お前のいないところにそれはある
三十三
今年も平和記念式典は晴天に恵まれ、死にたくなるぐらい暑かった。珍しく総理大臣が来るというので、町中が警察官だらけになった。高所のビルにも警察官が配置され、見張られているみたいで薄気味が悪い。これまで総理大臣が来なかったのも、アナーキーな連中が全国から集まってくるからである。平和を叫びながら、糾弾する相手を探すたちの悪い連中だ。僕の高校にも、そういった輩は多い。
「平和を勝ちとるために、最後まで闘おう!」
おいおい、論理破綻しとるぞ。シュウちゃんが一度真剣にそういった連中と議論をしたが、議論にならない。オウム返しに同じ事言うだけだ。イデオロギー以前に、もっと勉強せろ、とシュウちゃんに一括され、泣き出す女の子もいた。彼らにはせいぜい平和の署名をする程度の頭しかなかと、とシュウちゃんが吐き捨てるように言っていた。
僕も平和活動にかぶれた時期もあった。戦争はしてはいかん、と真剣に考えた。加代にそういうと、私にじゃなく、今、銃撃戦をしている人に直接言ってこい、と言われて、はっとした。真剣に考えたのではなく、考えてみただけで、実現できないことを言っていたのだということに気がついた。平和は戦争しないこと、これはある意味正しそうなのだけど、現実とは大きくかけ離れている。「平和」と「戦争をしないこと」はイコールで結ばれることはないのだ。なぜなら平和自身の定義がきわめて難しく、それこそギリシャ時代からの課題なのだからだ。簡単にはいかない。一方戦争をしないことというのは、現実的だが、この現実論が、様々な形で拡大解釈されていく。そのうち、金儲けをしちゃいかん、だの、恋愛をしちゃいかん、本を読んじゃいかん、自分の意見をいっちゃいかん、そうなっていくのだ。
そんなことを考えて、総理大臣の話を聞いていた。だから、何をしゃべったのかさっぱり覚えていない。そういえば朝飯食べずにきたとおもっていると、僕たちが合唱する時間になっていた。すでにテレビ中継も終わり、あの総理大臣とやらもいない。あれほどいた警察官らしき人々もすっかりいなくなって、いつもの式場の雰囲気だった。
ここで多くの人々が死んでいったことは、わかっていてもまったく実感としてわからない。自分たちの同僚が収容されていた捕虜施設の上で、自分たちと同じ信仰を持つ人々の上で、原子爆弾を破裂させるという行為した連中。被爆した土地に視察団として入ってきて二次被爆した米国人や英国人。愚かすぎる。
僕らの出番が終わって、現地解散となった。僕はピアノを弾きに学校に戻ろうと考えていた。音楽室は冷房がある。歩き始めると加代が近づいてきて、紺色のトートバッグからサンドイッチを出してくれた。
「朝ご飯、食べてなかろ。」
「おお、サンキュー、もう倒れそうやった」
「やめてよ。ただでさえ、すぐ倒れるんやから。」
「おお、うまか?、さすが加代のかあちゃん」
「うちが作ったと!」
と言ったとたんに、膝蹴りを食らった。実に暴力的な女だ。
「戦争反対!」
もう一度、食らった。いてっ。
「学校に戻ると?」
「ああ、ピアノの練習せんと」
「美佐ちゃんは」
「知らん。なんも打合せちょらん」
「そう、ならうちが行ってもよか?」
「よかよか。とりあえず大歓迎たい。でも昼飯ばどっかで食わんと」
「サンドイッチじゃ足らんかった?」
「いや、加代は食べとらんやっか」
そういえば、そうかということで、学校の校門前の喫茶店に入って、二人してカレーライスを食べる。この店はうちの高校御用達のようなところで、先生も学生も気軽に立ち寄る。なにしろ授業中に抜け出して、油を売る強者もいるが、そこで高校野球を見ていた担任に見つかるという、どっちもどっちといった事態も発生していた。
音楽室で冷房を入れ、ピアノをまず磨く。特に鍵盤は念入りに、鍵盤は滑りすぎてもいけないし、滑らないのもよくない。表面の摩擦は、鍵盤をはじくとき、たたきつけるときに、タッチに影響する。
磨いた後は、椅子の高さを調節し、肩、首、腕、手首、指の順番で筋肉をほぐしていく。そして足の踏ん張りと腰の位置を確かめるように太ももの内側の筋肉を締める。すると、ぐぐっと背筋が垂直に立ち上がる。ピアノを弾くとき、僕は太ももの張り具合に気を配る。極度に緊張させてもいけないし、緩みすぎて腰が落ちてしまうのも良くない。この張りの力が、振り子の土台にバネを使って、いつまでも振り子が振動するようにしているのと同じ効果を腕から手首に与えてくれる。
