【7話】(元)王様と世界
いやぁ、本当に困っていたんだ。相方というか、そんな感じの人が居たんだけど。この森に着いて直ぐに一人にされちゃってさ。村や町とかも無いし、食料も補充しなくちゃなって話していたのにだよ?
勿論、俺も流石に無理だって言ったんだけど…酷いんだよね。俺の首根っこを掴んで「知るか」って森に投げ込まれてさ。
え、あぁ。まだ俺は動物の解体作業になれていなくて。他の人よりもちょっとだけ力持ちで、それの所為で力加減が難しいんだ。
モンスターを倒すとかなら、思いっきり出来るけど…お肉にする時は、皮とかさ?
ちょっと、そういうのは苦手でまだまだ。本当にまだまだ練習中なんだよ。
あ、ごめんね。俺の名前はケイって言うんだ。
と、冒険者のケイは、私達からグエンお爺ちゃんが丁度良い所があるからと案内している中で、盛大にお腹を鳴らしていた為に。ちょっと黙れ、と渡されたルエの実を嬉しそうに口に放り込みながらも話してくれた。
今までの人生で彼は、口に食べ物を入れている時は喋るなと教わっていないのだろうか。
「でも、本当に良かったよ。主は倒せたし、君達を助けられたし。俺も助かったしね!」
グエンお爺ちゃんの背中に背負われている私に、ケイは食べ終わった空の袋を握り締めて満面の笑みを浮かべた。それと同時に、通算三回目の文章が記載された画面が私の目の前に現れる。
《ラグ・アルグートの討伐》に失敗しました。
対象を倒したケイの討伐に変更致しますか?
《はい》《いいえ》
私に死ねと?
「私こそ、助けて頂きまして…本当に、ありがとうございます!」
「え?いやいや…元気だね。将来は有望だよ、お嬢ちゃん!」
画面を垂直に憎しみを込めて、私が手を瓦割りの要領で真っ二つに霧散させると、ケイは最初は不思議そうに瞳を瞬かせたが力強く握り締めて、握手。軽く痛い。
いや、結構痛い。
然り気無く、私が手を離そうとしているのに、ぴくりとも動かないケイとの握手に私は苦労している背後からクリスが歯軋りが聞こえてきそうな程の形相で繋がれている手を睨んでいる。
正直言えば、精神的年齢はこの中ではグエンお爺ちゃんの次に高いと思うけれど、肉体年齢はたったの五歳児だ。ラグ・アルグートとの一連を終えて、緊張の糸も切れて眠ってしまいたい。身体の節々が悲鳴を上げている為に、眠気には何とか勝てているが。
「ねぇ、ケイは稼げるから冒険者になったの?」
「え?いや…むしろ、上に行かなきゃ大金持ちにはなれないよ」
「…そぅ。やっぱり、カモにする対象か」
ユナちゃんが未だに涙目のハロン君の手を引いて、ケイに真剣な表情で尋ねる。それに彼は苦笑して返すと、ユナちゃんは直ぐに興味を失ったのか、恐ろしい事を呟いた。
ユナちゃんの将来が恐ろしいです。
ケイはユナちゃんの言葉に首を傾げたけれど、聞き返すという事は懸命な判断で行わず。まだ空腹感を覚えているのか、お腹を片手で摩りながら前に顔を向ける。
「まぁ、俺が冒険者を目指した切っ掛けは、色々とあるけれど…何と言うかな。見てみたいって思ったのが一番かな」
「見て、みたい?」
瞳を細めるケイの言葉に、私が反応する。
「うん、世界を見てみたいんだ」
「モンスターとかさっきのとか、危険が一杯じゃねぇか」
「だけどさ、勿体無いだろ?」
噛み付いたクリフに、ケイが気にした様子も無く尋ねる。それに対して、クリフは鼻を鳴らして彼から顔を背ける。
「わかんね。だって、大きくなったら家庭持って、家族を守るのが男だろ。旅に出て、死んだら終わりじゃないか」
「…まぁ、それ言われちゃ…ね」
ケイが困ったと頭を掻いて、その後に指を一本だけ立てる。
「一つ、空に浮かぶ天の都。話によると、その都はとても大きくて美しく、そして辿り着く事がとても難しい。だからこそ、冒険者の目指す目標になっている」
ケイの言葉に、私は一瞬。一瞬だけ、息が詰まった。
それは、私の国を思い出したからだ。だけど、ケイは二本目の指を立てて笑みを深めた。
「二つ、この世界には沢山の綺麗な景色がある。有名なのがラノーテルの聖地。竜の信仰が高いラナティ連邦国の王都の奥。そこに存在する海底神殿だ」
「シャーデさんが前に話してくれた、竜の血を引く部族の国よね」
「そう。10年に一回だけ、その聖地に資格を得た者が入れるんだけど…俺は、行けなかったんだよね」
