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華火国の皇帝は今日も溜息をつく。  作者: piyo
第一章

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1ー6.追憶②

***


「ねえ紫音。あなたは次代の皇帝の治世になったら、どうするの? 宮廷を離れて家を継ぐ?」

「いや、官吏試験を受けて宮廷勤めを続けるつもりだ。父上はまだまだ現役だし」

「そっか⋯⋯やっぱり、ちゃんと先のこと考えてるんだね」

「まあな。それより、倫花はどうする? そのまま堰家の侍女として雇い入れてもらうのか?」

「うーん、まだ悩み中。皇妃様に付いていきたい気持ちはあるけど⋯⋯」



 皇妃付きの侍女として働き始めてからしばらく経った頃。


 次代への世代交代の時期が近づく中、倫花はこの先の進路について悩み始めていた。

 皇妃アイラとの仲は良好で、仕事にもやりがいを感じていた。侍女仲間にも恵まれており、皇帝が代替わりしたあとも、できることなら侍女の仕事を続けたいとは思っていた。


 けれど、その一方で、結婚への憧れもあった。


 今の倫花と同じ年頃には、兄も姉もすでに祝言を挙げ、それぞれ幸せな家庭を築いている。そんな二人の姿を見ていると、自分も家庭に入るのは悪くないと思えた。


 侍女の仕事を続ければ、結婚が遠のくことは確実だ。今代の皇帝は引退後すぐに堰家の当主を継ぐことが決まっており、当主の奥方となる皇妃の侍女は、これまでと変わらず忙しいものになるはずだから。


 今の仕事量に加えて家庭のこともとなると、それらを両立できるほど器用ではないと倫花は自覚していた。


 とはいえ、仕事を辞めたからといって、すぐに結婚できるのかと問われたら、それはまた別の話だった。 

 倫花は幼少期に婚約者が決まっていた兄や姉と違って、結婚に関しては自由にしていいと言われていた。

 ただし、一族の中から伴侶を選ぶか、もしくは五冠以上の家の出身でなければ認めることはできないという条件も付いていたのだが。


(焔家だったら、文句ないのにな)


 紫音の方をちらりと見やる。

 もし彼のもとに嫁ぐことになったとしても、両親は何も言わないだろう。


 気がかりなのは、ここ数十年で焔家の勢いが衰えていることだ。近年見られなかった五冠の入れ替えが行われるかもしれない――そんな噂まで囁かれている。もし次の代で焔家から皇帝が輩出されなかったとしたら、家格の降格は確実だろうとも。



「けど?」


 話している途中で口を閉ざしてしまったからか、紫音に続きを促されてしまった。


 倫花は頭の中で考えることを一旦やめにして、「色々あるよね」と言葉を濁した。


 ――あなたと、将来を共にしたい。


 そう簡単に口にできたら。

 お互い、なんのしがらみもない格式の家に生まれたら、今頃恋人になれていたのだろうか。


 今の焔家は、紫音一人の力でなんとか持っているといっても過言ではない。優秀な彼が、焔一族の期待を一身に背負っている。


 嫡男である紫音に婚約者が未だにいないのは、次代に彼が皇帝になった暁に、よりよい縁談を結び、家の再興を狙っているからなのだろう。

 

 幼い頃から長年仲良くしていたのに、これまで倫花と紫音の間に縁談が一切持ち上がらなかったのは、分家出身の倫花に、焔家にとって得るものが少ないことが要因の一つであることは間違いない――倫花の父からは、「結婚相手は二十歳を超えてからじっくり探すことにしなさい」と、暗に紫音ではない人物に目を向けろと言われていたのだから。


 倫花が二十歳になる頃、それは皇帝の世代交代の年を意味していた。


 すべての五冠の家の中でも、飛び抜けて優秀と評判だった紫音。彼こそ龍神様に次期皇帝として選ばれるために生まれてきたのだと、五冠の者たちをはじめ、あちこちで囁かれていた。


 実際、大人だけの五冠の会合に、紫音はすぐさま出席することになった。せっかく暇つぶし相手になっていたのに、倫花はひどくガッカリしたものだ。


 それからほどなくして、倫花も外に追い出されることなく父と共に会合に参加するようになった。


 当時、会合の緊張した空気に臆することなく、一族としての意見を述べる紫音は、既に未来の長としての貫禄が見え隠れしていた。「倫花も負けていられないな」と何度となく父から言われたものだった。


 もし、彼が皇帝に選ばれなかったら、焔家に嫁ぐことに、樹家の者は難色を示すだろう。


 もし、彼が皇帝に選ばれたなら、五冠の地位を確かなものにした焔家は、その後の繁栄を望み、然るべき后を迎え入れるに違いない。


 けれども――もし、彼が皇帝に選ばれ、そして倫花を選んでくれたなら――


(いけない)


 倫花は首を軽く振り、今考えていたことを頭から追い出した。


 そんな僅かな可能性に、すべてを委ねるほど、倫花は夢見がちではなかった。


 そろそろ休憩が終わる頃だ。持ち場へ戻ろうと口にしようとしたそのとき。


 頭にフワッと大きな手が触れた。それは、これまでに何度も感じたことのあるもので。


「倫花の悪い癖だ。自分でどうしようもできないことは、とりあえず深く考えず隅にでも置いておけ。⋯⋯禿げるぞ」

「か、かわいい女の子は禿げないんですー!」

「はは、なんだそれ」


 彼は他の侍女たちにも気安く接しているので、倫花だけが特別なわけでないことを知っている。けれども、この場には二人だけ。軽口を叩きつつも、心臓はうるさい。


(こんな調子だから、勘違いしちゃうんじゃない)


 触れられた頭に残る僅かな温もりを名残惜しいと思いつつ、「さあ、戻りましょうか」と明るく意識を切り替えた。




***



 懐かしい香りが鼻をくすぐり、はっと目を開けた。慌てて顔をがばりと起こす。部屋の中は薄暗くなっており、仮眠のつもりがかなりの時間寝入っていたらしく、やってしまったと額に手をあてた。


 それと同時に、眠りに入る前に無かった掛け布が、自身の肩にかかっていることに気付く。


「――起こしてしまいましたか」


 その声は思いのほか近くで響き、倫花の肩がびくりと跳ねた。


(――ああ、だから、あの頃の夢を見てたのね)


「紫音」

「よく眠っておいででした。陛下が風邪を召されるかもと思い⋯⋯余計なお世話でしたね」


 苦笑混じりの言葉さえ、主君に対する臣下のもので。


「いいえ⋯⋯ありがとう。これ、このまま借りていても?」

「ええ、もちろんでございます。お好きになさってください」


 良き臣下の見本というような、一見穏やかに見える造られた表情を倫花へと向けた。

 徹底して身分差を意識した紫音の言動は、この一年で嫌というほど見慣れてしまっていた。


 そして、それらは倫花の心を知らず知らずのうちに抉り続けている。


――倫花、と呼んでくれる彼はもう、どこにもいない。



一章おわり。

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