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精霊流し  作者: 名夢子
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お精霊様

四十三


 町内会館の前には東京のTV中継クルーが既にいた。元婚約者は腕を三角巾で包むようにしていた。相当の怪我だったのだろう。その姿を見た町内会長は眉をしかめた。しかたがないじゃないですか、東京の人ですから。僕がそういうと、そういうもんかね、と町内会長は会館にどかどか、と入っていった。僕も、会館に入っていく。すでにビールが注がれたコップがテーブルの上を回っていた。

 他の曳手も、おそらく長崎の人間ではなく、元婚約者が連れてきた仲間なのだろう。しかし、周りの言動などから、精霊流しのしきたりを察知していた。こちらに来る前に勉強をしてきたのかもしれない。彼らは何も語らず、ただ黙々と儀式に従っていたし、船を回すときも僕らと力を合わせてくれた。彼らには礼を言いたい。僕の背中を見つめていた3番手と4番手の曳手を見つけ、ありがとうございました、とお辞儀をした。すると彼らも、持っていたコップをテーブルの上に戻し、よそからきた人間が失礼しました、と言う。

「いえ、皆さんの力がなかったら、うまくできませんでした。感謝しています。なによりお精霊様が、感謝しています。」

「そう言ってもらえると、ほっとします。何も知らずにきたもので。特に爆竹が足下ではじけるのは、びっくりしました。でもみなさん、平気じゃないですか。だから、こっちは必死で我慢していました。」

 確かに僕らの足は花火で小さなやけどが無数にある。そういう彼は頬のあたりを花火が触ったのか、ふっくらと水ぶくれができている。

「本当に、いい経験ができました。お精霊様でしたっけ、こちらが感謝しています。」

 僕は、先生との関係を話した。やっぱりそうでしたか、と言う。僕の顔を去年見たと。彼らは元婚約者と同じテレビ局勤めで、去年の篠沢先生の仲間が集まる会の様子を放送するため、編集したという。


 町内会長が、マイクを持った。

「えー、本日は、夕方からの船出にもかかわらず、進行を遅らせることなく、また怪我人も無く、無事にお精霊様を送り出すことができました。ひとえに、船作りから運営、本日の鮒出しに、参加された方々のおかげかと、お礼申し上げます。そして何より、喪主の皆様、お精霊様の良き船出ができましたこと、お喜び申し上げます。」

 頭を下げる会長に、ナイス!と声をかけた人がいた。どっと会場が沸く。当然怪我をした元婚約者への非難の笑いだ。

「時間が押し迫っておりますので、ビールで乾杯いたします。準備はできとりますか。では、本当に本日はありがとうございました。乾杯!」

「乾杯!」

 当然、僕はジュースである。そこにビールを注ごうとする船方。それを止める先導。笑いの渦が起きた。


 さて、もう帰らなければと思ったところで、先生の元婚約者がマイクを持った。いつの間にか入ってきたTV中継のライトが目を貫く。

「本日は、篠沢凉子の精霊船を出してくださいまして、元婚約者として、皆様にお礼申し上げます。」

 そう言うと深々と頭を下げた。おい、ここには先生以外の関係者もおらるっとぞ。

「私は元婚約者というような肩書きですが、実は凉子が亡くなる1週間ほど前に、婚約破棄を凉子から申し出されました」

 僕の頭の中に、あの時の先生の歌声が、か細く、でも凛とした歌声が、蘇ってきた。

 婚約者の向こう側の出入り口に加代の顔が見えた。加代は僕を見付けると急いで、人をかきわけて近づいてきた。

「僕たちが知り合ったのは、ちょうど凉子がパリから戻ってきて、東京で演奏活動を始め、僕が扱うテレビ番組の主題曲を演奏してもらうピアニストを探している時でした。一目で僕は凉子に惹かれてしまいました。」

 皆静かに聞いている。テレビカメラがゆっくりと僕たちの方を向いて、また元婚約者を見つめる。

「あの日、まさかこんな日が来ようとは思わず、僕は彼女を励ますために、入院している病室を訪ねました。がんばれよと言う僕に彼女は、『がんばるから。だから、あなたは、あなたの人生をがんばって。応援しているから』と言いました。僕には意味がわかりません。どういうことだい。早く退院してこいよ。そう言葉をつなぐと、彼女の方から別れを切り出しました。何を言っても別れると一方的に言うだけで、とりつく島もないのです。でも彼女が亡くなって、初めて彼女の意図に気が付いたのです。僕のことを思いやってくれたのだと。僕のためを思って、自ら身を引き、亡くなっていったんです。僕は、僕は、」

