祭りの中の一波乱
テーブルへとたどり着き、どれを取ろうかと目を泳がせていると、
「リズ様、このお肉美味しいですよ」
そう言って、領民の女性が空の私たちのお皿の上に肉を乗せてくれた。
「これもうまいですぜ」
「これも食べないとな」
気がつけば、自分たちで取ること無く、
お皿の上には山盛りの料理が積まれていった。
「ヴェルデンの方たちは親切ですね」
山盛りのお皿を見て、フレイナが目を輝かせながら領民の振る舞いに感心している。
「無理に食べきらなくて、残していいですからね」
「いえいえ、親切を無下には出来ません」
フレイナの言葉に、自分が褒められているように感じ少し嬉しかった。
ハムスターみたいに頬いっぱいに頬張っている青年。
酒を飲みあって顔を赤くしながら笑い合っている中年たち。
口の周りを汚しながら肉にかじり付く子ども。
どこを見ても今を楽しんでくれているのが分かる。
「リズ様がみんなを笑顔にしたんですよ」
「!?」
心を見透かされたように、アシュが教えてくれた。
「思った以上に、時間は掛かってしまったわ」
振り返れば、もっとうまくやれていたことはいくつもあった。
どうにか綱渡りに等しい道を歩き続けられただけで、
本音を言うなら、いつ足を踏み外していてもおかしくなかった。
そう思うと、心なしか視線が下を向いてしまった。
これからはもっと計画的に物事を進めないといけない、
自分を叱ろうと目を閉じかけると――
「なぁに、祭りのときに湿気た顔をしているんだい」
聞き馴染みのある声が聞こえ、目を開けて声の主を探すと、
補充の料理を両手に持った女将が笑っていた。
「何考えているかわからんけどね、そんなもん今は忘れてさ。
とりあえず腹一杯に飯食って笑ってりゃいいんだよ」
女将の言葉が胸に突き刺さった。
そして、気がつけばさっきまでの喧騒はかき消え、
みんな心配そうに私を見つめている。
「お姉様?」
シルクも何かを察してか、こちらを見上げている。
そうね。反省はしても後悔はしたらいけないわね。
「ううん、ちょっと考え事をしただけよ」
シルクに微笑み返し、みんなに向けて、
「今日を逃したら当分はこんなご馳走ないからね」
「当分はってことは⋯⋯またあるってことかい?」
「みんなの頑張り次第よ」
私の言葉を聞いて逆にみんな驚いている。
「頑張ればまた祭りがあるってことだよな?」
「またみんなで酒が飲めるってことか?」
次はないと思っていたらしく、
消えていた笑顔が帰ってきた。
「さっ、冷めないうちに食べましょう」
山盛りの料理をこぼさないように、
人混みをかき分ける。
席へ戻ると、お父様たちもいつのまにか料理を取って戻ってきていた。
「一瞬静かになった後騒がしくなったが、なにかあったのか?」
「みんな今回限りだと思っていたようで、頑張ればまたあるよって伝えただけです」
「そうか」
お父様はそれ以上は聞かないでくれた。
「お母様見てください」
シルクとフレイナは、山盛りのお皿を嬉しそうに見せている。
私も山盛りの中から、肉を取り出し齧り付く。
皮はパリッとして中は柔らかく、
歯を立てたところから肉汁が溢れ出してくる。
そして、肉汁に程よいスパイスがのって堪らない。
余りの美味しさに隣のアシュの方を向き、
「ほれ、ほいしいわ」
「もうリズ様、飲み込んでから話してください」
呆れながら笑うアシュに、
肉を飲み込んで再度、
「これ、美味しいわ」
「はい、こんな上等なお肉は滅多に食べれません」
肉に齧り付くアシュを見てふと思った。
アタンとかではたまにこうして一緒に食事することはあるけど、
屋敷では、一緒に食事をすることが出来ないのよね。
仕方がないと言えばそれまでだけど、
親友と会話をしながら食事するのが好きなのにな。
今もアシュは立って食べているわけだし、
いい方法はないかと食事をしながら考える。
「苦しいわね」
どうにか山のように積まれた料理をお腹に納めたが、
気を抜いた瞬間、ドレスのボタンがどっかに飛んでいってしまう。
シルクとフレイナの方を見ると、
2人ともお腹をさすりながら天を仰いでいた。
「もうフレイナ、はしたないわよ」
「申し訳ありません、お母様」
残していいと言ったのに、
フレイナはしっかりと親切を完食していることに感心した。
深呼吸をしながら、周りを見渡していると、
アリーシアたちの前に男たちが集まり、
目だけ動かして見ている。
そんな覗きみたいに見ないで、
堂々と見ればいいのに。
アリーシアも見られているの分かってか、
煽るようにお酒を飲み、男たちに微笑んでいる。
今度からアリーシアがヴェルデンに来る時は、
派手なドレスを禁止にしないと害だわ。
そんなことを思っているとアリーシアと目があってしまい、
なぜか手招きされた。
自分のことかと自分を指さして問い返すと、
眉を一瞬上げて、笑い返してきた。
待って、今本当に動きたくないんだけど。
なので、手を振ってお断りをすると、
手招きが人差し指での来いに変わった。
攻防虚しく、重たいお腹を抱えながらアリーシアの方へ向かう。
「なにか用ですか?」
アリーシアたちに近づくと、
アリーシアの隣に座る美女がそっと席を空けてくれた。
「まぁ座りな」
ってことは、長話になるってことね。
しょうがなく椅子に座り、
「食事は口に合いましたか?」
