16.ハンナ:ユキ
「ケイは娘に会えたの?」
ポールからユキの話を聞いて、ハンナは胸の鼓動が高鳴ったままだった。
戦争を止めるために、ユキは敵の拠点に乗り込んだ。敵の兵士をあっという間に取り押さえた。ユキは強くて、かっこよかった。ハンナとは何一つ似ていなかったけれど、ユキが先祖で誇らしかった。
「会えたよ」
「じゃあ、戦争は終わった?」
「ああ。戦争の原因になったケイが生きていたからね」
戦争が終わったのに、ポールは浮かない顔をしていた。
「何か問題でも?」
「犯人は夫だった。娘が戻ってケイは喜んだけれど、夫に裏切られたことを知ったんだ。後味が悪かったね」
ポールの眉間にしわが寄った。
夫はヴァルミレーン王国に残した両親を人質にとられ、娘の誘拐に協力せざるを得なかった。やむにやまれぬ事情があったとしても、ケイは最も信頼していた夫に裏切られた。その精神的苦痛は大きかったはずだ。
その後、ケイは夫と離婚し、王族を離れた。娘はケイが引き取ったそうだ。
「母と娘の二人家族。私と一緒だね。二人は幸せに暮らせた?」
「幸せに暮らしたよ。ヴァルミレーン王国が二人を援助したから、経済的にも問題なかったしね」
「よかった」
ハンナは胸に手を当てて深く息をついた。
「お母さんと暮らすのは楽しい?」
「楽しいよ。うちには援助がないから、贅沢はできないけどね」
ポールは「ねえ、教えてほしい」と言いながら頭をかいた。
「なに?」
「ハンナの大切なものは何?」
突然の質問に戸惑ったハンナは「お母さんかな」と苦笑いした。
もちろん、他にも大切なものはある。学校の友達も大切だし、村のみんなも大切だ。
「ケイの夫も、娘が大切だったはずなんだ。なのに……」
「どちらも大切だったんだよ」
「どちらも?」
「うん。娘も両親も」
ポールは長いため息をついた。
「人間は大切なものを守るため、別のものを犠牲にする」
娘も両親もどちらも大切だったはずだ。でも、夫はケイと娘よりも両親を優先した。大切なものに優劣をつけた。それが許せないのだ。
ポールは遠くを見た。人間の裏切り、騙し合いを長年見てきた、そんな虚ろな表情だった。
「ユキはポールを裏切った?」
「いや。ユキは裏切ったりしない。僕との約束を守ってくれた」
ユキのことを話すポールの顔は穏やかだった。
「ユキはこの世界の人じゃなかった。でも、この世界の人を助けたんだね?」
「そうだよ。貧しい人を助けた。戦争孤児が住める場所を作った」
「ユキは元の世界に帰らなかったの?」
「何度かは戻ったよ。でも、ほとんどはこの世界にいたね」
ユキはヨシハルを送り届けた後、この世界に戻ってきた。ポールが理由を尋ねると、「あなたを一人にしたら、かわいそうでしょ」と言った。ユキの知識はこの世界の発展に貢献したそうだ。
「ユキは不安じゃなかったのかな?」
「不安だったはずだよ。でもね、ユキは『なんくるないさ』って、いつも言ってた」
「どういう意味?」
「なんとかなる、って意味。ユキの父さんの口癖らしい」
ポールの口元は自然にゆるんでいた。
ハンナの前には人類を滅亡させる兵器がある。ユキはなぜこの兵器を作ったのか?
「ユキはこの兵器を使ったと思う?」
ポールは四角い金属の塊を眺めながら、首を横に振った。何を見ているのか気になったハンナは、ポールの持つ端末を覗き込んだ。
それは、黒髪、切れ長の目をしたハンナによく似た写真だった。
「それ、ユキの写真?」
ユキが遠い先祖だとしても、あれだけハンナと瓜二つのはずがない。
ポールは、ユキをハンナの先祖と言った。が、ポールを先祖とは言っていない。
つまり、ハンナはユキの血族であるが、ポールの血族ではない。
目の前の兵器のシステムは、ハンナをユキとして認識した。ユキだけの遺伝子を引き継いだハンナ。
これらから導かれる結論は一つ。
ハンナはポールを真っすぐに見て、息を吐き出した。
「私がユキなんだね?」




