性転換と青春
特機専用の校門を出ると、なんとびっくり。
同級生のパイロット科、早瀬と風が待ち構えていた。
向こうもこちらを見つけると、すぐに手招きしてくる。
――明らかに、儂たちに何かあるんだろうな。
「岩村君、水沢君。少し時間を貰えるかしら?」
そう言ったのは早瀬。
「別にどうこうしようってわけじゃないの。ただ、ちょっと話がしたくて」
風が軽く笑いながら言葉を続ける。
黒髪をバッサリとベリーショートに切りそろえた早瀬と、茶色の癖っ毛が特徴的な風。
二人の雰囲気には敵意はない。むしろ、興味津々といった感じだ。
「儂はいいけど……アキラは?」
「私もいいよ。話したかったし」
水沢も特に警戒する様子はなく、軽く頷いた。
「その前に、お願いがあるんだけどいいかしら?」
儂に向かって、早瀬が確認してきた。
何だろう?
「なんだ?」
早瀬は少し視線を鋭くしながら、はっきりと告げる。
「女の子になってほしいの」
――は?
思わず思考が止まる。
「貴方が性転換できるのは知っているわ。一応言っておくけど、私と風しか知らないわよ」
落ち着いた声色だが、その言葉の内容は衝撃的だった。
「……どうして、それを?」
儂の問いに、早瀬は微かに微笑みながら答える。
「私のお父さん、貴方のご両親が働いている料亭の常連なの。貴方のご両親が自慢してたわよ。『うちの子はカッコいい男の子で、可愛い女の子。息子娘なんだ』って」
――両親……!?
「同い年で、同じパイロット科に進学予定で、しかも同じ苗字。正直、すぐにわかったわよ」
確かに、それだけ情報が揃えば、隠しようがないかもしれない。
「ちなみに、風も同じ感じで知ってたわ」
「両親~~~!!」
儂は思わず天を仰いだ。
風が笑いながら、追加の説明をしてくれた。
「これは、岩村さんのためでもあるんです」
穏やかな口調だが、その言葉の奥には警戒すべき内容が含まれていた。
「今、同じパイロット科では岩村さんへの敵意……というか、憎悪というか……微妙な空気が広がっていまして。無駄に教官の方が煽るものですから」
――教官!?
「彼らは男性体の岩村さんしか知りませんので、女性体の方が安心なんです」
風は軽く肩をすくめながら続ける。
「水沢さんは大丈夫です。なぜか、すべて岩村さんへの敵意が集中しているので」
――なんで儂だけ!?
「そういうことなら、隠れて女性体になってきなさいよ、レイ。ついでに体操服のジャージでも着ていればバレないでしょ」
アキラ、面白がってやがるな、この畜生め!
「わかった。ちょっと待っててくれ」
そう言って、儂は校門の隅へ向かった。
誰もいないのを確認し、ゆっくりと息を吐く。
――よし、やるしかない。
意識を集中し、女性体へと切り替える。
いつものことだが、じわりと全身の感覚が変化する。
体が縮み、骨格が細くなり、髪がさらりと肩へ落ちる。声も自然と高くなり、手足の長さの違いが微妙に違和感を覚えさせる。
……なんでこんなことを、こんな場所でやらなきゃいけないんだ?
そんな疑問が頭をよぎったが、考えるだけ無駄だった。
とりあえず、持ってきたジャージに袖を通し、身だしなみを整える。
「着替えてきた」
校門の陰から姿を現すと、案の定、目の前の三人が一瞬固まった。
まぁ、びっくりするよな。
髪は伸び、体は小柄になり、声も変わる。
しかも――このメンバーの中で、一番ちびじゃん、儂。
「……かわいい。欲しいわ」
「ハヤちゃん、本音が漏れてるよ。私も欲しいけど」
何を言ってるんだこいつら。
突然の発言に、儂は思わず距離をとる。
「良いからどっか行こう。ここで話しても目立つだけだ。喫茶店にでも行こう」
そう提案すると、二人は微妙そうな顔をした。
「カフェで良いじゃない。なんで喫茶店?」
「そうですよ! 今、グダバで新作が出てるんですよ! マンゴーフラペチーノホイップクリームエキストラホイップ!」
なっっっがい名前!
儂には絶対に言えんな。
そんなに喫茶店はダメかね?
