地獄の座学スケジュール
儂が落ち着いたのを確認すると、田中軍曹が静かに告げた。
「今日はここまでだ。また明日の午後から試作の実験と、今度は近距離の攻撃シミュレーションを行う。教室に戻るぞ」
「はい」
カブレラ技師と阿部技師はデータを見比べながら、何やら打ち合わせをしている。
「今日は泊まりだ。二交代制で特急で試作テスト品の完成と……一つ、思いついた試作品の製作に入る」
「何を造るんですか?」
儂が問いかけると、カブレラ技師は腕を組みながらニヤリと笑う。
「これから必要になるものだ。これは、私が行う」
その言葉に、水沢が即座にツッコミを入れた。
「……シートのことでしたら却下ですよ」
「ち、ちがう! 別件だ!」
思い切り否定するカブレラ技師だが、動揺が丸見えだ。
――絶対、何か企んでるな。
教室に戻ると、広々とした空間に整然と並ぶ机の一つ。その上に、新しい制服が置かれていた。
それを見た瞬間、儂はほっと息をつく。
「良かった。これで母さんに怒られずに済む」
そう呟いたところで、隣からクスクスと笑う声が聞こえた。
「マッパ事件ね」
言うなよ!!
瞬間、儂は水沢を睨みつけた。
「言うなよ! 特に妹には!」
「はいはい」
軽く手を振りながら、水沢は軽く流す。
――信じていいのか、不安しかない。
体操服から新しい制服に袖を通し、更衣室を後にする。新しい布の感触が、改めて気持ちを引き締めるようだった。
廊下へ出ると、すでに田中軍曹が待っていた。
「座って待て。終礼と明日以降の予定を話す」
「はい」
席に着きながら、儂はぼんやりと思う。
――アキラ待ちか。
そう考えていると、すぐに更衣室からアキラが出てきた。席に着くなり、制服の袖を軽く引っ張りながら、ふっと笑う。
「新しいね。もう破かないようにしないと」
「好きで破いたんじゃない」
言い返した瞬間、田中軍曹の低い声が響く。
「私語は慎め! 終礼を行う。明日からのスケジュールだ。端末に記録しておけ」
瞬時に空気が引き締まる。
明日は午前は通常の授業。 明後日は土日で休み……じゃない。
座学がびっしり詰まっている。しかも――泊まり!?
思わず端末を握りしめたまま固まる。
「軍曹! これは間違いじゃないんですか?」
半ば叫ぶように訴えるが、田中軍曹は微動だにせず、冷静な声で返した。
「間違いじゃない。言ったはずだ」
儂の抗議など最初から想定済みとでも言わんばかりの態度だ。
「お前の能力を考えると、通常のスピードでは色々と脱線する可能性がある。そのため、このままでは追いつかないと判断した」
――脱線って、そんなにか?
「なので、このふた月、土日はすべて座学だ」
何かの冗談だろうと思ったが、軍曹の目は真剣だった。
「喜べ。この二か月で半年以上の授業内容を一気に行う。そうすれば一年生分の座学は終了する」
喜べるか!!
「その代わり、地獄だが覚悟しろ。」
背筋が凍るような言葉が、静かに告げられた。
その時、水沢がすっと手を上げる。
「軍曹、宜しいでしょうか?」
「水沢、どうした?」
田中軍曹が目を向けると、水沢は微笑みながら言った。
「もしよければ、テストを受けさせてください。この授業内容は教科書に載っている分ですよね?」
「……そうだが……まさか!」
軍曹の目がわずかに見開かれる。
「はい。土曜にテストをして頂いて、満点なら免除になりませんか?」
静寂が訪れた。
しばしの間、軍曹が水沢を見つめたまま沈黙する。
「…………いいだろう」
その瞬間、水沢が勢いよく立ち上がり、天に向かって拳を突き上げた。
マジかこいつ!!
出来るわけがない――とは言えない。
むしろ、やるぞこいつ……!
「水沢。ただし、100点満点が条件だ。いいな」
「はい! 楽勝です!」
楽勝だとよ……!
儂は言葉を失った。
もう確定した。こいつ、今日と明日で教科書を全部見る気だ。
確かに、普通学科の教科書に比べれば、パイロット科の教科書は薄い。
だが、それでも結構な量がある。
普通の人間なら絶対に終わらない。
しかし――
「水沢アキラ」なら、やる。
なぜなら、こいつは楽をするために努力を惜しまない奴だからだ!
「岩村も挑戦するか?」
「無理なのでいいです」
即答だった。
考えるまでもない。無理なものは無理だ。
「よし。では本日の過程は終了とする。起立! 敬礼!」
一斉に席を立ち、儂も姿勢を正す。
――訓練終了。だが、明日からの地獄はこれからだ。
儂だけな!!




