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華火国の皇帝は今日も溜息をつく。  作者: piyo
第一章

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2/9

1ー2.女帝・倫花と側近と①

***


「皇配(こうはい)……ねぇ」


 皇宮の間にて、気怠げな声を出したのは、華火国の自称“呑気”女帝・倫花(りんか)。長く艶のある、皇帝の証である赤髪を指に巻きながら、視線を目の前の男へと向けた。


 この場にいるのは、倫花と側近の一人である宰相を務める桃李(とうり)のみ。


「今じゃなくない?」

「寧ろ、今だからこそ、では。華火国に数代ぶりの女帝が誕生したとあって、他国から数多の求婚の書簡が届いております」

「うち、世襲制じゃないから、婿に来ても大した恩恵は受けられないと思うんだけどな……」

「逆を言えば、今代限りでもこちらと縁を結び、その恩恵を受ける価値があると思われているんですよ」

「そう……? でも、当分は保留でいいわ。まだ先代の戦後処理も完全じゃないというのに、そこまで手が回らないわ」


 倫花は溜息をつきながら、思考の矛先を過去へと向けた。


(もうすぐ一年か――。早いものね)


 当時は、まさか自分がこの頂きの座に就くことになるなど、蚤(のみ)の大きさほども考えていなかった。


 あの選定の儀から今に至るまで、目の前のことをこなすのに精いっぱいで、毎日ひーひー言っている状態だ。高い下駄を何足も履いて背伸びをしまくって、それで何とか国を回しているので、配偶者のことを考える余裕なんて、今の自分には露ほどもない。


「……」


 ふと、桃李がこちらをジト目で見ていることに気付く。


「え、何よ、その目」

「いえ、なんでもございません」

「というより、今は二人きりなんだから、かしこまらなくていいわよ」


 桃李は一年前までは倫花同様、華火国の次期皇帝候補者として肩を並べていた。倫花より年齢が二つ上で、臣下となってからも兄のように慕っている相手でもあった。当の本人はそんな風に倫花が思っていることを知りもしないだろうけれど。


「――国内の男なら、手も回るんじゃないか?」


 口調を崩してボソッと漏らす彼に向けて、倫花は返事の代わりに鋭い視線を返した。


「怖っ」

「気楽に言ってくれるわ」

「でも、事実だろう」

「じゃあ、胡家のあなたと、樹家の私とで縁続きになる?」

「それは当主同士の話になるから、俺の一存では決められない」

「そうでしょ? そうよね? 二度と軽々しく国内の男で手を打てなんて言わないで」


 この話は終わりだと手元の書類へと目を移す。まだ何か言いたげな桃李は、倫花の前から離れようとしなかったが、無視を決め込んだ。


 彼の言いたいことはわかっている。歴代の皇帝は在位中、それも早い段階で婚姻を結んでいる。特に二代続いて他国から姫を受け入れているため、今代においては国内から婿を、という声があちこちから上がっていることを、倫花が知らないわけではなかった。


 婚姻は政治だ。華火国においては、婚姻によって家の冠位が左右されるのだから、余計に慎重になるというもの。


 今代で樹家の倫花が皇帝になったとはいえ、五冠の地位を維持するには、同じく位の高い家との結びつきを強固にするのが手っ取り早いのだ。


(もし私が候補者に選ばれなかったら、今頃当主の決めた相手の家に嫁入りして、子供も設けていたんじゃないかしら)


 すでに可能性が潰えた、ありもしない未来だが。そんな未来があったはずなのだ。


 分家同士とはいえ、彼と番う未来が。


***


『次代皇帝は――五冠・樹家が娘、"倫花(りんか)"』


 教皇の厳かな声が、選定の間に静かに響いた。


 五人の候補者たち及び、この場に立ち会った今代たちの誰もが、予想外の人選に息を呑む。誰もがざわめきすら押し殺し、辺りは混沌とした空気に包まれる。


 何より、名前を呼ばれた当の本人が呼吸を忘れ、その熟れた葡萄のような瞳を見開いていた。教皇の片手に収まっている、不思議な色合いの神託球を呆然と見つめながら、倫花は止まった思考をなんとか働かせる。


 ――なぜ。


 けれども、何か口にしようとする前に、倫花の頭の中は疑問詞で埋め尽くされ、言葉が消えていく。


 (私じゃない。皇帝になるのは、紫音――あなたしかいないでしょう?)


 皆が、いや、皆以上に倫花は、次代の皇帝は焔家の紫音になると信じて疑わなかった。

 名を呼ばれなかった彼は、今どんな気持ちでいるのか。


 倫花はこの日からしばらくの間、彼の姿を見ることができなかった。

 そしてそれと同時に、彼も今までのように倫花に接することはなくなってしまったのだった。


---


 華火国は周辺諸国と比べれば歴史は古いものの、大国の類ではない。ただ、豊かな土壌と豊富な鉱物資源に恵まれており、他国との貿易が、この国の基幹産業となっている。裏を返せば、土地としての魅力ゆえに、隣国との諍いが絶えない。


 先代の十年の治世のうち、おおよそ九年もの間、北に位置する連合諸国と国境を巡る戦争を行っていた。終わりの見えない戦いに思えたが、戦争中に連合国のトップが病に倒れ、和平を望む次代へと首相が入れ替わったことで、突如として和平協定が結ばれた。


 これはちょうど倫花が候補者として選ばれた時期であり、国民の間では、倫花たちは「尻ぬぐいの治世」と密かに呼ばれていたりする。


(は~……龍神様が本当にいるのなら、戦争なんか起こらないし、隣国からの難民対応に頭を悩ませたりしないのにね~)


 皇帝は龍神からのご神託で決まるとされているが、実際に龍神がいるわけではない。世界共通して「神様」と呼ばれている人ならざる者であり、人々の心の支えとなる空想のものに過ぎない。


 つまり、倫花が皇帝に選ばれたのも、神殿の連中がご神託だと御託を並べ、政治的な理由で樹家の者に継がせただけだ。


 倫花が皇帝に選ばれた際、最初に制定しようとした法律は、「はた迷惑な神殿のご神託は禁止する」である。即座に握りつぶされたため、採択は叶わなかったのだが。


 明後日の方向に思考を飛ばしつつ、ようやく一通りの政務を終え、一息つこうとした頃。


「陛下、財務卿閣下がお見えです」


 御簾(みす)の向こうより、侍従が来訪者があることを告げた。


「通して」


 倫花の返事からたっぷりの間をもって現れたのは、今回の人事でこれまた意外だった、八千代だった。

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