「そうね。新作飲んでみたいし、行こうよ、レイ」
「カフェも喫茶店も同じだろうに」
「違うわよ! 女の子なんだから、かわいいところに行きたいじゃない!」
儂、男。
しれっと断言された事実に納得できないが、これ以上押し問答をしても無駄な気がした。
「わかった。とりあえず駅前に行こう」
駅前に向かう途中で、儂は何気なく問いかけた。
「ところで、なんで話したいと思ったんだ?」
早瀬がちらりとこちらを見て、小さく頷く。
「そうね、まず言っておくと……私たちは特に貴方たちに対して、何とも思ってないわ。むしろ、選ばれなくてよかったと思ってるくらいよ」
儂は思わず眉をひそめた。
「……それは、どういう意味だ?」
「私もです」
風が続ける。
「特機は、別にどうでもいいんです。ただ、給料がいいから選んだだけですので」
――なるほど。
つまり、特機に選ばれたことを誇りに思っているわけではなく、むしろ関心すら薄い、か。
「それに、地球を守るのに特機であろうが汎用機であろうが変わらないし」
早瀬は淡々とした口調で言う。
「それに、キツイって聞くしね。実際どうなの?」
儂は少し考えた後、静かに答えた。
「……とりあえず儂は、二か月休みなし」
その瞬間、早瀬と風の表情がピクリと動いた。
「……マジ?」
「マジ」
儂の返答に、風が肩をすくめながら苦笑する。
「私はパスするけどね」
風が肩をすくめながらそう言うと、横で水沢アキラが余裕の笑顔を見せる。
――まあ、こいつは試験でパスするつもりだからな。
そのまま早瀬も小さくため息をつき、納得したように頷いた。
「ホントに良かった。選ばれなくて」
確信を持って言い切るその言葉に、儂は苦笑するしかない。
「そうね。さて、一番聞きたいことがあるんだけど……」
そう言いながら、風がこちらを覗き込む。
ものすごいキラキラした目で。
――嫌な予感しかしない。
「二人は付き合ってるの?」
やっぱりか。
一瞬、間が空く。
「女友達よ」
アキラが軽く微笑みながら、さらっと言い切る。
……そうですよねー。
儂は、がっくりと肩を落とした。
「そうかー。頑張れ」
風がなぜか励ますように微笑む。
いや、何を頑張ればいいんだよ……。
そんなたわいのない話を続けながら駅前へと向かうと、夕方の賑やかな街並みが広がっていた。
行き交う人々、楽しそうな笑い声、車のクラクション――変わらない、日常の光景。
「……これを守るんだな」
儂がふと呟くと、誰からともなく頷き、しばしこの風景を眺めていた。
「そうね。でも、今は学生。青春をしましょう」
早瀬がふっと微笑みながら言う。
「ハヤちゃん。セリフがくさいよ」
「いいじゃない、たまには」
みんなで笑いながらグダバへと向かうと、中はすでに多くの客で賑わっていた。
女性がわんさかいる。
レジの前では、みんな流れるように呪文のような注文をしている。
「何言ってるか判らない」
思わずぽつりと呟くと、アキラが楽しそうに微笑む。
「そう? ぜんぶ美味しそうなメニューじゃない」
「……この呪文がか?」
「この呪文がよ」
儂とアキラのやり取りを見ながら、早瀬と風が楽しそうに笑う。
ああ、儂が前世で味わったことのない青春。
あの頃は、こんなのはなかった。家の手伝いや仕事に追われ、一切こんな余裕はなかった。
そう思うと、この転生……ものすごくありがたい。
順番が回ってきた。
「順番が来たわよ。私はマンゴーフラペチーノホイップクリームをトールで」
「私も同じのでトールで」
「私はエクストラホイップ追加でグランデ」
次は儂の番だ。
「儂はブラックのショートで」
「はい?」
店員が一瞬固まり、聞き返してきた。
「ええと、ブラックですか?」
「ブラックです」
――変な顔されたな~。なんでだろ?
「レイ、それはダメでしょ」
「何が?」
アキラが呆れたようにため息をつく。
「せっかくグダバに来たのに、普通のブラックコーヒー頼むとか、楽しむ気ないの?」
「いや、普通にコーヒーが飲みたいだけなんだが」
「それじゃグダバに来た意味ないよ! せめて期間限定のカスタムくらいしようよ!」
風も苦笑しながら言葉を添える。
「レイらしいけどね。でも、ここはせっかくだから甘いのに挑戦してみたら?」
早瀬が提案してくるが、儂は軽く首を振った。
「……甘いのは好きだが、良いよ。名前長いし、ブラックが好きなの」
その瞬間、三人の視線が一斉に集まる。
「えぇー!?」
「スイーツ系の飲み物、飲まないの!?」
「人生、損してるわね」
「そんな大げさな……」
しかし、彼女たちは完全に納得していない。
「じゃあ、こうしよう。私たちが選んだ甘いやつ、一口飲んでみるのはどう?」
「それくらいなら……いや、ダメだろ」
反射的に拒否する。
今は女の子だけど、儂、男だよ!?
――間接キスになるじゃないか!!
注文を受け取りながら、そんな話を続ける。
「飲んでみればいいのに」
「良いの」
アキラの追撃を軽くかわし、席に着く。
テーブルの上には、それぞれのカスタマイズされたドリンクが並ぶ。甘い香りが広がる中、早瀬が軽く息をついた。
「さて、改めて自己紹介をしようか」
儂は姿勢を正し、軽く顎を上げる。
「儂は岩村レイ。知ってると思うが、男だ。今は女だがな」
「私は水沢レイ。よろしく!」
「私は早瀬メイよ。改めてよろしく」
「私は風ツムギ。よろしくね、イワちゃん、ミズちゃん」
――イワちゃん?
思わず眉をひそめると、風がにこりと笑う。
「可愛いでしょ?」
「可愛いのか?」
「うん!」
――ならいいか。