そして腕を前に突き出し、ゆっくりと手首を下ろしていくと、ちょうど肘の位置が、股関節の付け根と平行になるようにポジションが決まる。肘は体の中心線にという先生もいるらしいが、僕は子供の頃からこのポジションだ。腕の長さや座高などで、決まってくると思う。問題は腕の重心をどこに置くかということだ。僕の場合手根骨群のあたり、手首の手のひら側のあたりにくる。だから、手のひらを平らにして弾くと、骨とそれにつながっている腱に負担がかかりすぎるため、若干手首を高めにする。
「いつもと同じやね。ずっと昔から、同じ動作」
「そうか」
「うん」
ということは、加代も僕のこの準備動作をずっと見てきたということか。
「面白かか?」
「うん。なんか、野球のピッチャーのごとある。」
「似とらんやろ?」
「いぃや、似とるよ。首や肩を回すところとか、足下を踏んでるところとか。」
「ああ、なるほど、そうかもしれん。同じ準備動作ばい。ピッチャーは片手でボールば、投げるとじゃなかけんね。つま先から始まった回転が足首、膝、腰、肩、肘、手首、指先ちゅうふうに、どんどん加速されていって、なおかつ自分の重心移動で高速回転の球ば、投げると。うんうん。確かに似とるばい。よかところに気がついてくれた。さすがたい加代は。」
加代も小学生の時には、僕と一緒にピアノを習っていた。しかしある日突然やめた。理由はわからないが、僕が練習しているときは、ほとんど側にいて、家に上がり込んで、おやつを食べながら聴いていた。時にはシュウちゃんやツカたちも混ざって、彼らが何かしら遊んでいるときも、僕はピアノを弾き続けていた。だから、僕の家はいつも友達だらけだった。母親が前日にケーキを買ってきたのをみると、翌日友達総勢を引き連れて家に帰り、母親を困らせることもあったらしい。
ウォーミングアップは終わったので、鍵盤一つ一つを確かめるように、打鍵する指や手首、腕の動きが潤滑油をたっぷり吸った機械のように、運動を繰り返しながら、微細な不具合を修正していく。手の甲の上にある見えない重心がすとんと指先に伝わる運動は、練習の基本だ。さらに伝わった力は、鍵盤がはじき返すかすかな力を元に、数倍ものエネルギーとなって手の甲から空中に解き放たれる。ここでの鍵盤へのアクセスを、僕たちはタッチと呼んでいる。鍵盤へのタッチが、繊細であればあるほど、良いのだ。繊細ということは運動とエネルギーの制御がきちんとできていることなのだ。
多くの人の場合、鍵盤を叩くことはできても、その反発力を指に感じることができない。いまだに流行っている脱力してピアノを弾かせる教室が多いが、一度その奏法のまねをしてみたことがある。合唱部にもそういった教育を受けてきた連中も多く、学ぶのは簡単だった。結果として脱力することで力を指先に集め過ぎ、指先自身の感触が鈍感になってしまい。つぶれた音しか出ない。
しかし、一方で腕の重みや重心をうまくつかうという点には納得がいった。今は入院している伴奏の松尾副部長とも、奏法の議論をしたが、やはり力を抜く、腕や手を緊張から解き放す瞬間がなければ、ピアノを響かせることはできないのだ。だから僕は打鍵時より鍵盤の反発を感じた瞬間に脱力する方法で、ピアノの音色をコントロールすることにした。やってみると、なかなか難しい。ピアノの鍵盤はすべて同じように見えるが、張られている弦の太さや長さ、ハンマーの視点と力点の距離、これらすべてが影響してきて、線形制御ができない。ましてやこちらも人間だから、一定した感覚の解像度があるわけでもなく、まるで多彩な球を投げてくるピッチャーを相手にしているバッターの心境である。
「音が太かように、なったね」
「雑に聞こえるか?」
「いや、そうじゃなか。太か。うーん、難しいね。なんて言えばよかやろか」
「自分のことじゃろが。」
僕はそう言うと、けけけと笑った。背中をぴたーんと加代は手のひらで叩いてきた。
「ぐはっ、絶対手の後がついたぞ」
「おかえし。足りんけどね。」
