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精霊流し  作者: 名夢子
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蝶々夫人

二十


 篠沢先生の仲間と集う会は、まだまだ夏が名残惜しいと言わんばかりにアブラゼミがざわざわとわめいている中行われた。なんと祐宗先生がロンドンから帰国して、会場の受付をしていた。おもわず叫んだ僕を見て、先生は座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がり、「カズちゃんっ」と抱きついてきた。先生がこんなにもか細い女性だったとは。先生の背中に回した手が空に浮いているのだ。

「先生、帰っていらしていたなんて、知らずにすみませんでした。」

「いやいや、いいのよ。今朝方ついたの。上海経由で、朝一番に。久しぶりの長崎。それにしても凉子ちゃんが亡くなっていろいろ大変だったわね。」

「いえ、別に。僕は何もしていませんから。篠沢先生のお母様が、いちばんきつかったと思います。」

 僕は、篠沢先生が祐宗先生のピアノに負けないようにがんばっていたという話を思い出した。その友人が、いやライバルがこうして、この場にきている。うれしいのだろうか、それとも悔しいのだろうか。

「そうね。あなたの言うとおり。ところで、そちらのお嬢さんは?」

 久保を紹介し、二人で今日のためにレッスンをしてきたことを打ち明けた。

「そう、じゃ凉子の分まで、しっかり聴くから。月並みな言葉だけど、心を込めてね。あ、吉野君は自分を見つめてね。」

 はい、と僕らは同時に返事をして、受付に名前を書き、今日の会費を支払った。高校生なのでたいした金額ではない。むしろ主催する先生のご家族の負担は大きかろうと、久保と話をした。

「あの『自分を見つめて』って、どういうこと?」

 久保が不思議そうに聴く。

「ああ、あれはちょっとした僕へのおまじない。あの人は中学時代に習っていた先生なんだけど、中学の頃はピアノを弾き始めると、我を忘れてしまって、先生が途中で何を言っても、聞く耳をもたない子だったんだ。それで、あの言葉をもらったときから、不思議と自分のピアノを客観的に聴くことができるようになって、先生の言うこともちゃんとできるようになったんだ。自分でもようわからんけどね。どうしてそうなったんかは。」

 ふうん、と久保は言うと会場の雰囲気を確かめるように、薄暗い部屋を歩き回った。まだぽつりぽつりとしか人は集まっていない。小ホールの中央に円形舞台があり、そこに真っ黒のグランドピアノが置かれている。コンサートサイズだ。このホールでは、響きが大きくて大丈夫だろうかと心配になった。このピアノを取り囲むように、これまた結婚式場でみかける円形テーブルが置いてあり、テーブル中央にフラワーアレンジメントがさりげなく置かれている。椅子それぞれに名前が書いてあり、そこに座われということだ。

「まだ時間がはやいから、弾いていていいわよ。」

 祐宗先生がホールの入り口で僕らに手を振った。はい、と言って僕と久保はピアノに向かった。そういえば、演奏順番ってどうなっていたっけ。我ながらのんきなものである。それを察知したのか、久保が、

「吉野君は最後。その前が私。」

 ええ、祐宗先生はどうするんだ、と思って先に受付でもらった式次第を見ると、祐宗先生の出番は友人代表の挨拶だけだった。少し驚いていると、久保がヴァルトシュタインの出だし、そう彼女の場合は天使の行進を弾き始めた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 久保は思っていることを言えたのだろう、すがすがしい顔をしていた。しかし、つらい境遇だなと正直、聞いたこっちが参っていた。久保の母さんとは電話で数回話をした程度だ。なんとなくよそいきの感じがしたが、東京の人だからだろうと思っていた。それだけではなかったらしい。

 南山手のこの丘には、僕たち長崎人はなかなか遊びにくることはない。ただでさえ、観光客がひしめく小さな町で、道を聞かれ、知らないというと、がっかりされる。僕らは観光ガイドでもないし、歴史研究家でもない。ただの音楽を愛する高校生なのだ。ただ、世間一般の人も観光客もしらないような裏事情は、それなりに言い伝えられている。

 たとえば、このグラバー園の名前となったトーマス・グラバーには日本人女性との間に兄、妹の子がいたこと。その兄、倉場富三郎は長崎に原爆が落とされた後自殺し、その遺産はすべて長崎の復興のために使えと遺言したこと。ドイツ人医師シーボルトが、何度も来日し、娘をもうけ、その子が弟子らとともに医学を学んび、本当の日本の女医第一号だったということ。

 などと思索にふけっていると、久保が池の先の方から僕を呼ぶ。

「何度も呼んでいるのに。気がつかないなんて。もう」

 と怒っている。

「カズちゃん、ってせっかく呼んだのに。」

 え、今なんていうたか。久保が僕の名前をよぶなんて。

「なんか、照れくさか。いままででよかとに。」

「いや、これからは、こう呼ぶからね。私の大事な秘密を知ったんだから。」

 知ったのではなくて、久保が話したんじゃないか。

「だから、私のことは美佐って呼んで。」

 なんだか、押しつけられている。と思いながらスロープを下りていくと、有名な蝶々夫人のレリーフが飾られた小滝の前に出た。

「えっと、これがかの有名なプッチーニの歌劇、蝶々夫人の一場面であります。」

と観光ガイドのふりをしながら言ってみるが、その先が続かない。

「三浦環だったよね。あ、ここに書いてある。」

久保は説明書きを見つけたらしく、口に出して読んでいる。

「蝶々夫人に出てくるお坊さんっておかしいよね。悪魔になっちゃってるものね。」

「しょうがないさ。クリスチャン視点の作品だもの。」

久保が、蝶々夫人が歌う「ある晴れた日に」をくちずさんだ。アルトの声域なのに、ハミングだとソプラノ域まででるのか、この娘は。

「コールユーブンゲンは、覚えた?」

「だいたいね。ソルフェージュ、初見で使われるっていうから覚えているけど。私緊張すると声が震えるから、そっちのほうが問題かも。」

 ソルフェージュは、一般的に楽譜を読み理解し、音楽として表現するための一連の理論のことで、実技としてリズム、読譜、初見での演奏、もしくは歌唱、楽典理論、語学というのがピアノを習うときのセットになっている。僕はピアノが主体だったけれども小学生の頃は歌も歌わされていた。一時バイオリンも触らされた。聴音の訓練なのだろう。もちろん久保も東京にいるとき、そのような訓練を受けていたという。

「同じだね、カズちゃん」

「ああ」

 なんとなく、久保が僕の名前を呼んでくれることになれてきた。この高校を出るまでは音楽をともにするのだ。

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