9.マナミ:誘拐犯②
「上に乗ればいい?」
竜はざらっとした鱗に包まれていた。触ると少し暖かかった。足から翼をつかんで上がり、背中に立った。
翼を動かしても背中は動かないはず。だから、背中の鱗をつかんだ。
「ここを持てばいい?」
「もっと右。ちょい下。行き過ぎ、もうちょっと上」
その言い方は、背中の痒いところを訴える父に似ていた。
指定された鱗をつかんだ。
「振り落とされないように、しっかりつかんでね」
ポールが翼を強く振ると、飛び上がった。逆バンジーのように、身体が下に押し付けられた。飛行機の離陸時の重力とは比較にならない。
急上昇が終わると上に投げ出されそうになった。振り落とされないように鱗をつかんだ。体が浮く、胃の中が逆流した。吐きそう。
ポールが翼を動かすたび体が押し付けられ、それが終わると体が浮いた。
竜の背中は、バイキング――遊園地にある海賊船型の大型ブランコ――に似ていた。不定期にやってくる無重力状態が吐き気を助長する。
「ふわっとしないで。気持ち悪い」
語気を荒げて訴えるものの、「何か言った?」とポールには聞こえていなかった。
「だから……ごっうぇぇぇえぇ」
口から出た液体が、空に飛び散った。竜の通った跡に虹ができていた。
「大丈夫? もう少しだから」
「はやぐぅぅ……ごっうぇぇごっうぇぇぇえぇ」
町の中に竜が降りると大騒ぎになる。
ポールは町から少し離れた場所に着地し、人の姿に戻ってから歩いて町に入った。
「匂いはここからでしょ?」
一つの建物を指した。ケイから聞いた夫の潜伏先だ。
「そうだよ。なぜわかったの?」
「私の世界に有名な名言があってね。全ての可能性を排除して、最後に残ったものが真実なんだよ」
ポールは目を大きく見開いたけれど、私は最初からケイの夫を疑っていた。
ケイは細心の注意を払って暮らしていた。エリュセア公国にはケイの素性を知っている者はいないはずだし、隣国の王位継承争いに興味はないはずだ。つまり、ヴァルミレーン王国に情報を流したのは、身内しかない。
「夫以外に犯人はいない……か」とポールは頭をかいた。
この町はエリュセア公国にある。国境から離れており、警備が緩かった。ヴァルミレーン王国に連れていくよりも好都合だから、この町に夫と娘を軟禁したのだろう。
建物の窓が開いており、男が一人、外を監視していた。建物にはいくつか部屋があり、中に兵士が何人いるかわからない。
どうやって中を探ろうか?
窓をぼんやりと見ていたら、「建物の中に二人いるね」とポールが囁いた。
「わかるの?」
「うん、建物の中から二人分の匂いがする」
建物の中に兵士が二人。こちらは二人で、うち一人は竜。なんとかなりそうだ。
携帯用バッグを探ると、ボトルが入っていた。風がある夜。これは使えそうだ。
「ねえ、私が注意を引くから、その隙に二人を捕獲してほしい。できる?」
「もちろん。僕は熊を一撃で倒せる男だよ」
「殺してはだめ。兵士の家族に恨みをかうでしょ。いい?」
「善処する」
ポールは拳を握った。
作戦の手順をポールと確認すると、建物に沿って歩いた。窓に近づいて、バッグから取り出した虫除けスプレーを噴射した。噴射された気体が風に乗って広がった。
「おい、変な臭いがしないか?」
「どうした?」
兵士の一人が部屋にやってきた。異常がないかを確かめるため、二人の兵士は建物の外に出た。
「痛っ! 目が痛てえ」
虫除けスプレーが直撃した二人は目をつぶった。チャンスだ。
音を立てずに兵士の背後に忍び寄ると、腕を首元に巻きつけた。
兵士はもがいたが、抵抗は短かった。ふらりとよろめき、崩れるように倒れた。
「ほらっ!」
残った兵士を指差して、ポールに指示した。ポールは同じ所作で兵士を気絶させた。念のために脈を確認した。
「生きている。よくできたね!」
「ありがとう。それにしても、君、強いんだね」
ポールは頭をかいた。
当然だ。空手の黒帯を舐めてもらっては困る。
二人の兵士を建物の中に運び込み、手足を縄でしっかりと縛った。
入口から順番に部屋の扉を開けていった。台所、手洗い、浴室、一番奥の部屋を開けると、ベッドの上で抱き合って震える親子がいた。
「誰?」
父親の陰から女の子の声がした。ケイの娘だ。目元がよく似ていた。
警戒されないよう、口角を上げて笑顔を作った。
「ケイに頼まれて助けにきたの」
「お母さん?」
「そうだよ。ケイが待っているから、家に帰ろう」
差し出した手を、娘は振り払った。
「噓つき! お母さんは死んだんだよ」
唇を固く閉じたまま、父親の陰に隠れた。
娘はケイが死んだと聞かされていたようだ。ケイが生きていることを説明しても、娘は信じてくれそうにない。
「あの、お話が」
ケイの夫はポールと私に引きつった笑みを浮かべた。
夫は事情を説明しようとしたが、娘には聞かれたくないようだった。
娘を一人にできないから、夫はポールに任せて、私は娘に付き添うことにした。
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