ユナちゃんの言葉にケイは嬉しそうに頷いたが、直ぐに肩を落として「後、10年は待たなきゃ」と笑った。
「魅せられたのか」
「そうですね、メロメロです」
小さくぽつりと、グエンお爺ちゃんが呟いた。それは、まるで。昔を思い出して、ケイの感情に共感している様に。それにケイも何度も頷いて、少し誇らしげだ。
「お爺ちゃん、魅せられたって?」
「…世界だ」
世界に、魅せられる。
お爺ちゃんの言葉に、皆が口を閉ざす。草や土を踏みしめる音がする中で私は、お爺ちゃんの言葉に考える。背中越しに見えて来る、木々の終わりと共に青い空が緑の葉の影から広がった。
「…わぁ!」
最初に、声を上げたのはハロン君だった。彼は初めて、であろう。手を引いて貰っていたユナちゃんを逆に小走りで引っ張り、広がった世界へと駆ける。
その世界は、高い崖を背にして円形に大きく広がった湖だった。光を受けた湖は太陽の光を受けて私達の瞳にその水の透明度を示す様に煌く。水のせせらぎの音が静かに空間に広がり、その音を辿れば崖の中心部から水が湧き出て湖へと流れていた。
「すげぇ!ガリガリ、魚!魚が沢山泳いでるぞ!」
「えっ、嘘!?…ッ」
クリフもはしゃぐハロン君とユナちゃんの傍へと駆けつけて、一緒になって湖の中へと顔を覗き込んで私へと興奮した様子を隠さずに両手を振って言う。その言葉に、私は見事に釣られてグエンお爺ちゃんの背中から降りようとしたが、急に身体を動かした事で全身に痛みが走り、再びお爺様の背中へと戻る。
そんな私の為か、グエンお爺ちゃんが三人の傍へと歩み寄って、そっと私を降ろしてくれた。
「ありがとう、お爺ちゃん!」
「おー、凄い透明!って、綺麗な魚だ!」
「え、何処!?」
お礼に無言で頷いて、腰を下ろしたグエンお爺ちゃんに頭を撫でられながら、私はケイの言葉を聞いて湖の中を早速覗き込む。
湖はとても深く、けれど澄んだ水のお陰で湖の底まで見えている。その水の中では、赤や青の水草がゆらゆらと、風に吹かれる様に穏やかに揺れて隣から「あれ、薬草だった筈」との金の亡者候補の声が聞こえた。
その水草の傍で私達からでは小さく見えた魚が、此方へと泳いでくる。どんどん、近づく程に小魚と思えない程。大人の腕位の大きさになった魚が、湖から空へと飛び出す。歓声や驚いた声が私の耳に聞こえたが、私はその魚の美しさに見とれて、声を忘れてしまった。
その魚は銀の綺麗な鱗が太陽の光に、金色へとその鱗の色を変化させて輝き。水色の背びれと尾びれの端をヴェールの様に、ひらひらと宙に躍らせて水の世界へと帰る。
知らな、かった。
こんな場所も、あんな魚も。
もう、何年もの間『どちら』であっても。
私は、知らなかった。
「少年、これが俺が冒険者を目指した理由だよ」
ケイがクリフへと自信に満ちた声で話し掛ける。
「こんなにも、世界は面白くて美しいんだ。これを見なくちゃ、勿体無いだろ?」
「…まぁ、確かに」
「よし!」
クリフが少し不満そうにケイの言葉を認めたが、彼は拳を握り締めて年相応の幼さを見せて喜んだ。
その隣で、グエンお爺ちゃんは。
「…魅せられたか」
湖では無く、空の果てを見上げた私を見てまた呟いたが、今度は誰にも拾われなかった。
見てみたい、この目で。
行きたい、この身体で。
生きたい、この人生を。
「…冒険者…」
私は自分の掌を見下ろして、ゆっくりと握り締める。骨と皮だけの手は白くて脆く、頼りない。
鍛えなければ、そう心の中で決意して私はケイを横目で見る。
確かに、この世界を見に行かなければ。
勿体無い。勿体無い?
違う、嫌だ。
この世界の、見ていない部分をこの足で歩いていきたい。
「ねぇ、ケイ。良かったら、泊まって行ってよ。明日にはシャーデさん…商人が、帰るからもしかしたら、一緒に乗っけて貰えるかもしれないよ」
「本当!?それは助かるよ!此処から歩いて王都に戻るの、考えたくないなぁって思っていたんだ」
「はぁああああっ!?」
下心満載の私の提案に、ケイが喜ぶ。それに私は笑顔で頷いて、クリフの叫びが森に木霊した。
勝負は、今夜。
私は、この世界で生きる為にまず得なければいけないのは。
今も昔も変わらない『力』だ。
私は、あまりにも弱すぎるから。
目の前に現れたデジタルパネルの文字に、私は静かに人差し指を伸ばして触れた。
次回、(元)王様の夜這い大作戦…?
ちょっと、修正いたしました。