14.ハンナ:人類滅亡計画
「ユキが亡くなってから二百年間、人間を観察してきた。人種、言語、宗教、国家、人間は僅かな違いでいつも争う。僕は仲裁して、何度も争いを止めた。でも、しばらくしたら、人間は争いを始めた。得するのは一部の人間だけ。他の人間はみんな苦しんでいた」
国境付近で紛争が起きている。
昨日は何人死んだ、同級生の兄が徴兵された、卒業したら軍隊に志願する。ハンナは学校で、戦争の話しか聞かなかった。「昔は平和だったのよ」と母は言うけれど、ハンナはそんな世界を知らない。
権力者だけが得をする争いに、国民は巻き込まれて疲弊していた。
「人間を見守ってほしい、とユキにお願いされた。だから、僕なりに頑張ったつもりだ。でもね、気付いたんだ。争いは終わらない。人間は苦しみから解放されない」
争いがなければ人間は幸せになれる。でも、争いはなくならない。だから、人間は苦しみ続ける。ポールの主張は、間違ってはいないのだろう。
「人類が滅亡すれば、苦しみから解放できる。人間を救える。そう思わないか?」
ハンナの父は戦争で死んでしまったけれど、母との暮らしは楽しかった。幸せだった。ハンナは人類の滅亡を望まない。
「それが、あなたが二百年も考えて出した結論?」
「そうだよ」
「ユキが生きていたら、人類を滅ぼそうとした?」
「え?」
「だから、あなたはユキを殺せるの?」
ポールは頭をかきむしった。ハンナの問いに答えなかった。
でも、ハンナにはわかった。ポールはユキを殺せない。
「あなたがユキを殺したくないように、私はお母さんを殺したくない。それに、死ぬ前にお母さんに伝えないといけないことがある」
「生んでくれてありがとうって?」
ハンナは首を横に振った。
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クラスメイトの男子生徒に「本当のお母さん?」と訊かれたことがあった。その男子生徒は、ハンナと母が並んで歩くところを見かけたそうだ。
「どうして?」
「だって、髪の色が違うし、目の色も違う。全然似てないよね」
「そうかな?」
男子生徒は純粋な好奇心からハンナに訊いただけで、悪気はなかった。
男子生徒に言われるまで、ハンナは疑ったことがなかった。母と似ていないことに気付いていたけれど、外見は死んだ父の遺伝だ、とハンナは考えていた。
家に帰ったハンナは父の写真を探した。
父はハンナが物心つく前に戦争で亡くなった。父の写真は残っていない、と母に言われた。けれど、家中を探したら、戸棚の中から写真が見つかった。
その写真には、父、母と赤ん坊がいた。赤ん坊の髪、目の色は、ハンナのように黒くなかった。父と母と同じ栗毛だった。
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「私はお母さんの子じゃなかったんだ」
ハンナは父と母の子供ではなかった。父と子供を戦争で亡くし、一人になった母は孤児のハンナを引き取った。だから、ハンナは本当の両親を知らない。
「育ててくれてありがとう、とお母さんに伝えるの?」
ハンナは首を横に振った。母に何を伝えたかったのか……混乱した。
「血のつながりはなくても、本当のお母さんだよ。だから、秘密にしておく」
「本当の両親に会いたい?」
「いや、いい」
面識のない両親を、本当の親だとは思えなかった。ハンナの母は一人しかいない。
ハンナは胸に手を当てた。
「ユキに会いたい?」
「え?」
ポールは目を丸くした。そして、口元に手を当てて黙り込んだ。
「ユキのこと、教えてよ」
ハンナが弾むように言うと、ポールの口元がゆるんだ。




