表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊流し  作者: 名夢子
34/46

三十四


 シュウちゃんが、また学校を休んだ。僕は事前に知らせられていた。今日は諫早の医師夫婦との養子縁組の日だ。市役所に届け出をした後、教会で祝福を受けるという。シュウちゃんだけの縁組みかと思っていたのだが、シュウちゃんはハウスにいる小学生の剛も一緒に養子に組み入れた。大切にしている弟ということでだ。剛は右足が不自由だ。傍目ではわからないが、走ると転ぶし、座ると立ち上がるのに時間がかかる。少し知恵も遅れているのかもしれないが、僕からは到底わからない。シュウちゃんは剛に同情しているわけではない。医師夫婦も手元に置ける子供が、早く欲しいと言っているそうだ。だったら、剛は気持ちの優しい子だから、打って付けだという。夫婦もシュウちゃんがそう言うと、乗り気になって剛も自分たちの子にした。

 今日、秀子姉さんとシュウちゃんは戸籍上、他人となる。まぁ、姉さんが修道女になった段階で、普通の人の住む世界とは違う精神世界に生きるようになってしまったのだから、いまさら戸籍がどうのこうのという話はないかもしれない。しかし、秀子姉さんは言葉では良いことを言っても、肉親としてはどうだったのだろう。少なくともシュウちゃんは苦しんでいたはずだ。

 担任が、朝一番に「峰は、今日は休みだ」と言った。誰かが、どうしたのか、と心配そうに聞く。今まで休んだことのない人間が短期間に続けて休むと、人は気にはなるようだ。

「峰から皆に聞かれたら正確に答えてくれと言われたとばってん、ちょっと俺にはうまく言えんな。おい、吉野が代わりに答えてやってくれ。」

 驚いた。どこまで話して良いのやら。

「峰が、お前やったら、きちんと話せるって」

「ああ、はい。たぶん。えっと、」

 僕は、担任が前に出ろという合図に従って、教壇の担任の横に立つと、ハウスの話、養子縁組の話をした。事実だけを伝えた。今日は、その養子縁組の手続きのため休んでいると。

「そいで、本当にシュウは良かったとか。」

 突然、岡が立ち上がって叫んだ。

「わいは、どう思うとっとか!」

 岡の詰問は、正直どう答えていいかわからない。

「おいにもわからん。でも、少なくとも、シュウちゃんは誰かに強制されるわけではなく、自らが選択したと思う。」

「それは違うやろ、自らが選択しなければならないように、自らを追い込んだとやろ、あいつは。」

「岡、もうよか。お前の気持ちは、」

 先生の遮る言葉も今日の岡には通じないぐらい、おかしい。

「おいの気持ちじゃなか、シュウの気持ちの問題たい!」

 そう言うと岡は、教室の壁を蹴った。ガラス戸が悲鳴を上げる。

 僕は皆に一礼すると、席に戻った。後ろの岡の鼻息がまだ荒い。単なる粗暴な人間かと思っていたが、内には悩めるものがあるのだなと、感じた。「養子縁組できてよかったね」という単細胞脳天気な人間ではないことは確かだ。

 授業が終わり、部活に行こうとすると、岡が近寄ってきた。

「今朝は悪かった。すまんけん」

「いや、お前の言いたかことは、おいも同じじゃ」

「そうか。じゃ。」

 この年になると、他人は他人という考えでついつい行動してしまう。幼なじみ以外はなんとなく一緒に絡み難い。特に岡はバスケット部でも実力者で、次期部長の声も高い。僕の知らないところでの岡は人望もあるのだろう。普段の行動も合わせて、僕は嫌な奴としか思っていなかった。しかし、今朝の一件と、今の態度で、少し好感を抱いた。


 部活に行くと、まだ誰も来ていなかった。明日は全日本合唱コンクールの支部予選の日だ。市内と周辺郡部の学校が明日、市公会堂に集まる。明日の予選は無難に終わるだろう。何も問題なければ。新人男子が思ったよりも頑張っている。それに刺激されて2,3年女子は気合いが入り、加代達のおかげで、パート毎の団結も良くなってきたからだ。

