてバターに混ぜながら会話している。
「支店長カッコよかったな、ボクもあんなふうになれる?」
「彼にもいろいろあってね……。」
憧れてるところ申し訳ないが、ボブが鼻をかむとその紙が何故か女王の写真だったり重要な文書だったりまるで作者に妬まれてるような不思議な不運の持ち主なのよね。でも夢を壊してはいけない。そのことは黙っておこう。おいおい気づいちゃうと思うけど。
「原液一瓶出来ました」
毎朝欠かさずやっていたジャックは流石に手際がよい。これを加熱して完成させたあと調味料瓶に移し、ハーブソースの隠し味にちょっと垂らす。いい香りが立つ。バッチリキマったわ。
それにしても次の定休日が収量もピークを迎えそうで楽しみね。具体的にアレとコレと……とどの花穂が次の定休日に摘み時を迎えてるかが当たりがついているので、採集及び現地加工の段取りを考えるだけでも楽しい。
これでお客さんに出す素材もワンランク上がるし。デニスや常連夫妻がおいしさに喜ぶ顔が今から目に浮かぶ。
それに次の定休日に盛りを迎える花は多く、スラを帰還させる手土産にも充分な量が確保できる。
勇者視点とかで名前が参照できないだけで、ネスタもホレスもレインフォードもボブもすぐ近くにいるんです。