「そりゃあの女将の料理だからね、
それにあんたんところの料理人も悪くないわ」
そう言って、ヴェルデンイモをフォークで刺して、
ゆっくりと口へ運んだ。
「料理もいいし、人もいい。まぁ金はないけど」
「褒めるか貶すかどっちかにしてください」
少しトーンを落として、不貞腐れを演じる。
「褒めているさ。普通の貴族なら金が出来れば自分たちで使うのに、
あんたは民にしっかりと返す」
「領民あっての私たちの生活ですから」
「そういうところが、私は好きよ」
言葉では褒めていると言うけど、
その目は未だに私を値踏みしている。
「アタンに貧民が居るのは知っているかしら?」
「知っているも何も、数人ですがヴェルデンで受け入れて暮らしていますよ」
私の返事に、一瞬眉が跳ねた。
「そうかい」
そう言って、アリーシアの口が確かに笑った。
「今日連れてきたこの子たちをリズはどう見る?」
アリーシアの謎掛けに答えるために、
3人に目を向けた。
3人とも多分歳はアシュと同じくらいだから17か18くらい。
席を譲ってくれた子は、栗色の髪が印象的で化粧とドレスで着飾っているけど、
夜の女と言うよりは、パン屋の看板娘のほうが合ってそうだ。
他の2人も、夜よりは昼が似合いそうな雰囲気を感じる。
3人を観察し終わり、どう答えるべきか考えあぐねる。
苦しいお腹をさすっていると、
「思ったことをそのまま言ってちょうだい」
「そういうことであれば⋯⋯新人か泣かず飛ばずって子たちですかね」
これを聞いて、アリーシアは鼻で笑い、
3人は手で口を抑えた。
「理由は?」
「席を譲る気配りや、ドレスなどで夜の女を演じようとしているけど、
夜に染まりきれていない印象を感じました」
「なにが足りないと思う?」
「覚悟⋯⋯昼を捨てて夜に生きる覚悟がないんだと思います」
私が話し終わった瞬間。
「ハハハッ」
アリーシアが大声で笑い出した。
突然の笑いに、みんなの注目が集まるが、
アリーシアは我関せず笑い続ける。
私も3人も動揺していると、
笑い疲れたのか、急に笑いを止めてお酒を一気飲みし始めた。
小さく息を吹き、
「覚悟と来るとは思わなくてね」
「違いましたか?」
「いや、リズの言うとおりだ」
アリーシアが3人に視線を向けると、
3人はたじろいだが、睨んではなく優しい目をしていた。
「うちの店の半分の子は、私が貧民街から連れてきた子たちさ」
「じゃ、この子達も」
私の問いに、小さく頷き。
「貧民や孤児の外見のいい女は人攫いに目をつけられて、
クソみたいな売春宿か、金持ちのおもちゃとして売られるのよ」
胸糞の悪い話だ。
アリーシアは目を細めながら話を続ける。
「貧民や孤児は夜に生きるのに向いていることが多いけど、
中にはこの子達のように、昼を捨てきれない馬鹿な子たちが居るのよ」
馬鹿という言葉に彼女たちは反応し俯いてしまった。
ここは額面通りに受け取らなくていいのに。
「そんな馬鹿な子を、なぜ連れてきたのですか?」
「後がないからさ」
「捨てられるのですか?」
栗毛の子が、声を震わせながら問いかけた。
俯いていた2人も真剣な目で、アリーシアを見つめている。
だけど、アリーシアは彼女に問いには答えず、
「私たちはさ。嘘の愛を演じ、嘘の愛を囁いて、男を喜ばせて金を得る。
じゃ、嘘を言えなかったらどうする?」
私はこの問いに首を振った。
「言葉で溺れさせられないなら、身体を使うしかないのさ」
「彼女たちはその瀬戸際に居ると」
「えぇ⋯⋯」
アリーシアの返事は、悲しく苦しく聞こえ、
そして、何を言いたいのか理解できた。
「アリーシアさんは、それでいいのですか?」
「しょうがないさ、不良品を拾ったと思って今回は諦めるさ」
「不良品って――」
別の子が問い詰めようとして、私は手を上げて制止した。
3人からは見えないが、アリーシアの目は優しいままだからだ。
彼女たちを受け入れるのは特に問題はない。
だけど、このまま受け入れるのはなんか気に食わないわ。
どうしたものかと考え。
「不良品を押し付けるんですから、当然見返りはあるんですよね?」
「え?あ、は!?」
「ちょっとあなたまで不良品って!」
さっきまでの優しい目をしていたアリーシアは困惑してこちらを向き、
3人からは非難の言葉を浴びせられる。
「これから冬だって言うのに、領民が増えるとこちらとしてもそれなりに準備が必要ですから」
「あんた、目が笑っているわよ」
「その前に、私たちここに住むんですか?」
やっと自分たちの終着点を理解したらしいが、
3人して顔を見合わせて困惑したままだ。
「アリーシアさんの店で働かなくても、アタンで昼の仕事を探せばいいのに、
なぜかこの人は、うちにあなた達を寄越したいみたいよ」
「アタンが悪いわけじゃないけど、
リズなら任せられるからあんたたちに、ここで暮らしてほしいのよ」
やっとアリーシアの口から本心が語られた。
「ア、アリーシア様」
それを聞いた3人はアリーシアに抱きつき、
「不良品って、本当に見限れられたと思いました」
「助けてもらったのに、何もお返しが⋯⋯」
「ちゃんと出来なくて、ごめんなさい」
思い思いの言葉をぶつけ、
アリーシアは黙って3人の頭を撫でる。
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