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精霊流し  作者: 名夢子
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転ぶ

四十二


 公会堂前では松露堂の会長と若社長が、こっちを見て大きく手を振ってくれている。船の反対側なので、黙礼しかできない。カズちゃん、男前やぞ、と大きな声で声援を送ってくれる。ありがとう、社長。そういえば、先生、ここのチョコレートが入ったショコラーテというカステラがお気に入りでしたね。レッスンに来る前に買ってきて、と時々頼まれました。ごめんなさい、今日は忘れてしまいました。戻ったら、お宅に届けますから。コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

 賑橋を過ぎたあたりから、周囲に観光客が目立つ。観光客は僕らに遠慮もなく、カメラを向けてシャッターを切る。フラッシュが周囲で、一斉にきらめく。爆竹も、ここぞとばかりに、派手にはじけ飛ぶ。耳を押さえる子供。泣きわめく赤ん坊。早く帰れ。お前らには関係なかろうもん。コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。


 中央橋を右に旋回すると、ここからが正念場の一つだ。小高い丘を一気に登るのだ。小型のエンジンが着いているとはいえ、大変な重量なのは間違いない。しかも途中で止まれば、お精霊様の恥となり、良い船出が出来ないのだ。途中で船が横転するようなことがあれば、喪主の責任は重大だ。これだけの木造船がひっくり返れば、周囲の人の大けがは免れない。

 前方を進んでいた船が一足先に県庁前に到着した。監査役が、駆け上がる許可を出す。赤い点滅するライトが円を描くように振られた。僕達は事前の打ち合わせ通り、船を一気に押し出した。重い、しかしゆるゆると進み出した船が、がたがた震えたかと思うと、徐々に速度を上げていく。ヤー、というかけ声とともに、数百メートルの坂道を駆け上った。飾り付けてある花や先生の遺影画までもガタガタと揺れていた。さぞ良い中継ができただろう。と思ったら僕の左手に、TV中継の人々が固まっていた。テレビカメラが僕の方を向く。

 この丘では忙しい。次は一気に丘を下る準備だ。下りの方が危険で、船の下敷きならないように、船の速度をコントロールする。大概怪我をするのは2番手だ。道の傾きが、船が右に曲がるようになっていて、2番手が足をもつれさせると、船腹に巻き込まれてしまうからだ。小さな船はゆっくりと曳手のペースで進めるが、この船ではそうはいかない。精霊流しのもう一つの見せ所が、僕たちが言うところの、この山下りだ。気合いを付けるために、周囲で爆竹がすごい勢いで鳴らされている。TVに映りたい輩が、勝手に持ち込んだ爆竹だろう。今まで以上にすごい。すでに監査役が何を叫んでいるかまったくわからない。おそらく怪我をしないように、いくつかの細かい指示だろう。

 目の前の坂が、すっかり誰もいなくなった。遠くで赤い円が見える。監査役が旗を振る。さあ先生、ようつかまっとってね。僕は船に押し出されるように、坂を一気に下っていく。船の振動が、体中に響いてくる。そのとき、船の向こうで悲鳴が上がった。何が起きたのか。しかし、船は止まらない。やっとのことで、大波止の交差点手前、文明堂の前で、船は停止した。

 僕は慌てて、船の右手に回ってみると、一番手がいない。三番手の男が、後ろを指さした。すると、右手を血だらけにした元婚約者が錫杖を突きながら、駆け戻ってきた。

「すみません。ころびました。」

 TV中継のライトが彼を照らす。はじけた皮膚から血が噴き出しているのを、町内会の人が消毒し、止血している。それらがすべてテレビに映っているのか。

「こんぼけが、なんしよっとか。一番手が転ぶとは、今の今まで聞いたことがなか。」

 叱ったのは町内会長だった。港町長崎では過去から、転ぶことはなにより忌み嫌われている。禁教であるキリスト教から仏教へ宗旨替えをするのを「転ぶ」という。船が転覆して、別の世界に行くこと、それが「転ぶ」なのだ。それを平然と「ころびました」と言うのは、恥を世間に晒していることになる、曳き手の地下もんだけが、お精霊様に手を合わせ、大失態を詫びた。元婚約者は、テレビのレポーターに、怪我をした様子を伝えているようだ。もう船が動こうとしているのに、一番手がいないのでは、船が出せない。たぶん、後ろが詰まり始めているだろう。僕は二番手の位置から元婚約者を呼んだ。叫ぶように。

「船ば出すぞ、けが人はひっこんどれ」

 その声に、地下もん達が笑う。僕の後ろの屈強な男達は、笑わない。僕はすかさず、先導の元にいる喪主である先生のお母様に言った。

「一番手ば、さしてもらいます」

 お母様は優しく頷いた。僕は曳手達に振り返ると叫ぶ。

「喪主様の了解ばもろうたけん、一番手変わります。」

「おーっ」

 一番手の位置は責任が重い。この後の左周りのきっかけを作らなければならない。爆竹の音で船が動き始めるのを気がつかなかった元婚約者。哀れだと思うが、しかたがない。先に行く者は先に行かなければ、後が詰まる。後が詰まれば、時間内に丘を登れないお精霊様も出てくるかもしれない。そんな不幸の連鎖を作ってはならない。篠沢先生のお精霊様の恥になるけん。コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

 大波止の左周りはうまく回れた。交差点の真ん中にある。赤いマークを軸としてきれいに、そしてあでやかに、先生の華麗なピアノの鍵盤さばきのように、くるりと回った。周りから拍手が自然と上がる。そして、また静かな進行をはじめる。コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

 錫杖を高く掲げて、突く、別のパターンにここから変わる。船泊、すなわち精霊船の到着地点が近いことを、知らせるためだ。ヨーイヨーイ。すると左手の歩道に父と母、そして加代、加代の両親、祐宗先生の姿が見えた。おお、加代、こげな所に先回りしとったか。父が、あいつ一番手やっか、と母に笑いながら言っているのが見える。そうばい、さっきそうなったと。母が頭を下げながら手を合わせる。加代の母さんと祐宗先生も同じように手を合わせている。ありがとうございます。僕は心の中で、礼を言った。先生、祐宗先生が来ておられますばい。そして、あれが僕の、そう僕らの家族です。コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

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