連弾
二十一
ちらほらと会場に人が入り始め、照明が明るくなったので、練習していた僕はピアノを弾くのをやめた。それと同時に、進行を担当する人だろう、演奏者達を会場の隅に集め始めた。僕と久保は楽譜を持ってその輪の中に加わった。
全員といっても6人だが、演奏順番を確認した。皆、篠沢先生が亡くなる直前に仕上がりかけていた曲ばかりを持ち寄っている。でもそこに、篠沢先生が好みそうな、理知的でテクニックが満載の曲ばかりだ。そこに先生の何らかの意志が存在しているようで、僕はおもわずにやりとした。新曲は久保と僕だけだ。隣に少し緊張気味に立っていた中学三年生の女の子が、すごか、と口元でつぶやいた。僕はすかさずその子の耳元で、君もすぐおいつくよ、とささやいた。女の子はびっくりしていたようだが、それで、少し落ちつきを取り戻したような顔つきになっていた。
だいたいどのくらいの演奏時間になるのかと、進行者は聞きながらメモをとる。だいたい演奏自体で2時間弱を想定していたらしい。この会では食事もでるので、そういったことが念頭にあるのだろう。進行者は、久保に第1楽章だけでなく、他の楽章も弾けないかと聞く。久保は、練習してないから。と必死に拒む。僕のトッカータは10分ぐらいのわりと長い曲だ。ただし単曲なので、膨らませることはできない。あっと思って僕は提案した。
「僕の曲を削って、久保のヴァルトシュタイン第2楽章のイントロドゥツィオーネを僕が弾いて、アダージョとロンドを二人で連弾するというのはどうでしょうか」
「ああ、それいいかも。」
と割って入ってきたのは祐宗先生だった。でも久保は大慌てだ、
「連弾できないよ、だって楽譜見ていただけで。弾いてないし。」
祐宗先生は、笑いながら、
「だったら、それで十分よ。カズちゃんがレフトハンド、えっと、久保さんだったわね、あなたがらライトハンド、アンドペダリング。どうそれで?」
「やっぱり、やめましょう。僕が別の曲をもう一曲弾きます。時間が来るまで。」
「だめだめ、初見をこういったところでやるなんて、なかなかそんな機会ないのよ。ファースト・インプレッション、ファースト・タッチ。音楽の基本なんだから。」
そう言われても、久保は乗り気ではない。あたりまえだ、初見をこんな人前でやれるほど僕にもそんな度胸はない。悪いこといってしまったと猛烈に反省した。その時、
「わかりました、やります。」
久保は、宣言した。
「吉野君がリードしてくれるならできると思います。」
祐宗先生は、久保に向かって大きな拍手で、その思いを讃えた。
「さて、吉野君。久保さんがこうやって度胸を見せたわ。さっきのしまったという顔は帳消しにして、しっかり久保さんをリードして、音楽を作ってよね。いい。わかったかしら。」
うぁ、きつい言い方。中学時代の恐ろしい先生を思い出した。
「は、はい。わかりました。」
これで、進行の打合せは終わった。すでに会場はほぼ一杯だ。指定された席に座った。そして隣に久保が座るとき、そっと僕の手の甲に彼女は触れてきた。そしてじっと僕を見る。
「大丈夫だよね」
目がゆらゆらとゆれてやはり不安そうだ。あのとき宣言した自分を後悔しているのか。しかし、ここであきらめてしまっては篠沢先生にもうしわけない。そう、最後のレッスンの日、先生が僕に、
「久保さんのこと頼むわね」
と言い残していたんだ。
「ああ、大丈夫だ。ファースト・インプレッションを大切にいこう。」
そういって、久保の手を、手のひらで握りしめて握手のように力を込めた。久保が合図するかのように握り替えしてきた。そして、僕たちは見つめ合ったまま、うなずいた。よし、いける。
ベートーベンのピアノ・ソナタ第21番ハ長調作品53は「ヴァルトシュタイン」伯爵に捧げられた曲である。若きベートーベンがハイドンのもとで学ぶためにウィーンに移り住む際にバックアップした人物こそヴァルトシュタインだった。この曲はパリのピアノ製作者エラールから送られた、大きな音量と表現力をもつ最新式のピアノのために作られた。「熱情」ソナタも、このピアノで作られた。だとしたら、今日の会場にあるコンサートマスタータイプのピアノは、まさにうってつけなのかもしれない。
ヴァルトシュタインには第3楽章がない。本来あった第2楽章アンダンテが長すぎるといって削除されたのだが、あまりにもすてきな曲であるため、独立している。果たして第3楽章だったものが第2楽章に昇格したのだが、こちらはオーケストラの演奏を彷彿とさせるものだ。序奏を持ち数多くのテーマが次々とやってくる。楽譜自体は簡単に読めるし、弾くのもたいしたことはないだろうと思うのだが、いざ弾き始めると、きわめて難曲だということを体が知る。
僕はこの曲を中学3年生の時に祐宗先生から習った。たぶんひと月で1曲が完成したと思うのだが、多くの点で不満が残った。だけど先生は、「この曲は一生悩む曲ね」というと次の曲に進んだのだ。そして高校生になり、篠沢先生に代わったときに、最初に弾かされたのがこの曲だった。いきなりの指示で、戸惑いながらも弾き終えると、「まだ、こなれていないというか、堅い感じがするわ」と、そこで終わった。だから今日の演奏が、僕にとって、篠沢先生に聞かせる最後かもしれない。
久保が必死に楽譜と格闘している。自然と動く右手が小さくて華奢だ。
最初に篠沢先生のお母様が、入り口付近の司会進行者の横に立って、今回の集まりへのお礼を述べられた。久しぶりにお顔を拝見したが、元気そうでほっとした。
乾杯のあと、僕ら弟子は甘ったるいオレンジジュースだったが、それをきっかけに会場がざわざわとし始めた。辺りを見回すと先生と同年代の人が多い。同窓生なのかもしれない。
司会が、篠沢先生のお弟子さんによる演奏を披露します、と言って最初に弾く、小学校6年生の男の子を紹介した。曲名は紹介しないところが、発表会などとは違うところかもしれない。曲によってはこの会の主旨とは異なるものもある、とくに3番目に弾く子の曲は「悲愴」だ。まぁ、どの曲もポピュラーなだけに、音楽関係者は知らないはずがない。だから、曲名紹介は不要だ。
男の子はベートーベンソナタ月光の二楽章を弾き始めた。子鹿が木漏れ日の中で行ったり来たり、草を食んでは、また飛び回る。和音のタッチが絶妙で、ばらけることがないので響きが混濁しない。もっと彼のピアノを聴きたいと思ったほど、あっという間に終わった。




