12.ハンナ:空中都市のシステム
「ここは?」
ぼんやりとした視界、天井には見慣れない模様。窓から差し込む光で目が痛かった。ハンナは我慢できずに瞼を閉じた。
ゆっくりと目を開けた。部屋の隅のほうに影が見えたけれど、逆光で何かわからない。じっと目を凝らす。壁際に座り込んだ人だった。
「やっと目を覚ましたね」
壁際の人はハンナに近づいてきた。
身構えながら、身体を動かそうと試みたけど、うまく動かない。全身が鉛のように重く、力が入らなかった。
「僕だよ」と耳に覚えのある声がした。ポールだった。
ハンナは卵に騙されて空に身を投げ出した。
呼吸ができなくて、意識がなくなった。地面に落ちて死んだ……はずだった。
「もう大丈夫だよ」
ポールはハンナの頭を優しくなでた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ベッドの横に立つポールに抱きついた。涙が溢れて止まらなかった。怖かった。
ポールはハンナを助けた経緯を説明した。
ポールが家に戻るとハンナがいなかった。家の周辺を探したら、ハンナは卵と話していた。話を遮るのもどうかと思い、しばらく見ていたら、ハンナが空に身を投げ出した。ポールは慌てて空に飛んで、ハンナを救った。
「無事でよかった。簡単に人を信じてはだめだよ」
卵は「常に死を恐れて暮らす苦悩をハンナに教えたかった」とポールに熱を帯びた口調で語ったそうだ。
嘘だ。ハンナは拳を握りしめた。
長く生きると感情の起伏がなくなり、他人に無関心になる。ハンナを騙したのは、卵にとって、ただの暇つぶしだったのだ。
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「案内したい場所があるんだ」
翌日、朝食を食べ終わるとポールが声を弾ませた。
特に断る理由はないから、ハンナはポールについて家を出た。
日向ぼっこをする大きな猫が、興味なさそうにハンナを見た。
陽にあたった猫はいい匂いがする。匂いを嗅いでみたい、顔をうずめたい。そんな誘惑に耐えながら、ポールの後を歩いた。
ポールは城の左にある道を通って、大きな建物に入った。倉庫のような外観だった。中に入ると、金属製の物体が動いていた。
「これは?」
「ロボットだよ。この街に必要なものだ」
ロボット――ハンナは絵本で読んだことがあった。地上にはない高度な技術。
空中都市の食料の生産、街の清掃、建物の補修はロボットがしており、住民は働く必要がないらしい。
ポールが言うには、科学技術をもとに設計したロボットは、魔法を動力源にして動くらしい。説明を聞いたけれど、ハンナにはほとんど理解できなかった。
「素晴らしい技術だね」
「僕もこれを作ったときは、街の発展に役立つと思った。でもね、労働から解放されると、活力が失われて、無気力になる」
「そうなの?」
「そうだよ。卵みたいにね。僕の一族が滅んだのは、労働をしなくなったからかもしれない」
ポールはため息をついた。
ロボットがいれば、朝早くから夜遅くまで働く母は楽になるだろう。稲を植える必要はないし、牛の世話をしなくてもいい。
ハンナがロボットをじっくり観察していたら、ポールは「こっちだよ」と建物の奥へ歩いていった。
ポールが行き止りの板に手をかざすと扉が開いた。
部屋には無機質な機械音が響いていた。壁一面にモニターが設置され、地図と映像が表示されていた。
ポールはその一角、透明の硝子に囲われた場所を指差した。
「これを操作するために、君が必要なんだ」
「私が?」
「そうだ。このシステムにはユキの遺伝子情報が登録されている。僕だけではシステムの生態認証をクリアできない。君と僕が同時に操作する必要がある」
ポールの説明によれば、ユキの子孫であるハンナはシステムの生態認証をクリアできる。つまり、このシステムを起動するために、ハンナは空中都市に連れてこられたことになる。
「そこに座ってくれないか」
指先がパネルに触れると、シートがゆっくりと回転し、ハンナの身体を受け止めた。システムがハンナを歓迎しているようだった。
「認証は問題なさそうだね」
ポールは両手を胸の前で握った。
無事に認証されて安心したハンナは、深く息を吐き出した。
ハンナは操作盤の横にあるボタンを、ぼんやりと見つめた。二人同時に操作するシステム。よほど重要な操作でなければ、そんな回りくどい設計にはしない。
「これは何をするもの?」
「兵器だよ。これを使えば、人類は滅亡する」
ポールは静かに答えた。その表情は虚ろだった。