僕は、その間もせわしなく指を動かしている。機械的な音から、音階に変わり、退屈な音楽室にやっと音楽らしき音が響く。バッハがまとめ上げた平均律はやはりすばらしい。調性があるからこそ、僕らは音楽から気持ちを読み取ることができる。
3度、5度、6度、オクターブと音階を弾く指が増えていく。自由に調を行き来しているように聞こえるが、きちんと家族調の中での移調だ。
「そうだ」
加代が、わめく。
「音が力強く感じるんよ。」
ほう、と僕は思った。遅まきながら、僕もここにきて身長が伸びた。1年生の春から2cmも伸びた。筋力もついているのがわかる。ほぼ毎日朝起きて腕立て伏せを行い、学校には走ってくる。それだけでも、十分だろう。
一旦、音を止めた。
「加代、なんか歌うか」
僕は、加代を誘った。久しぶりに加代の歌声を、ソロでの歌声を聞きたい。
「うーん、何にしょうかな」
加代の普段の声は、どちらかというと高い部類だ。しかし歌声は、解放された声は、しっとりとしていながら、ふわりとまるくなって浮かんでいる雲のような声だ。ぎすぎすせず、嫌みのない、中性的な歌声を僕は気に入っている。井沼先生は色気がないと、アルト女性陣にいつも言ってはいるが。僕は、井沼先生の言う色気というものが、歌謡曲の歌手の情欲的な声のようなものなのか、それとももっと別のものなのか、よくわからない。加代の歌声が中性的で真っ白な感じだとすれば、確かに色はない。アルト女性陣が、概してそのような歌声なのは、加代の影響力かもしれないが。
加代が、楽譜室からドイツ歌曲集をもってきた。嬰ハ短調のこの曲は5度の展開が多く、アルトの声域では、真剣に歌わないと、ころんでしまう。テナーの唄だろこれ。
「声は?」
すぐに出せるのか、と聞く。
「ちょっとスケールさせて」
音階の発声をするので、僕は音をとってあげる。イ長調の音階を上り下りし、息継ぎの箇所を変えて、数回呼吸法を思い出すようにゆっくりと5度のアルペジオに移る。そして最後に一番高いところで、延びる。さらにバイブレーションを入れ、簡単に発声練習をまとめた。
「あいかわらず、出来の早かね。さすがやっか」
「へへ」
加代はにやっとした、その目に、いくよ、と合図を送ると、こくりと頷いた。
ドイツ語で歌う加代。両手を胃の前で組み、横隔膜の運動を自由にさせる。シューベルトの名作であるこの「さすらい人」はリュベックの詩だ。冒頭の重苦しさが、ずっと曲調を引きずり回している感じだ。大きな山を越えて、僕はやって来たんだこの土地へ。あえぎながら、探し回っていたのだ。僕が僕自身が安息できる土地を。
「O Land, wo bist du?」
探し求めているのだ、大急ぎで。その瞬間、また重苦しい空気に包まれる。そしてどこからともなく、この世のものとも思えぬ声が、
「Dort, wo du nich bist, dort ist das Gluck!」
お前のいないところに、その国はあるのだ、と全否定される。
加代は歌い終わると、満足げな表情だ。
「おい、暗かぞ。」
「でも、よか曲やろ」
「男声やっか」
「でも、でも、よか曲やろ」
「詩がようなか」
「え? 意味わからんもん」
「意味もわからず歌うな!」
と言って、僕はおしりをはたいた。座っていると、そこにしか届かないのだ。すっと加代は身をかわすと。
「こん、すけべが!」
と睨んだ。それを知らぬふりをして、
「よう、声の出るようになったね。よかよか。」
と言いながら、加代は僕の心の内側を歌ったのだと思った。同時に養子に行くシュウちゃんの心を。加代もシュウちゃんのことは気にかけていた。それで本当に良いのだろうか、と心配していた。良いかどうかなんて、僕らにはわからない。ましてやシュウちゃん自身もだ。そうだとしたら信じるしかないではないか。僕たちは安息の地を探しているが、それが本当の安息の地かどうかなんて、わかるはずがない。僕らは、まだその準備はできていないんだ。でもシュウちゃんは、準備はできていると言った。その言葉を信じるしかないんだ。なぁ、加代。
褒められた加代は、また僕の頭を抱え込んできた。おいおい、いいかげんにせんか。そのお前の胸の膨らみに、ちょっと気が変になるばい。と甘い誘惑の後、また耳をかじられた。
「ゴリっ」
うわぁといって飛び退くと、加代がまた、けけけと笑った。
「お前は、悪魔か!」