 僕は指揮台にスコアを広げて、棒を振る。そして自分で歌い始めた。まだ誰もいないが、そこに皆がいるように、指揮棒を振り続ける。

 がらりと扉が開いて、長島紀子が入ってきた。

「あら、ひとりで練習?」

 そう言うと、鞄を音楽室の隅の荷物置き場に置くと、自分の立ち位置に立ち、僕の指揮に合わせて唄を繋ぐ。紀子のソプラノは、いつ聴いても心が溶けていく。音楽室の奥行きがぐっと広がったように感じるのだ。

 廊下から加代と辻先輩、数人の女声陣の笑い声。がらっと開く扉。

「もう始まっとっと?」

 加代達は鞄を放り投げると、自分の位置へ。そして唄を繋ぐ。アルトとソプラノでもう女声2部の合唱になっている。曲はここからが盛り上がる、そこへ木田がやってきた。音楽室の扉が開け放たれているので、続々と部員達が歌いながら入ってくる。

 階段を駆け上がってくるのは、たぶん久保だ。すみません、と言いながらピアノの前に座り、伴奏をはじめた。ぴったりと合うイ短調。おお、よかよ、みんな。息の合うとる。そう、そこは張り上げないで、テナー。加代、大丈夫、聞こえとるよ、お前の声は。先輩のソプラノは、もう少し広げて。そうそう、久保、次は強く、粘るように。テンポあげて。そうそう。


 パート練習に移った時は、僕は久保と伴奏の練習だ。今日の合唱で気になった、アルペジオで川の流れを表現する部分だ。ペダルを踏みながら調が移行するので、導音の処理が問題なのだ。特に旋律音のソプラノが主導権を握っている空間で、音域の広いピアノの音が邪魔をしてしまうからだ。

「そこは、ペダルを踏んでいるから、あえてがんばってレガート奏法しなくても、よかとじゃなかか。ピアニシモ・ピッチかスタッカートでは。」

「うーん、よくわかんないよ。弾いてみせて。」

ああ、といって僕は久保と代わって、弾いてみた。まずスタッカートで、加速をするようなスタッカート、そしてピッチカート。すこしつまむように弾く。すると音が転がるように流れていく。

「ああ、そういう感じか。」

「ちょっと辻先輩呼んでくるけん」

 ソプラノの辻先輩を呼び、問題の箇所を歌ってもらった。

「どうでしょか。伴奏はこげな感じで。」

「さっきより、全然歌いやすかよ。美佐ちゃん、ばっちり。」

 辻先輩は美佐の肩をもむと、あと一カ所と、歌いにくいところを指摘する。気がつかなかったが、1年生が音をとりにくくなるらしい。現代曲にありがちな、不定和音の部分だ。すなわち無調。調性が無いので、前後の関係がわからなくなるのだ。ピアノと違って歌手は音の連なりと音場が重要だ。

 幸いというか、作曲者はそのあたりのことをよく考えており、不定和音の前に、旋律部の導音を含む和音を置いてくれている。そこを若干意識して伴奏してみることに。うん、それでいいかも、と辻先輩は言うと、久保にウィンクしてパート部屋に去っていった。

 すかさず久保は楽譜にメモをしている。そして、何度も繰り返し伴奏していた。出来上がると僕は指揮をしながら、歌う。久保も歌いながら弾く。何度かそういう練習をしていると、そろそろ部活終了の時刻だ。もう一度、全員が揃い。一度合わせてみる。

 伴奏も変わったせいか、スムーズに歌が出てくる。終わると、皆満足気だ。

「じゃ、今日はこれで終わりますが。明日は、皆さんよろしくお願いします。時間に遅れないように。それから、喉の調子も管理してください。今日は誰がなんと言ってもクーラーの下では寝ないように、かといって、暑くて寝られんかったぁ、というのもだめです。」

 みんなどっと沸く。

「今日は井沼先生が出張で、残念ながら見てもらえませんでしたが、明日はいらっしゃいますから、気合いを入れて。」

「はい!」

「解散!」

 ばらばらっと皆が散り始める。加代が一緒に帰ろうと言う。なんで、お前はバスで帰らんと、遅くなるぞ。そういうと、カズちゃんの家で母さんが待っているという。そうか、また掃除に来てもらったとか。お礼を言わんとね、と言うと、加代はにこにこと笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