都市戦シミュレーション
しばらくの間、儂は動かないエネミーを撃ち続け、その後、移動するターゲットへも照準を合わせて撃破した。
こうして、訓練は次の段階へ進む。
「よし。感覚は掴めたな」
田中軍曹の冷静な声が響く。
「では、今度は都市マップを出す。エネミーからの攻撃もあるが、今回は水沢の指示で攻撃してみろ」
視界が切り替わると同時に、ディスプレイが新たな戦場の情報を映し出す。これまでの平坦な訓練空間とは違い、ビル群が立ち並ぶ入り組んだ都市部が広がっていた。
「岩村のモニターにはエネミーは映らないので注意しろ」
儂は思わず息をのむ。
視界にターゲットの影はない。つまり、完全に水沢の指示のみで敵の位置を把握し、攻撃を行うことになる。
――これは、訓練前に言っていた儂の反応速度を見るためだな。
目の前に敵が見えない以上、攻撃のタイミングも、動きも、すべて水沢の判断にかかっている。そして、その指示に儂が素早く対応できるかがチームとしてのカギとなる。
「アキラ、頼むぞ!」
「レイ、安心しなさい。泥船に乗った気でいなさい」
「大船じゃないのか?」
「最初は泥船よ。初めてなんだから、失敗してもいいようにね」
アキラは軽く笑いながらそう言った。
儂は苦笑しつつも、すぐに意識を切り替える。確かに、これは試験。今は成功よりも、いかに適応できるかを試す場なのだ。
――よし、やるしかない。
「準備は良いか、岩村、水沢」
「はい」
「大丈夫です」
田中軍曹は短く頷くと、すぐに開始の指示を出した。
「よし、始める。先ほどのような四回転なんてするんじゃないぞ!」
鋭い一言に、儂は肩をすくめる。
「……気をつけます」
水沢がクスクスと笑いながら、隣で小声で囁いた。
「ねぇレイ、やっぱりやる気だった?」
「やるわけないだろ!」
やりたくてもやらんわ。もう気持ち悪いのは勘弁だし、何より真面目にやらないと拳骨が飛んでくる。
「始めるぞ」
田中軍曹の声が場の空気を引き締める。
「最初は互いに離れた位置からだ。指示をよく聞いてな」
モニターが動き、シミュレーションフィールドが変化する。
――ここからが本番だ。
目の前に都市が広がる。
ビル群が立ち並び、入り組んだ道路がどこまでも続いていた。訓練用の無機質なマップとは違い、視界に映る光景はあまりにもリアルで、息を呑む。
しかし――敵が見えない不安がすごいな。
ただの建物の影すら、どこか敵が潜んでいそうに思えてしまう。
「アキラ、前進する」
「いいよ。その都度指示するから、最初は自由に動いて。できれば隠れるようにお願い」
水沢の声が軽いのが、逆に頼もしく感じる。
儂は慎重に動き出した。なるべく開けた場所を避け、ビルの影を頼りに前へ進む。敵の姿は見えない。だが、見えないからこそ、全身が緊張で張り詰めるのを感じる。
――本当に、どこにいるんだ?
呼吸を整え、足を進める。遮蔽物を確認しながら、一歩、また一歩。慎重に前進していると、突如、アキラからの指示が怒涛のように飛んできた。
「そのまま真っすぐ! そこを右に出たら正面撃って! そのままジャンプ、マーク付けたビルの上に着地! その後、正面見て二時の位置を撃ったら、もう一回ジャンプ! 次のポイントに着地!」
息をつく暇もない。
だが、そんな余裕はないことも理解している。
儂はすぐに思考を切り替え、アキラの指示を順番に処理していく。
――まず、前進。
足元の推進を調整しながら滑るように進み、影から飛び出すと同時にライフルを構えた。
言われた通り正面目掛け、トリガーを引く。
次の瞬間、撃ち抜かれたであろう着弾のエフェクトが消滅するのを確認しながら、その勢いのまま跳躍。推進力が機体を押し上げ、視界が一気に開ける。
マークされたビルの屋上に着地。
――まだ終わりじゃない。
すぐに正面を確認し、次の指示を実行するべく動いた。
二時の方向。このあたりか?
