1ー4.女帝・倫花と側近と③
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「陛下〜、聞いたよ。やっとこさ皇配候補を見繕い始めたんだって?」
「……」
朝礼の終わり。侍女を伴って退出しようとしていたところ、候補者時代と変わらず、なんとも気軽に声をかけてきたのは、唐家の弦時だ。彼は候補者になる前から外務局に勤めており、現在は倫花の側近の一人、外務卿として組織を纏める立場に就いている。
ただ、いくら側近とはいえ、他の臣下が同じ空間にいるというのに、弦時の態度は皇帝相手に気安すぎた。せめて声を落とすようにと口元に指を当てると、弦時ははっとした表情をしたあと、「失礼しました」と頭を下げ、歩を進める倫花の後について、他に聞こえないくらいの小声で話を続けた。
「ごめんね。この件、大っぴらには言えないんだね?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「それで、うちの甥っ子とかどう? 目に入れても痛くないくらいに可愛いったら」
「完全に叔父バカじゃないの。というか、あなたの甥っ子って、まだ五歳だとか言ってなかった?」
「うん、そうだよ」
「……。ええと、五歳の子を皇配に据えるだけの特別な理由ってある?」
「将来への投資。僕らの任期が終わるときには十五でしょ? 彼は将来有望だよ〜。今のうちに予約しとくべきだと思うね」
「甥っ子からしたら、自分は家のための生贄にされたと思うでしょうね。十六歳も上の女と婚姻を結ばないといけないだなんて。恨まれるわよ」
「そうかなぁ?」
首を傾げながら想像している姿からは、本気で甥っ子を皇配候補として推していたことが窺い知れた。
(冗談じゃないところが、余計たちが悪いったら)
倫花ははぁっと溜息をつき、後ろを振り向いて弦時の橙色の瞳に視線を合わせた。
「外務卿。他国からよりも、国内で候補を見繕うべきだと思う? あなたの意見を、是非お聞かせ願えるかしら?」
敢えて周りに聞かせるようにして問いかける。二人のやり取りに聞き耳を立てていた者たちへの牽制を兼ねてのことだ。
彼は倫花の意図に気付き、恭しく腰を折った。
「僭越ながら、私個人の意見を申し上げても宜しいでしょうか?」
「許す」
「今代、倫花皇帝の御代におかれましては、国内、かつ五冠の六家から皇配を輩出されたほうがよいと存じます」
「その心は?」
「先の戦の敗戦国から王族を先代の臣下に召したばかりということが大きな理由です。その他の理由としては、陛下は数代ぶりの女帝とあって、例年より配偶者への注目度が良くも悪くも高いのです。そのため、そちらを利用して、国内で名の知られた者の中から候補を選ばれるほうが、民意を得やすいかと」
「……なるほど」
弦時の言ったとおり、倫花は数代ぶりの女皇帝として即位している。華火国は建国以来ずっと男女平等を掲げているにもかかわらず、皇帝の選出においては圧倒的に男性が多かった。実は、候補者として女性が選ばれたのも数百年ぶりのことだったりする。
倫花の同性からの支持は厚いが、異性からは女性の皇帝を軽んじる者もいる。そういった者たちからの支持を得るためにも、皇配選びに名のある者を選ぶというのは、納得のいく説明だった。
「お話中に申し訳ございません。陛下、お急ぎください」
次の予定が迫っていたため、侍女が話を切り上げるよう、申し訳なさげに促してきた。倫花は「わかったわ」と頷き、弦時に話を聞かせてもらった礼を述べ、彼の前を後にする。
去り際、「陛下が選択に悩まれたなら、ぜひ私にもご相談ください」と弦時が形の良い瞳を細めたのに対して、倫花は薄い笑みで軽く受け流しておいた。
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「側近の御三方のそれぞれが倫花様のことを心配されてますねぇ」
樹家にいる頃から倫花の侍女を務めている栞那ののんびりした言葉に、倫花は苦笑する。
「心配よりも、触れないでいてくれるほうが助かるんだけどね」
「触れないのも、逆に側近としてどうかと思いますよ〜」
全くもってその通りなのだが、倫花のことを思うなら、桃李あたりが事前に話を握り潰してくれてもいいのに、なんて身勝手なことを考えてしまう。
「皇帝の私が今はいいって言っても、周囲は待ってくれないのよね……」
「でも最終的な決定権は倫花様にあるんですから、どれだけ周りが騒ごうと、強い御心で突っぱね続けたらいいんですよ」
「それ、私にできると思う?」
「んー、よくも悪くも、周りの意見を取り入れて上手いことやるのが得意な倫花様には、難しいですねー」
「そうよね〜……」
何の反論もできず、遠い目をしながら相槌を打つ。栞那の言うように、倫花は他人から尋ねられたこと、提案されたことに対し、全力で考え抜く性質だ。今回の皇配のことも、今じゃないと言いつつ、国内なら誰が配偶者として最適かを、昨日からずっと考えてしまっている。
「しつこいようですが、今やあなたは皇帝なんです。華火国において龍神様に次ぐ地位にある御方なのですから、自身の御心のままにお相手を決めてしまっても、最終的にはみんな納得されると思いますよ」
「そりゃ、やろうと思えばできるんだろうけど、めちゃくちゃ反感買うこと間違いなしでしょ」
自分に決定権があることは百も承知しているが、周囲の反対を押しのけてまで貫けるくらいの意思の強さは、皇配に関しては持ち合わせていない。
『そうだ、候補者の名前を紙に書いて、目隠ししながら弓で射抜いた人にすればいいのでは!?』なんてふざけたことを、本気で名案だと思うくらいの関心の薄さだ。
「反感を買ってもいいではないですか! この一年、頑張ってきたご褒美でーす! エヘへ、で万事良しですよ」
「いやいや、軽くない!? 自分へのご褒美で心のままに皇配を選びました! なんてアリ!? いや、ナシでしょ!?」
弓矢で適当に決めようとしていたのに、どの口が言ってるんだと自分でも思う。
「もー、ああ言えばこう言うんですから」
「そんなこと言われても。そもそも私自身に皇配選びに対する熱意がないんだもの」
栞那は不服そうな顔を向けてくるが、倫花にはどうしようもない。
(別に、誰だっていい――でも、だからといって誰かに決めてもらうのも癪だし、あぁ、面倒くさい)
倫花とて、昔はここまで自身の結婚について冷めた感情を持っていたわけではなかった。寧ろ、以前は前のめりで――
瞼の裏に、かつて恋焦がれた相手を思い浮かべ、すぐさま首を振って意識を現実へと引き戻した。