 泣き崩れる元婚約者の言うことを聞きながら、僕は拳を握りしめていた。震えが止まらない。加代が僕の右肘をしっかり掴んできた。加代、放せ。あいつは、先生ば辱めとる。あん馬鹿たれが、おいの先生のお精霊様を傷つけとると。

「わいに、先生の本当の気持ちを語る資格はなか!」

 小さく呟いたのに、静かな中、そこにいる人々に聞こえてしまった。一斉に僕を、多くの目が見つめる。

「あん時、先生が別れようとした理由を、わいは勘違いしとる。いや、勘違いじゃなか、いっちょん知ろうとしとらん。自分の事ばぁで、先生の気持ちに気づいてやろうとしとらん」

 泣いていた元婚約者が、眼鏡をかけ直しながら、僕を指さす。

「なんだね、君は。凉子の生徒だろう。」

「そんとおり。弟子ばい。」

「僕は今、亡くなった凉子が如何に僕のことを思ってくれたかを語っているんだ。邪魔をしないでくれ。」

「先生が、あんたのことを想っていたのは、その通りたい。じゃ、その想いにあんたはちゃんと応えてやったとか。応えとらんやろ。今日、転んでしもうたじゃなかか。」

「それとこれとは話が別だろう」

「別じゃなか。あんたはお精霊様のことばぁ、いっちょん、ぜんぜん想うとらんかった。だから罰があたったと。あっちにいけと。だから、おいは一番手をかってでた。一番の担ぎ手は、お精霊様の船出を支える役目ぞ。それをあんたは、怪我を理由に投げ出した。」

 元婚約者は憮然として横を向いている。もういいよ、この辺でやめよう、加代が小さく叫びながら泣き出した。涙が僕の腕に染みこんでくる。もういいよ。でも、想いがほとばしる。

「わい達は、なんでお精霊流しに爆竹や花火ば燃やすか知っとうとか。」

 地元の人間は、深く頷いている。

「それは中国文化を深く受け継いでいて、」

「わいの言うとるとは、知識やろ。そげなもんで、語るとは、馬鹿が馬鹿と言うとるのと同じやど」

「なに!」

 さすがに僕も言い過ぎだ。元婚約者は顔色を変えた。加代が強く、袖口を引っ張る。

「長崎は、昼間見れば、緑豊かな山林と海に囲まれた街たい。でもな、このお精霊様の出る、お盆はちがうと。朝早ようから、いろんなところで打ち上げ花火やら爆竹やらが燃えとろう。高く上がる煙ば、見たか?」

「ああ、見えたよ。」

「あの煙に、何を見たか?」

「おかしなことを言うなぁ、花火は花火だろう。打ち上げ花火」

「だからあんたは、先生の気持ちもわからんと。見たものを、それが何か知ろうともせん。あの花火は、煙は、亡くなった魂が、帰ってくる道、戻ってくる道、そして魂がこの世に移るための煙なんじゃ。今まで森だと思っていたところから、急に幾筋もの花火が上がる。あっちでも、こっちでも、長崎は狭い土地だ。だから折り重なるように墓所はできとる。そこから、この世に残された僕らは、必死で花火を上げると。ここに戻ってこんね。はようこんねって。そして、あっちに戻るとやったらゆっくり戻れ。寄り道せんで、ちゃんと戻れって。」

 目を潤ます町内会長。地元の者はじっと聞いている。気の良い東京の人間も、食い入るように僕の話を聞いているのがわかった。

「あんたの住む東京に、いやあんたの家の周りに墓所はあっとか。お盆に祈る人はどれだけおっとか。あんたはそれを見たことがあるとか?おいたちは、毎年、いや毎日のように見とる。そして知っとる。見渡せばすぐに墓所や。キリスト教の墓もようけある。石ころが埋めてあれば、それは墓ばい。誰とも知らん墓。墓もなかもんもようけおるとぞ。でもお精霊さんはおると。だから、祈る者がなければ、誰かが花を手向け、一緒に花火をあげるんよ。先生は、こんな街で育ったとたい。」

 僕の脳裏に大塚のじいさんがすうっと浮かんで消えた。あ、行ってしもうたとね。またね、じいさん。おいは今、おかしかことになっとるばい。止まらんと。

「そう、おいも、ここにいる地下もんは、そうやって、いつも祈りと共にあっと。一日も祈らん日は無か。その祈りが誰に捧げるかは、人それぞれじゃ。先生は、あの日、あんたに別れを切り出した日、決してあんたのことを想っていうたとじゃなかと!」

「何を根拠にそんなことを。凉子を侮辱するのは許せん。」

 元婚約者はこちらに向かってきた。加代がさらに強く肘をつかんだ。もう、ほんとうに、やめて。悲鳴のような声だ。うるさか、黙っとれ。もう止まらんと。

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