視界には何も映らないが、水沢の指示に従いながらライフルを構える。
そのままトリガーを引く――
だが、撃ち抜いたはずの弾道は空を切った。
「外れた。ジャンプして回避! そのままポイントに行って、すぐ真後ろ振り向いてもう一度!」
水沢の指示が飛ぶ。
――まずい、敵の攻撃が来る!
儂は迷わず推進を調整し、機体を跳躍させる。次の瞬間、背後で何かが通過する気配を感じた。
着地と同時にすぐに振り向く。
再びライフルを構え、トリガーを引いた。
――今度こそ、当たれ!
照準に捉えたはずの標的へ、ビームが一直線に伸びる。
着弾のエフェクトが現れ、ターゲットが消滅。
儂は小さく息を吐き、ほっとする――が、その余韻は一瞬だった。
「嬉しいのはわかるけど、次に行くよ!」
水沢の指示が、間髪入れずに飛んでくる。
「ビルから降りて、左方向に前進。そのまま右へ曲がる! 右の三つ目のビルの隙間、真ん中を撃って! その後、正面を向いて十秒待機。時間になったら正面撃って、そのまま思いっきり上空へ飛ぶ! 八時方向、マークした屋上を撃って!」
――まるでシューティングゲームだな。
だが、考えている暇はない。
儂はすぐに推進を調整し、アキラの指示通りに淡々と動きをこなしていく。
ビルの間を抜け、次のターゲットを撃ち、指示通りのポイントに到達。シミュレーションの展開に応じ、機体の動きも徐々に馴染んできた。
だが、次の指示はいつもより短かった。
「最後は、真後ろ。相手が攻撃態勢じゃないから、すぐに行動!」
反射的に振り向く。
瞬間、視界にターゲットが捉えられる。
迷わずトリガーを引いた。
次の瞬間、撃破のエフェクトが現れ、ターゲットが消滅。
画面には「COMPLETE」の文字が浮かび上がる。
――ホントにゲームみたいだな。
だが、思考操作による負担は予想以上に大きい。
頭が熱を帯び、ジワリと汗が滲んでいるのがわかる。普段の操縦とは違い、脳を直接使っている感覚が、重い疲労感となってのしかかる。
「終了だ。ゆっくりディスプレイを外して降りろ。気をつけてな」
田中軍曹の声が落ち着いたトーンで響く。
いつも厳しいが、こういう時は意外と優しいんだよな。
そんなことを思いながら、儂はゆっくりとヘッドマウントディスプレイを外した。
――その瞬間、髪がさらりと肩を滑り落ちた。
「はっ?」
違和感に気付き、反射的に自分の体を確認する。
……女性化しとる!?
細くなった指先、微妙に変わった重心。確かに、儂の身体は変化していた。
熱を持っていたのは、単なる疲労ではなく、髪が伸びていたから……?
外気に晒されると、その感覚は妙に心地よく、同時にぞっとするほどの違和感があった。
「いつの間に!?」
混乱して声を上げると、すぐに隣から軽い声が返ってくる。
「レイ、気づいてなかったの? 最初に一発外した時に変わったわよ」
――そんなわけあるか!!
儂、自分で切り替えた記憶なんてないぞ!?
「不定期に起こるやつか? それとも外したと思った瞬間、無意識に『変われ』と切り替えたのか?」
どちらにせよ、儂はまったく気づいていなかった。
「岩村。なぜ途中で変わった? 理由は?」
田中軍曹の低い声が響く。
――睨まれてる……これはヤバい。
「判らないんです。気づいたら、こうなっていて……」
正直に答えたが、軍曹の表情はますます険しくなる。
その時、データを手にしたカブレラ技師が面白そうに近寄ってきた。
「原因は脳への負荷だと思うぞ。しかし、実際に目で見るとここまで変わるのか……」
彼は腕を組みながら、しみじみと観察するように儂を見つめる。
「水沢といい、岩村といい。今年の新入生は面白い!」
「どういうことですか?」
儂は即座に問い返した。
カブレラ技師は手にしたデータ端末を軽く叩きながら、端末の画面を見せてくる。
「これは脳波を測ってた計測記録だが、攻撃を外した瞬間、脳の負荷――動揺と言ったほうが正しいかもしれんが、とにかく大きな乱れが発生している。そして、敵からの反撃が来るその瞬間、脳波が一気に乱れ、その直後に変化していた」
――脳波の乱れ?
