祭りのはじまり
「こんな髪初めてです」
食堂前の祭り会場へと向かう道中、フレイナが何度も自分の髪を触り続けている。
「お気に召していただけましたか?」
「これ見てください」
そう言うとフレイナは、私の前で綺麗なターンを披露してくれて、
身体が回るのと合わせて、髪がふわりと舞う。
「こんな羽のような髪は今まで体験したことがありません」
ニキビを隠すために前髪を伸ばして塞ぎ込んでいた少女が、
今やとびっきりの笑顔とサラサラの髪を手に入れてしまった。
「あんな笑顔で話しかけられたら、年頃の男の子はイチコロね」
「本当に困るわ、最近は手紙がひっきりなしなのよ」
口では不満を言っているけど、ユルガ夫人の顔は笑っていた。
「お母様はいかがでしたか?」
隣を歩くお母様の感想を聞いてみる。
「とても気持ちよかったわ、だけどね⋯⋯」
「なにか気になるところがありましたか?」
「あのね――」
耳元に近づき小さい声で、
「出来ればパパとも一緒に入れたらと思って」
「なるほど!」
今の仕組みだと、家族で一緒に入るっていうのは難しい。
そう言えば銭湯に家族風呂とか、
温泉でも、客室風呂や時間指定での貸し切りで家族で楽しめる方法があったはず。
「じゃ、1時間だけ貸し切れて、
その時は男女関係なく自由に使えるようにするのはどうですか?」
「それは良いわね!」
お母様が小さく手を叩き微笑んでくれた。
数日おきに1時間なら、領民の利用にも大きな支障が出ないだろう。
本当なら屋敷で気楽に入れるように出来たら良いんだけど、
屋敷の立地とお財布的に、すぐには難しい。
祭り会場に着くと、並べられたテーブルの上に料理が運ばれ始めた。
ちなみにマァムはお風呂から上がると、一足先に厨房へと向かっている。
ユルガ夫人たちを席に案内し、みんながお風呂を上がるのを待つ。
マァムと女将の料理はどれも匂いだけで食欲が唆られる。
「あんな肉の塊見たことがないぞ」
「あれはなんて食い物だ?」
みんな運ばれた料理に興味津々で、
色んなところから、お腹が鳴る音が聞こえてくる。
「ねぇリズ」
ユルガ夫人が恥ずかしそうに話しかけてきた。
「どうしましたか?」
私の問いに反応がない。
首を傾げ、ユルガ夫人の顔を覗くとなぜか赤くなっている。
「体調が優れないのですか?」
のぼせたのかと不安に思い聞き返すと、
「あっ、ち、違うわ」
手をブンブンと振って否定しているので、
不安は無くなったけど、ユルガ夫人の様子はおかしいままだ。
「あのね⋯⋯、さっき夫人と話していた貸切の件だけど⋯⋯」
「あぁ、その話ですね」
挙動不審な理由はとても他愛のないものだと分かった。
「事前に手紙で知らせていただければ、準備いたします」
「良かったわ。公務で忙しいあの人にもゆっくりしてほしいと思っていたの」
大切な人と同じ体験をしたいというのは、
時代や世界が違っても同じなんだとしみじみ感じ、
そう言えば私も――
料理運びを手伝うアシュを探し、見つけると小さく微笑んだ。
遅れてお父様とシルクが合流して、
徐々に、大衆浴場から人が流れ始めてきた。
「よっ嬢ちゃん!」
「バンズもお風呂に入ったの?」
「さっぱりしたぜ」
バンズがそう言って、髪が1本もない頭を叩いた。
「その頭じゃリンスは不要ね」
この言葉に、ユルガ夫人もアリーシアにフレイナまで笑いを堪えて下を向いた。
「嬢ちゃんそりゃひでぇぜ」
それでもバンズは、私の言葉に怒ることもなく笑いながら返してくれる。
「でも立派な頭よ」
バンズは照れくさそうに、いつもよりも明るい頭をかいた。
パン屋のリリィから話は前に聞いている。
食べるものを扱っているからバンズは自分で髪を剃っていることを。
みんなとくだらない話をしているうちに、
「リズ様、最後の利用者が到着しました」
ナツが祭りの始まりを知らせてくれた。
私は立ち上がって、食堂前の小さな台に登り手を一度だけ叩いた。
それを聞き、さっきまで騒がしかった領民が徐々に静になる。
「みんな、お風呂は気持ちよかった?」
全方向から色んな感想が聞こえてくる。
「身体も綺麗になって、さっぱりしたらお腹が空いたよね?」
「「おぉぉぉ!」」
「半年近く、私の無茶に付き合ってくれたみんなへの感謝を込めて、
今日は好きなだけ食べて飲んでいいから――」
手に持ったコップを掲げ、
「お祭りの始まり!!!」
私の合図とともに、みんな料理へと駆け出した。
余りの勢いに、問題が起きるかと不安に見えたけど、
みんなしっかりと並んで、独り占めしたりしないのを見て安心した。
席に戻ると、
「お疲れ様です」
アシュが労いの言葉を掛けてくれた。
「アシュも料理運んだりありがとうね」
「仕事ですから、大丈夫です」
それを聞いて、私はお父様の方に視線を向けると、
お父様が小さく頷いた。
それを確認して、私はアシュにハルとナツに、
「3人の仕事は今日はもうお終い。
あとは、好きに食事したりお風呂に入ったりしていいわよ」
「「いいんですか!?」」
ハルとナツが小さく飛びながら聞き返してきたので、
「えぇ、ちょっと遅いけど好きにしてもらっていいわ」
「それでは失礼します」
切り替えが早い2人は、速攻で領民の中に消えていった。
「ですので、料理を取ったりお酒を注いだりは自分でお願いします」
ユルガ夫人たちにも、自分たちでやるようにお願いする。
「私や公爵夫人にそう言えるのはあんたくらいよ」
アリーシアは皮肉ぽく言いながら、
お皿を持って、連れの美女たちと料理を取り行く。
「じゃフレイナお嬢様とアシュ、一緒に料理取りに行きましょう」
「「はい」」
お皿を持って席を立とうとすると、
「僕も一緒していいでしょうか?」
シルクがお皿を持って立っていた。
「ごめん、シルクも一緒に行こう」
シルクの手を握り、4人で領民の中に飛び込んだ。
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