死
十三
篠沢先生が亡くなられたことは、久保から聞いた。亡くなられたばかりなのに、もう葬儀の手配の話だ。僕ら弟子は総勢30人にもなるらしい。年長者が僕と、久保なので、小学生は別として、中高生でできる手伝いはしたいと考えた。まぁせいぜい出来たとしても、会場案内の立て札を持つとか、来訪者の接待あたりだ。そして僕の頭によぎったのは、お精霊様はどうするのだろうということだ。先生のお父様はかなり前にお亡くなりになっている。親戚にも男手はなく、業者に頼むにしても精霊船を作るのは物入りだ。新盆を迎える多くの家では、この時期、既に精霊船製作に入っている。どうしたものかといろいろ考えることで、僕は先生の死から遠ざかろうとしていたのかもしれない。しかし、何もかもが、面倒くさくなってしまった。だから、その日は、学校では、ほとんど口をきかなかった。僕が始終黙っているので、体調でも悪いのかと担任が心配するぐらいだった。もちろん体調はまったく問題ないし、逆に頭が冴え渡っている。その一方で、僕は先生が亡くなったことをどこか疑っていた。先生はいったいどんな気持で死んでいったのか。あの日、歌っていた歌の題名、調べましたよ、先生。「ラスト・ダンスは私に」ですよね。先生が踊りたかった人を、先生は、たぶん、振ってしまったんですよね。なして、そげなことをしたとですか。たぶんあの人は、先生の婚約者っていう人は、先生のことを愛していたとでしょう。だったら、終わりにすることはなかったと思う。先生は、自分が死ぬことを知っていたとですか。だったら、なして。
僕は、目の前で行われている授業を、黒白のスローモーション映画を見るように眺めていた。すると耳の奥で、先生のか細い、涙にぬれた歌声が、よみがえってきた。先生の声、一粒一粒が、僕の「なぜ」を溶かしていく。あまりにも深い思いに、僕はどうしようもなく、体も心もコントロールできなくなって、机の上に突っ伏して、泣き出してしまった。そして、そのまま気を失った。
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シュウちゃんの頭脳プレイで金村先生が撃沈し、チャイムと同時に無言で立ち去ったのを見て、僕はむしゃくしゃしていたことが、すっかり消えてしまった。
「ナイス、シュウちゃん」
僕は彼の机の側にいくと、そういって彼の机をコンコンと小突いた。
「あんな奴に数学を汚されたくないからね。」
「はは、さすが」
「おちょくらんといて。当然のことやからね。それよか、カズちゃん次の席順決定試験の準備はできとると?」
忘れていた。うちの学校では毎月はじめに1回何らかのテストがあり、その点数でクラス毎の座席順位が決まる。学科、出題範囲など全く知らされないまま、学年毎に全員同じテストを受けるのだ。明日が新入生入学式で、明後日が全学年で座席順位決定戦である。うちのクラスならば、シュウちゃんが今座っている廊下側の先頭から、窓際の最後尾までのどこかに僕の席が決定される。したがって、最低でも今の座席をキープするか、右もしくは前にいきたいものだ。しかし、準備も何もしていない。部活のことで頭がいっぱいだった。
「あのさ」
「なんや」
僕は井沼先生が僕を伴奏にと思っていたという事を話した。すると、
「そりゃ、なかろ」
「なして」
「誰が考えても木田の指揮はなか。歌はうまかとはよく知っとうけど、リズム音痴やけんな。むりむり。きっと井沼先生は、お前の決心を探ったとやろ。」
「そげなこと、」
「あるにきまっとるやろが。お前の気持ちが決まっとるかどうか、確かめたとさ。おいやったらそうする。次期指揮者と思っていた人間がいざ、そうなったときに本当にそいつでよかか、確かめたくなるやろ。」
シュウちゃんの言葉で、救われるような気持ちだった。しかし、あのとき僕は井沼先生の前で、たぶんうろたえていたはずだ。でもまぁ、しかたがない。指揮者をやるという決心は、今のシュウちゃんの分析のおかげでついた。
「ありがと。感謝するばい。」
「はぁ、なにを? 今日からしごくけんね。」
「え、なにを?」
「こん、ばかちんが。テストのことやろが!」
僕はシュウちゃんにおもいきり頭突きをくらった。