まるで自分の意思とは無関係に、状況の変化に合わせて体が切り替わったような――
「つまり、驚きや恐怖が変化のトリガーになった……ってこと?」
水沢が横から口を挟む。
カブレラ技師は頷きながら、画面を操作し、データのグラフを拡大する。
「その可能性が高い。特に、攻撃を外した瞬間と、敵の攻撃を意識した瞬間に、通常ではありえない脳波の振れ幅が出ている。このピークの直後、お前の生体データが急激に変化しているんだ」
――ということは、今まで夜中に勝手に変わっていたのも、何らかの負荷や恐怖が原因だったのか?
今までは、ただの周期的なものだと考えていた。だが、もしも強いストレスや驚きがトリガーになっていたとしたら……?
儂の思考を見透かしたように、カブレラ技師が続ける。
「ただし、これは特例だと思うぞ。思考のみでの操作は、通常の操縦よりも負担が大きいからな」
端末を指でなぞりながら、彼はデータを確認しつつ言葉を選ぶように話す。
「試作の操縦システムが完成すれば、この問題は解決するだろう。思考負担が軽減される分、脳波の乱れも極端に下がるはずだ」
――つまり、今回のような変化は、今の不完全なシステムが原因で引き起こされた可能性が高いってことか。
ならば、今後の訓練次第でコントロールできるようになるのかもしれない。
「性別が変わるのは、恐怖や負荷が原因なのか……?」
儂がそう呟くと、カブレラ技師は軽く首を横に振った。
「違う。ここに計測シートで寝ていた時のデータがある」
彼は端末を操作しながら、画面に映し出されたデータを指で示す。
「これを見る限り、変化の瞬間に記録された脳波は、リラックス時や至福の状態に見られるものと酷似している。つまり――強いストレスや負荷によって変化したわけではない」
――リラックス? 至福の時?
そんな状態で、性別が変わるのか?
「これを踏まえるに、感情の数値が一定以上に達した時に、自動的に変化している可能性が高い」
カブレラ技師は腕を組みながら続ける。
「何にしても、まだデータが少ないから断言はできないがな」
儂は端末に映し出されたデータを見つめながら、混乱しつつも考え込んだ。
――負荷や恐怖で変わるんじゃなくて、感情がピークに達した時に勝手に変わる……?
今まで勝手に変わった時のことを思い出す……。
確かに、そうかもしれない。
誕生日、地震、その他もろもろ――自分の意志とは無関係に変わっていたタイミングを振り返ると、必ず何かしらのイベントが起こっていた。
寝ている時は、夢の影響なのかもしれない。
そう考えてみると、該当するケースが多すぎる。
――儂、気づけて良かったかも。
だが、安堵したのも束の間、隣から何気なく放たれた言葉に、脳内の思考が停止した。
「そういえば、小学校低学年の時、お漏らしした時に変わってたわね」
…………アキラ。
お前、何を言いやがる!!
なぜ今、このタイミングで儂の精神をえぐるような爆弾発言をぶち込むんだ!?
あの時は、まだ女性体での生活に慣れておらず、女子トイレに抵抗があったせいでオロオロしていた――
――思い出したくもない黒歴史を!!
羞恥と怒りで顔が熱くなるのを感じながら、儂は無言で水沢を睨みつけた。
「それ以外でも、幼稚園の時の肝試しで驚いて漏らした時とか、あと最近ではおねしょでも……」
「アキラ!! もういい! やめてくれぇぇぇぇぇー!」
儂は両手を振り上げ、全力で叫んだ。
なぜだ!? なぜ全部お漏らしの話なんだ!?
水沢の顔を見れば――こいつ、完全にわざとだ!!
九十過ぎの爺のお漏らしが、どんだけ恥ずかしいか!
自慢じゃないが、生前、死ぬまでシニアおむつは履いてなかったんだぞ!
それなのに――
それが転生して子供になったら……!! 屈辱的すぎる!!
「水沢……その辺にしてやれ。また男に戻ったぞ」
田中軍曹の冷静な声に、ハッとして自分の体を見る。
――確かに、戻っていた。
「これを見るに、確定のようだな」
カブレラ技師がデータ端末を見ながら頷く。
「水沢、他に何か話せることはないか? もう一度変化するか見てみたい!」
「止めましょう! これ以上は岩村の尊厳がなくなる!」
――田中軍曹! ありがとう! 儂、泣いてもいいよな!?




